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平安京に呪詛の花咲く
平安京に呪詛の花咲く
浮田葉子
歴史・時代日本歴史
2025年07月10日
公開日
3.1万字
連載中
白河の帝が退位し、堀河の帝が即位する少し前のこと。 呪詛の贄に使われた女童がいた。 すんでの所で助けられたが、呪詛の影響か、その髪は真っ白になっていた。 長じて卯の花と呼ばれることになったその少女は、内教坊の伎女となった。 世にも珍しい醜女の伎女だが、その舞は天女の如く、美しいのだそうな。 なんとそれだけではなく、穢れを祓う力をも持つとか……。

第1話 ことのはじまり

 それは、褒美ほうびが得られなかったことから始まった悲劇だった。



 治暦四(1068)年四月十九日、後三条ごさんじょう天皇が即位した。

 宇多うだ天皇以来百七十年ぶりの、藤原氏を外戚としない「親政の天皇」であった。

 延久四(1073)年、後三条天皇は譲位し、長男である貞仁さだひと親王が白河しらかわ天皇として即位。


 だが、その東宮とうぐうには彼の子ではなく、異母弟である実仁さねひと親王が立てられた。


 これは、後三条上皇の強い意志であった。

 実仁親王は、父・後三条天皇が深く期待を寄せた皇太弟だったのである。


 皇位を継ぐべきは長男の貞仁親王(後の白河天皇)であったが、後三条天皇は藤原北家の外戚関係を持たない実仁親王を、皇位継承者として見ていたのである。


 貞仁親王は、自身を素通りして異母弟のみをかえりみる父帝をどう思っていたのか……。




 だが翌、延久五(1073)年、後三条上皇は崩御。

 このことで、白河天皇を押さえていた「」が外れた。




 さて。


 京の寺院に一人の僧がいた。

 園城寺おんじょうじ――三井寺の高僧、頼豪らいごう


 彼は、白河天皇に男児の御子を授けるため、祈祷を行うよう命じられた。



 承保元(1075)年、ついに皇子の敦文あつふみ親王が誕生する。

 だが、頼豪は望んだ褒美を得られなかった。


 ――三井寺の戒壇かいだん院建立の願いを申し出たが、対抗勢力の延暦寺の横槍により叶わなかったのである。

 戒壇とは、仏教用語で、戒律を授ける(授戒)ための場所を指す。

 戒壇は戒律を受けるための結界が常に整った場所であり、授戒を受けることで出家者が正式な僧尼として認められることになるのだ。



 山門寺門の争いといえば伝わるだろうか。

 「山門派」とは、比叡山延暦寺を山門と呼び、慈覚大師円仁えんにんの門流を指す。

 「寺門派」とは、園城寺(三井寺)を寺門と呼び、智証大師円珍えんちんの門流を指す。

 天元四(981)年、智証派の余慶よけい法性寺ほっしょうじ座主に任ぜられたことから、慈覚派・智証派の対立が激しくなり、正暦四(993)年、慈覚派が比叡山内の智証派の坊舎等を焼壊した。

 これによって智証派一千人余は山を下り山麓の別院に移った。

 その後も座主補任をめぐる対立をはじめ、両派の間には「本末論争」「戒壇独立」等についても対立が生じた。


 以来両派は、数百年間にわたり対立抗争した。



 さておき、三井寺の戒壇院の建立は叶わなかった。

 白河天皇の力を以てしても、延暦寺の反対には抗えなかったのである。


 それを深く恨んだ頼豪は、ついに敦文親王への呪詛を決意する。


 その怨念はやがて現実のものとなり、承保四(1077)年、敦文親王は四歳にして夭折した。


 その後、承暦三(1079)年七月九日、新たな皇子、善仁たるひと親王(後の堀河天皇)が誕生する。


 だが、すでに呪詛の流れは止められなかった。




 応徳元(1084)年、頼豪は断食の末、命を絶った。

 しかし、その怨念はあまりに深く、彼は鉄鼠てっそと化して地上をさまようこととなる。

 鉄鼠――鼠の化け物。

 牡牛ほどの大きさの大鼠で、鉄色の皮膚を持ち、その硬さは石のようで。

 目はなんと三つあり、あかく燃えるよう。口は耳までも裂け、鉄をも砕く鋭い牙が覗いているという。



 その年の九月二十二日、白河天皇の最愛の中宮である賢子かたいこが、二八歳の若さで急死。


 白河天皇は非常に賢子を寵愛したため、重篤じゅうとく状態に陥った時も宮中の慣例に反して退出を許さなかった。

 そしてついに崩御に当たっては、亡骸を抱いて号泣し、数日食事をとらなかった。


 これを見かねた権中納言、源俊明みなもとのとしあきが、「天皇は穢れに触れてはいけないから」と遷御せんぎょを勧めた。


 白河天皇は泣きながら「例は今この時より始まるのだ」と反論したという。




 彼女の死もまた、呪詛の残響だったのか。


 呪われた血統。

 揺らぐ皇統。



 そして翌年。

 次なる悲劇が訪れる


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