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第2話 その場で制裁を

高島健一は視線を逸らし、水原千雪の顔をまともに見ようとしなかった。

「千雪……俺が犯したのは、誰もがやりがちな過ちなんだ。でも、本当に愛しているのは君だけだよ」

千雪は吐き気を覚えた。彼女は恋愛に対して潔癖症だ。自分が浮気された上に、婚約者が結婚式当日に別の女と逃げたせいで街中の笑い者になった――それを思い出すだけで胸が悪くなる。


「あなたと美穂が関係を持っていたとき、彼女が私の父の隠し子だって知ってた?」

「俺は……」健一は言葉に詰まり、慌てて千雪の手を掴もうとした。「千雪、俺は君が好きなんだ!あと半年だけ待ってくれ!美穂にはもう時間が残されていない。最後までそばにいてやりたいんだ。その後で、もっと素晴らしい結婚式を挙げよう!」


千雪は怒りで震えた。昨日、健一が自分を捨てた時点で十分最低だと思っていたが、さらに信じられないことを言い出すとは!彼女は健一の手を思い切り振り払った。

「もういいわ、気持ち悪い!」


その勢いで健一はよろめき、後ろに下がった。


「健一さん!大丈夫ですか?」美穂が慌てて駆け寄り、支えた。


健一は顔色を変えて、「美穂?どうしてここに?」

美穂は唇を噛みしめ、「二人が誤解しないか心配で、ちゃんと説明したくて……」

彼女は千雪に向き直り、申し訳なさそうに頭を下げた。「千雪、ごめんなさい。全部私が悪いの。最後の日々を、どうしても好きな人と過ごしたくて……健一さんには何の罪もないの。半年後には必ず彼を返すから、お願い、怒らないで」


美穂は身を寄せて、声を潜めて囁いた。その目は悪意に満ちていた。

「わざとあなたの彼を誘惑したの。去年のバレンタイン、電話したとき彼がどこにいたか知ってる?私のベッドの中よ。あのとき声がかすれてたのは、私の上から降りてきたばかりだったから。あなたを騙しながら私に夢中になる健一さん――最高だった。あなたの婚約者も、父親も、水原家も……全部私が奪うから」


千雪の瞳が大きく見開かれた。去年のバレンタイン、健一がドタキャンして、電話越しに体調が悪いと言ったとき、彼女はそれを信じて薬まで買ったのに――まさか裏でこんなことがあったなんて!怒りで手が震える。その時、美穂の身体が千雪に倒れかかってきたので、千雪は思わず手を上げて防ごうとした。


だが手を上げた瞬間、美穂は顔を押さえて後ずさり、健一の胸に倒れ込んだ。

「千雪、ごめんなさい!怒らないで!」美穂は悲しそうに健一を見上げた。「健一さん、千雪を責めないで……このビンタは私が悪いの」

そう言いながら、自分の頬を力強くつねった。


健一は美穂の手を引き剥がし、赤い跡を見るなり怒りを爆発させた。

「水原千雪!美穂はもう謝ってるだろう!病気の子に、どうしてそんな酷いことができるんだ!俺はただ、彼女の最後を見届けてやりたいだけだ。その後は必ず君と結婚する。こんなことも理解できないのか?本当にがっかりだ!」


「健一さん、千雪を責めないで……」美穂は涙ぐみながら「なだめた」。

「美穂、君は黙ってて!」


千雪はあまりの気色悪さに、頭に血が上った。彼女は美穂をぐいっと引っ張り出し、ためらうことなく平手打ちをお見舞いした。


「きゃあっ――!」美穂の顔が横に跳ね、瞬く間に赤く腫れた。


「美穂!」健一は怒りと焦りをあらわにした。「水原千雪!何するんだ!」


千雪は痺れた手を振り、涼しい顔で言った。

「さっきから私が美穂を叩いたって言いたかったんでしょ?だったら、ちゃんとやっておいた方が損しないわ」


健一は激怒し、面目を潰された思いで美穂の悲しげな顔を見やった。そして怒りに任せて千雪に平手打ちをしようとした。


しかし千雪は目を冷たく光らせ、健一の手首をしっかり掴むと、素早く投げ飛ばした。健一は床に叩きつけられる。


千雪は潔癖そうにハンカチで手を拭き、それを健一の顔に投げつけた。

「さっさと消えなさい、クズ男!」


彼女が散打のチャンピオンだと知っていて手を出すなんて、バカじゃないの?


美穂は呆然と立ち尽くし、千雪が去ってからようやく健一を抱き起こした。

「健一さん、大丈夫?」

健一は険しい表情で千雪が去った方を睨みつけた。「大丈夫だ」

美穂は申し訳なさそうに言った。「健一さん……やっぱり千雪のところに戻って……私はいいから」

「バカなことを言うな!俺は必ず君のそばにいると約束したんだ!」


「でも、千雪が……」

「彼女のことは気にするな」健一は冷たく言い放つ。今まで千雪を甘やかしすぎた。今回はしっかり反省させてやる。あんなに俺を愛してるんだ、俺なしではいられないはずだ。


………………


思わぬことで時間を取られ、千雪は出勤ギリギリになった。

急いでシャワーを浴び、腰の鈍い痛みに顔をしかめる。昨晩のことが頭をよぎるが、すぐに首を振って追い払った。


桜庭グループに着くと、秘書の小林あまねがすでに朝会の資料を用意していた。千雪はファイルを手に会議室のドアを開ける。――その瞬間、目が釘付けになった。美穂がいる!しかも会長の藤原慶太の隣に座っている!


嫌な予感がする。千雪は無表情で末席に座った。


藤原慶太は冷たく言い放つ。

「これで全員揃ったな。次からは時間を守れ。取締役を三十分も待たせるな、時間の無駄だ」


彼の非難は千雪に向けられていた。


千雪は時計を一瞥し、会議開始の一分前であることを確認する。

紅い唇に皮肉な笑みを浮かべて応じた。

「おっしゃる通りです。次回は必ず時間通りに――通知があった時刻にきっちり集まります。重役の皆さんが三十分も早く集まって盛り上がっているのを見ると、まるで桜庭グループがもうすぐ潰れるかのようで……お暇なようですね」

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