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第9話 思いがけない「招待」

「すごい!藤原部長が率いるなら、うちの会社もますます発展するに違いないよね!」

「本当よね。前任者とは比べものにならないくらい頼りになるわ……」

「そんな人と藤原部長を一緒にしないでよ……」


デザイン部では、みんなが意味ありげな目配せをしながら、さりげなく隅にいる水原千雪を見やった。その視線には、あからさまな軽蔑と嘲りが浮かんでいた。


水原千雪の机の上に置かれたスマートフォンが光り、LINEの通知が表示された。


【星野スター:千雪ちゃん、このネックレスどう?】

千雪はスマホを手に取り、指先で短く返信する。【素敵だと思うわ。】

【星野スター:だよね!あの藤原の女からもらった五百万円で買ったの。もうすぐ届くから、映画の発表会には忘れずに着けてね。】


千雪は少し眉をひそめて入力した。【さっき聞いたんだけど、藤原美穂を発表会に契約担当として行かせるって本当?】

【星野スター:うん、そうだよ。】

【何を企んでるの?】

【星野スター:それは当日のお楽しみ。いいもの見せてあげる。】


千雪はスマホを置き、顔を上げた。その瞬間、ちょうど藤原美穂が自信満々にデザイン部へ入ってきた。


顎を高く上げ、足取りも軽やかで、まるで羽を広げた孔雀のよう。全身から得意げなオーラがにじみ出ている。


他のデザイナーたちはすぐに集まり、口々にお世辞を言い始めた。


「部長、おめでとうございます!本当にすごいです!」

「そうですよ!就任早々、こんな大きなプロジェクトを取るなんて、会社にとっても大きな幸運です!」


美穂は褒められて満面の笑みを浮かべながらも、あくまで控えめに返した。「『傾国の紅』のプロジェクトは、みんなの努力があってこそです。これはチーム全体の成果ですよ。」


この一言で、彼女の評価はさらに上がった。みんな心の中で思った。家柄もよく、実力もあって、しかも気さく。まさに人生の勝ち組だ、と。


「みんな、引き続き頑張って。私は会長に報告に行ってくるわね。」

美穂はわざと声を大きくし、千雪の方へ挑発的な視線を投げかけた。


だが、千雪は一度も顔を上げなかった。その無反応さが逆に美穂を満足させた。きっと悔しくて見たくもないのだろう。まさにそれが狙い通り。千雪が苦しむほど、美穂は溜飲が下がった。


――


会長室では、藤原慶太が満面の笑みで娘を褒めちぎっていた。


「さすが私の娘だ、よくやった!」


美穂はにこやかに微笑んだ。「お父さんのおかげよ。いつも導いてくれてありがとう。」


慶太はすっかり上機嫌。やはり娘はかわいいものだ、としみじみ思う。千雪のような反抗的な子とは大違いだ。


「『傾国の紅』の発表会は注目度が高い。東京はもちろん、海外メディアも来るはずだ。しっかり準備して、会社の名を広めるんだぞ。」

「心配しないで。もう準備万端よ。」


美穂の目には、絶対に千雪を打ち負かしてやるという強い決意が宿っていた。


「もともと誕生日にマンションをプレゼントしようと思っていたけど、今回のご褒美として先にあげよう。神奈川の物件、好きなのを選びなさい。」


「じゃあ、桜庭のマンションがいいな。いいかしら?」


慶太は一瞬迷った。桜庭の物件は値段が高い……。


「会社のためにも桜庭がいいと思うの。あれは森川家の物件でしょ?森川家の若様が神奈川にいるなら、もしかしたら顔を合わせるチャンスがあるかも。」


慶太はしばらく考え、納得した。「わかった。ちょうど明日、新しい部屋が出るから見に行ってきなさい。」


「ありがとう!」美穂は嬉しさを隠しきれなかった。


桜庭の物件は常に大人気で、募集されるたびにすぐ売り切れてしまう。購入希望者の誰もが、「運が良ければ、あの謎めいた東京の名家の御曹司に出会えるかも」と夢を見ていた。


「健一兄さん、父が桜庭のマンションをプレゼントしてくれるって。明日、一緒に見に行ってくれる?」

美穂は高島健一に電話をかけた。


健一は手で秘書に報告を中断させ、スケジュールを確認する。


「明日の午前中なら大丈夫。午後は会議があるんだ。」


「ありがとう、健一兄さん!」美穂は甘えた声でお礼を言った。


健一は口元に微かな笑みを浮かべた。やっぱり美穂は気遣いができて可愛い。千雪はこういう小さなことでも礼を言うことはなく、何かと当然のように頼んでくる。男はやっぱり、優しくて可愛い女性が好きなのだ。千雪みたいに強すぎると、長く付き合うには疲れてしまう。


千雪の美しさや聡明さ、見栄えの良さは認めているが、美穂の存在はちょうど良い刺激になった。しかも美穂はあと半年で消えてしまう。その後は千雪との関係に影響しない。こんな都合の良い話はない。


――


千雪が帰宅すると、桜庭の物件情報が明日解禁されるというニュースが目に入った。


千雪はLINEを開き、森川航に連絡しようとしたが、先に彼から写真が届いた。


それは男性の上半身のアップ。シャツの裾を口でくわえ、割れた腹筋が際立つ一枚だ。ライトに照らされた肌は白く輝き、強い色気が画面越しにも伝わってくる。


鼻から下だけが写り、ゆるく開いた唇がシャツの端を噛んでいる。無造作な仕草なのに、なぜか妙に艶やかで、見ているだけでドキドキさせられる。


こんな写真、どういうつもり?もしかして誘惑してる?


もしそうなら……彼の思惑は十分に伝わってきた。


あの筋肉の感触も、その奥にある激しさも、すべてこの身で知っている。どれほど刺激的だったかも、よく分かっている。


しばらくして、すぐにメッセージが届いた。


【森川航:千雪ちゃん、友だちとやってた「真実か挑戦か」で負けちゃって、罰ゲームで一番新しく追加した人に腹筋写真を送れって言われて。ビックリさせてない?】


ゲームの罰だったのか。千雪は納得した。


【水原千雪:大丈夫よ。】

【森川航:よかった。千雪ちゃん、今何してるの?】

【水原千雪:さっき家に帰ったところ。】

【森川航:遅くまでお疲れ様。俺がそばにいれば、マッサージで癒してあげられるのに。】

【水原千雪:マッサージできるの?】

【森川航:うん。昔、中国の先生に教わったことがあるんだ。今度やってあげるよ、すごく気持ちいいから。】


その言葉は、まるで心をくすぐるように甘い響きを持っていた。


千雪は自分の考えすぎかもしれないと思いつつも、この若い男性の言葉にどこか含みを感じてしまう。


【水原千雪:機会があったらお願いするわ。】

【森川航:じゃあ、今から行こうか、千雪ちゃん。】

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