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第10話 新しい恋と過去の愛、交わる瞬間

水原千雪は、森川航から届いたマッサージの誘いに返事が来たのを見て、指先をスマートフォンの画面の上で止めた。

もしかして、彼の本当の目的ってこれ……?


「今、友だちと遊んでるんじゃないの?」と音声メッセージを送った。


その頃、桜庭の高級別荘のベッドの上でくつろいでいた森川航は、思わず息を呑む。

しまった!

最初から「真実か挑戦か」なんて理由を使うんじゃなかった——。


彼はすぐに、ほどよい誠実さを込めて返事を送る。

「遊んでるけど、千雪のほうが大事だよ。千雪が呼んでくれたら、すぐにでも行く!」


千雪は思わず笑ってしまう。今どきの若い子って、こんなにも人の気持ちをくすぐるのが上手いのか。

これなら“年下男子”を囲うのも悪くない、そう感じずにはいられなかった。


「いいわ、皆で楽しく遊んでて。」


森川航は、がっかりした様子を隠せない。できれば今夜、一緒に過ごしたかったのに。


すると、千雪からまた音声メッセージが届く。

「明日、桜庭で新しい部屋が出るって聞いたから、朝9時に見学の予約を入れたの。迎えに行こうか?」


森川航は、今自分が寝ている桜庭の最高級ベッドを見下ろしつつ思う。迎えに来られたら、色々とバレてしまう——。


「大丈夫だよ、千雪。自分でタクシーで行くから。」


「わかった、じゃあ明日ね。」

千雪はそう返事をし、ついでに森川航に交通費の名目でお金を送っておいた。


森川航は眉を上げ、さっと身支度を整えて外に出る。

ちょうど廊下で佐藤景と鉢合わせた。


「森川くん? どこ行くの?」


「学校に戻るよ。」


「え? 明日土曜で授業ないのに、なんでわざわざ?」


「寮に泊まるんだ。」森川航は簡潔に答える。水原千雪は勘が鋭いから、念のため学校から出発した方が無難だと判断したのだった。


佐藤景は彼の後ろ姿を見送りながら、頭の中は疑問でいっぱいだ。

せっかくの高級マンションを置いて、わざわざ四人部屋の寮に戻るなんて——。天才の考えることはわからない、と諦めるしかなかった。


水原千雪の自宅は桜庭から車で15分ほど。だから、かなり早くに現地へ到着した。

森川航はまだ移動中だった。


桜庭の販売オフィスに着くと、受付の女性に丁寧に止められる。


「申し訳ありませんが、ご予約はございますか?」


千雪は心の中で苦笑した。

さすが森川家の物件。自信が違う。普通なら、見込み客を大事に扱うものなのに。


「はい、昨日田中マネージャーに予約しました。」


そう言い終わると、田中マネージャーが満面の笑みで奥から現れる。


「水原さん!お越しいただきありがとうございます。昨夜ご連絡いただいて本当に良かったですよ。そうでなければ、最後の一部屋もなくなっていました!」


千雪は少し驚いた。「今回、五部屋出るんじゃなかった?そんなに早く売り切れたの?」


「ええ、今朝販売開始と同時に、四部屋は一瞬で売れてしまいまして。残るのはご予約の一部屋だけです。」

田中マネージャーは千雪を案内しながら説明した。


その時、受付からまた声が聞こえてくる。


「すみません、ご予約はございますか?」


千雪は最初気にしなかったが、ふいに聞き覚えのある声が耳に入る。


「予約はないけど、ちょっと見せてもらいたくて。部屋を買いたいんです。」


——藤原美穂?


またしても、こんなところで出くわすなんて。


千雪が振り返ると、藤原美穂が高島健一の腕にしっかりと絡みついて立っていた。


「申し訳ありませんが、本日の部屋はすべて完売となっております。来月また新しい部屋が出ますので、ご検討ください。」


美穂は驚き、納得がいかない様子で千雪を指さす。


「全部売り切れ?じゃあ、あの人はなんで中に入れるの?」


「水原様はご予約のお客様です。」


美穂は悔しそうに唇を噛み、健一の方を見る。だが、彼の視線は千雪に釘付けになっていた。


美穂の胸に不安が広がり、涙声で訴える。


「健一、お部屋がもうないなんて……。どうしても自分の家が欲しいのに……。」


健一はようやく視線を戻し、美穂を連れて千雪の方へ向かう。不満げな口調で声をかける。


「千雪、どうしてここにいるんだ?」


千雪は内心で呆れる。

「決まってるでしょ、部屋を買いに来たのよ。他に何しに来るっていうの?」


健一は眉をひそめる。

この棘のある態度が本当に苦手だ。自分の思い通りにならない千雪が、どうしても気に入らない。


「どうして、そんなことをするんだ?」


「そんなことって?」


「美穂が桜庭の部屋を欲しがってるのを知ってて、わざと邪魔しに来たんだろう?千雪、どうして美穂をそこまで敵視するんだ?」


「私が? 本気で言ってるの?」


「そうだよ。千雪はもう部屋を持ってるはずだろ?今日ここに現れたのは、藤原社長が美穂に部屋をプレゼントしようとしてるのを知って、わざと邪魔しに来たんじゃないのか?」


千雪の目が鋭く光る。


「藤原慶太があなたに部屋をくれるって?」


彼女は美穂を見つめ、冷ややかに言い放つ。


——なるほど。

水原家のお金を使って愛人とその娘を養うだけでなく、今度は高級マンションまで贈ろうってわけね。

まったく、呆れるわ。


美穂は得意げな表情を隠し切れず、わざとらしく可愛く言う。


「お父様が、《傾国の紅》のプロジェクトをまとめたご褒美にって、この部屋を用意してくれたの。」


千雪は冷笑する。


「そう。じゃあ、契約書にサインして鍵をもらってから、また話しましょう。」


「千雪!もうやめて!」

健一は語気を強め、命令口調になる。


「この部屋は美穂に譲って、おとなしく帰ってくれ。半年後には、僕が君を迎えに行く。」


——はぁ?

千雪は思わず大きくため息をついた。


「健一、脳外科で診てもらった方がいいんじゃない?若いうちからこんなに頭がおかしいなんて、かわいそう。」


「な……」


「なによ?私って、もともとこういう性格なの。もし言葉が刺さって痛かったら、ごめんなさい——」

彼女はわざとゆっくり言う。

「わざとだから。そのまま受け止めて。」


健一は顔を真っ赤にして怒りを抑えきれない。


「つまり、君は美穂と最後まで争うつもりなんだな?」


「争う?」

千雪はあきれたように笑い、「この部屋は私の“かわいい子”が欲しいって言ったのよ。だから私が買うの。当然でしょ?彼が機嫌を損ねたら、また夜中に大変なことになるんだから。年下男子は体力がありすぎて、私の腰が持たないのよ。」


突然の爆弾発言に、健一も美穂も目を丸くする。


しばし沈黙の後、美穂の心に喜びがあふれる。

千雪のそばに新しい男がいるなら、もう健一は自分のものだ!と。


一方、健一の顔はますます険しくなる。


「“かわいい子”って……誰だ?」


「新しい彼氏よ。」千雪はきっぱりと言った。


「千雪、そんなことで僕を怒らせないでくれ!」

健一は全く信じていない。千雪が自分以外の誰かを愛するはずがない、きっと意地を張っているだけだと思い込んでいる。


「あなたを怒らせてる暇なんてないの。」千雪は冷ややかに彼を見下ろし、

「ウチの“彼”はまだ二十歳で、身長188、腹筋はバキバキ、体力もあって、私を大事にしてくれるの。あなたみたいな年上で、体力もない、男尊女卑で髪も傷んでる人と、なんで昔は必死だったんだろう——」


「年上がいいの?体力のなさがいいの?それとも、その変なプライドと枝毛がお気に入りだったのかしら?」

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