同行していたデザイナーたちは小声でささやき合っていた。「星野さん主演の映画発表会だから、きっと盛大なイベントになるよね」
「もしかして、このあと星野さんがうちのチーフをデザイナーとして紹介するんじゃない?そうなったら、一気に有名になれるかも!」
「間違いないよ……」
そう話していると、スタッフに案内されて水原千雪がVIP通路から現れた。その姿を目にした一同は、一瞬言葉を失った。
「千雪さん?どうしてここに?」と、アシスタントの藤原敏子が驚きの声を上げた。
千雪はその声に気づき、藤原美穂たちに一瞥をくれ、ほんのりと眉を上げた。
今日の千雪は、シンプルで洗練されたスーツ姿。控えめなメイクが彼女の美しさを引き立て、派手なドレスで着飾った美穂とは対照的だった。ドレスの華やかさに頼らずとも、千雪の存在感が美穂を圧倒していた。
千雪の視線は美穂の赤いラインストーン付きロングドレスに一瞬とどまり、口元に意味深な微笑みを浮かべた。
美穂は顔を曇らせ、「何がおかしいの?」と声を荒げた。
「別に」と千雪は落ち着いた声で返す。「ただのアドバイスだけど、こういう場でその晩餐会向けのドレスは場違いだし……。それに、みんな本物のドレスを着てくるから、模造品だとすぐにバレるよ」
「誰が模造品を着てるって言うの!」美穂は声を上げた。あのドレスは五十万円以上もしたのだ。
千雪は小さく舌打ちし、「一応デザイナーなんだから、ラインストーンとキュービックジルコニアくらい見分けたら? 説明が必要なら教えてあげようか?」と、無邪気そうに皮肉を込めて首をかしげた。そのまま美穂を無視してスタッフに案内され、自分の席に着いた。
美穂は悔しさで震え、慌ててスマートフォンで調べる。キュービックジルコニアが安価な合成石だと知った瞬間、顔色が一気に青ざめた。五十万円も出して偽物なんて、千雪がわざと恥をかかせようとしてるに違いない!
間もなく発表会が始まる。監督の田中明遠が中央に座り、星野澪と主演俳優がその両脇に。続いて他のキャストや副監督、プロデューサー、脚本家らが着席していく。千雪の席は脚本家の隣だった。
会場はすぐに満席となり、美穂とその同行者たちだけが前方の空きスペースに立ち尽くして、居場所を失っていた。
「チーフ、私たちの席は……?」と敏子が不安そうに尋ねる。
美穂も戸惑いを隠せない。本来ならデザイナーにもインタビュー席が用意されているはずなのに、どこにも空席がない。
そのとき、扉が開いて記者たちが続々と入場し、割り当てられた席に着いた。会場にポツンと立っている美穂たちは、まるでスポットライトを浴びる孤島のように目立ってしまった。
記者たちの視線が一斉に集まり、ざわざわとささやきが聞こえてくる。
「この人たち誰?」
「なんで立ってるの?発表会始まるのに、邪魔だなあ」
「スタッフの人?どいてくれない?見えないよ!」と、後方の記者が苛立った声を上げた。
敏子は困り果てて、「すみません、私たちは『傾国の紅』の衣装デザイナーチームです。桜庭グループから来ましたが、まだ席が……」と説明した。
「衣装デザイナー?」記者の一人が鼻で笑い、インタビュー席を指さして、「ほら、もうちゃんと座ってるでしょ?あなたたちは端に寄って、邪魔しないで」
「え?」敏子と美穂たちは思わず振り返る。記者の指先、そこには「衣装デザイナー」と書かれた名札の前に座る千雪の姿があった。
美穂の頭は真っ白になり、手のひらに冷たい汗が滲む。
動かない彼女たちに、記者たちの非難の声が強まる。
「一体何なの?どこから来たの?」
「あそこに座ってるのが本物でしょ?売名目的じゃないの?」
「主役より目立つ格好して、必死すぎ……」
「話題作りかよ……」
耳を打つような辛辣な言葉に、美穂は顔を真っ赤にして立ち尽くした。
その騒動に気づいたスタッフが駆け寄る。
「どうしました?」とスタッフが眉をひそめて尋ねる。
敏子はすがるように、「私たちは桜庭グループのデザインチームです!今日の発表会に呼ばれて、衣装担当の契約をする約束なんです!そこに座ってる水原千雪はうちのただのデザイナーで、絶対に間違いです!本来なら美穂チーフが座るべき席のはずです!」
スタッフも困惑した様子で、「桜庭グループが衣装担当という話は聞いていますが、誰が担当かまでは……。少々お待ちください、確認してきます」と星野の方に目をやった。
敏子たちはほっとしたものの、心の中では千雪への不満を募らせていた。「きっと千雪が勝手に座ったんだ。星野さんの性格からして、すぐに真相が明らかになるはず」
発表会の開始が遅れ、記者たちもいら立ち始める。ついに一人の記者が壇上の星野に声をかけた。
「星野さん、会場にいる女性が桜庭グループのチーフデザイナーだと名乗っていますが、招待された衣装チームの席を取られたと訴えてます。事実ですか?」
この騒ぎを興味深そうに眺めていた星野は、口元に意味ありげな笑みを浮かべ、ゆっくりとマイクを調整した。
彼女の視線が、蒼ざめた美穂に向けられる。その目はすべてを見抜いているようだった。
美穂はその視線に気づき、胸の奥が冷たく沈む。
星野の澄んだ声がマイクを通して会場中に響き渡る。
「確かに私は桜庭グループに衣装デザインを依頼しました」と一度区切り、インタビュー席に目を向け、はっきりとした口調で続けた。「でも、私が依頼したのは水原千雪さんです」
再び美穂を見やり、淡々とした声で言い放った。
「そちらの方々については、存じ上げません」