小林玲奈の全身が硬直し、耳元で金属音が轟いた。迫る男を凝視する——黒のシャツ、腕にかけたスーツジャケット。五年前より切り揃えられた前髪、鋭い輪郭に漂う見知らぬ冷たさ。照明が伸ばした彼の影が、やがて玲奈を覆った。
視線が交差した瞬間、玲奈の目尻がぱっちりと赤く染まった。
藤原美咲の挑発、高橋慎也の侮辱、五年間の無感覚——全てが決壊する。唇を噛みしめて涙を堪えながら、彼の眉尻にある涙痣を確かめた。
悠斗。
鈴木悠斗だ。
幾度も夢に見た面影。あの痣の位置さえ寸分違わない。
彼は生きていた。
ついに涙が零れ落ちた。
高橋慎也が藤原美咲を支えながら起き上がり、傲然とした態度は消え失せていた。「鈴木様…」
「誰も彼女をいじめてなど…」と慎也が弁解する。
鈴木悠斗は嗤った:「ガキいじめなんざ、俺様が知ったこっちゃねえよ」。藤原美咲を一瞥し、眼底に嫌悪が浮かぶ。「高橋のボンボン、今朝ウチのバカ妹に会ったばかりだろ?あいつ、いつ整形したんだ?」
場内が水を打ったように静まる。鈴木家の令嬢・鈴木絵麻が高橋家との政略結婚相手であることは周知の事実だ。
悠斗は片眉を上げた:「こんなブスといちゃついてるのか?いじめに浮気?」
慎也の額に冷や汗がにじむ:「絵麻さんとはまだ…!」反射的に玲奈を見る。
鈴木悠斗がだらりと振り返ると、玲奈が涙目で彼を見つめていた。
「へえ?」悠斗が美咲へ目を戻す。「高橋、趣味がお粗末だな」。
周囲の刺すような視線に、美咲が慎也の袖を引っ張る。「慎也…」
慎也が猛然と手を振り払う:「お前、さっき玲奈を陥れようとしたのか?」
「ただ貴方が好きすぎて…」美咲がすすり泣く。
慎也が玲奈へ冷たい表情を向ける:「誤解だった」。
悠斗の軽笑が響く:「俺がいない間、一言で済ますつもりか?」
「鈴木様、どうなさりたいのです?」
「さっきコイツに謝らせただろ?」悠斗が眉を吊り上げる。「今度はお前の番だ。忘れたのか?」
美咲が歯を食いしばる:「…玲奈先輩、すみませんでした」。
玲奈は依然として呆然と悠斗を見つめていた。
「何ぼんやりしてんだ?」悠斗の目尻が微かに揺れる。「謝られてるぞ」。
玲奈が美咲へ向き直る:「もう二度と、あなたたちの慰みものにはならない」。
慎也が青ざめた顔で美咲を引きずり去った。人垣が消え、玲奈の震える声が零れる:
「悠斗…」
鈴木悠斗の目元が柔らかく緩む:「久しぶりだな」。
涙が奔流のように溢れ出た。
「鈴木様、嬢ちゃんをいじめるなよ!」後ろの花柄シャツの男が玲奈に近づく。「妹ちゃん、アニキの舎弟にならないか?アイツよりずっといいぜ?」
玲奈はきっぱり首を振った:「結構です」。
伊藤幸太が悠斗の肩をドンと突く:「おい、いつこいつをナンパしたんだ?」