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第10話 世界で一番資格があるのは君だ


「玲奈、来たね。どうぞ」伊藤幸太が熱心に迎え、立ち上がって椅子を引いた。

小林玲奈は一瞬戸惑ったが、腰を下ろし、小声でお礼を言った。

「どういたしましてって? 遠慮するなよ」幸太は笑いながら、彼女の頭をポンポンと撫でた。

その瞬間、背筋が凍るような視線を感じた。振り向くと、鈴木悠斗が冷気を漂わせてこちらを見つめていた。

幸太はぞっとし、気まずそうに手を引っ込めて席に戻った。

玲奈が袋を渡す。「伊藤さん、昨夜はありがとうございました」

幸太はチラリと悠斗を盗み見て、袋を受け取った。「何言ってんの? 当然のことだよ、はは」そう言うと、サッと立ち上がった。「あ、ちょっとトイレ! すごく行きたいんだ!」玲奈が反応する間もなく、彼は逃げるように消えた。

個室の空気が一気に重くなった。

玲奈が立ち上がる。「お届けものは済みましたので、そろそろ……」

「失礼」と言いかけたところで、悠斗が口を開いた。「座って食事をしろ」

玲奈は首を振った。「いいえ、用事がありますので」

悠斗はストレートに問うた。「用事か? それとも俺に会いたくないのか?」

玲奈は俯いて黙り込んだ。

悠斗は諦めたように言った。「相変わらずだな。怒ると無視するのは」

玲奈はムッとした。「私の性格があなたに何の関係があるんですか?」

個室が静まり返った。

玲奈は自分が感情的になったことに気づき、俯いたまま沈黙した。

悠斗が立ち上がり、彼女の前に立つ。「まだあの時、俺が海外に行ったことで怒ってるのか? 俺は……」

玲奈が遮った。「私に怒る資格なんてありません」

悠斗は彼女の頭をそっと撫で、優しい口調で言った。「資格がない? 世界で一番資格があるのは君だ」

玲奈は……。

「さあ、座って食事しろ。お前の好きな鯛の姿焼きを頼んだんだぞ」

玲奈は動かない。「もう好きじゃない」

悠斗は一瞬言葉を詰まらせ、ハッと何かに気づいた。「玲奈……。この数年、元気にやってたか?」

「良くても悪くても、もう過ぎたことです。用事がありますから、失礼します」そう言い残すと、彼女は入口に向かって歩き出した。

五年も待ち焦がれたのに、結局は空振り。彼女はどう向き合っていいか分からなかった。

……

レストランのロビー。

高橋慎也は退屈そうにスマホをいじりながら、向かいでペチャクチャしゃべる女の子に付き合っていた。

「慎也様、お母様がおっしゃってましたけど、大学二年で高橋グループでインターンなさったんですって?」

慎也は適当に応じる。「ああ、母親が勝手に決めたんだ。俺は行きたくなかったけどな」

鈴木絵麻は……。

絵麻は、慎也が自分にまったく興味がないと悟り、少し落ち込んだ。正直、高橋慎也の家柄もルックスも彼女の好みだった。もっと積極的に行こうと思った。

「あ、そういえば明日、新作映画が公開されるんですけど、一緒に見に行きませんか?」

絵麻の言葉を聞いて、慎也はふと玲奈が一緒に映画に行こうと言っていたことを思い出した。彼は行った。そして、別の女を連れて行き、玲奈を劇場の外で待たせた。終わって出てくると、玲奈がチケット売り場でじっと座っているのを見た。そして彼はそのまま女を連れてラブホテルに行き、玲奈に避妊具を買って来いと命じたのだ。

玲奈はどんな顔をしていたか? はっきり覚えていない。怒っていたことは覚えている。でも、結局は素直に買って持ってきてくれた。

玲奈は従順で、自分のことを大事にしてくれているのに。母親との取り決めを思い出すと、慎也は腹が立つ。だから彼は一方的に玲奈をシカトし、半月前にケンカしてからは、もう二十日近くも会っていなかった。これが三年で一番長い間だ。慎也は突然胸騒ぎがし、母親の言うことを聞いてこのくだらないお見合いに来たことを後悔した。絵麻に気はない。まったく時間の無駄だ。

そう思うと、ここにいるのが耐えられなくなった。まだ喋っている絵麻の言葉を遮った。「悪いな、鈴木さん。会社のプロジェクトでトラブルが起きて、戻らなきゃいけない」下手な言い訳をして、返事を待たずに立ち上がった。「今日は俺が……」

言いかけたところで、二階から降りてくる小林玲奈の姿が目に入った。慎也は目を疑った。瞬きしてもう一度見ると、間違いなく玲奈だった。

口元が緩み、高慢な笑みを浮かべた。構ってないなんて嘘だろ? ちゃんと俺を追ってきたじゃないか。覚えてろ、今度はちゃんとお灸を据えてやる。

どうやって玲奈をこらしめようか考えていると、男が彼女を追いかけてくるのが見えた。高橋慎也は知っていた。伊藤家の次男、伊藤幸太だ。幸太が何か言うと、玲奈の頭を溺愛するようにポンポンと撫でた。

その仕草が、慎也の怒りに火をつけた。彼はバッと立ち上がり、お見合い相手がいることも構わず、玲奈へと大股で歩み寄った。

近づくと、幸太の声が聞こえた。「怒るなよ。鈴木悠斗があいつ、勝手に付いてきたんだから」

慎也は爆発寸前の感情を抑えきれず、階段の下から玲奈を冷やかすように言い放った。「どうしてあんなにさっぱり別れられたと思ったら、さっさと乗り換えたんだな?」

玲奈は横目で一瞥。二人の視線が一瞬交差したが、彼女は目をそらし、無視した。

幸太は見下すように慎也を一瞥し、玲奈の肩にだらりと腕を回して、気だるげに言った。「おい高橋ボウズ、うちの玲奈がおとなしいからって、いいように思ってんのか?」

慎也は顔を強張らせ、幸太が玲奈の肩に置いた手をじっと睨みつけた。「幸太さん、あいつに騙されるなよ。奴は金目当てだ!」

幸太は一瞬ぽかんとし、すぐに恐縮したような顔で玲奈を見た。「玲奈、本当? 金ならあるぜ、好きなだけ騙してくれ!」

玲奈は口元をピクッとさせ、嫌そうに彼の手を払いのけた。こいつバカじゃないの?

慎也は奥歯をギリギリと噛みしめた。このアホ、頭おかしいのか!

口を開こうとしたその時、幸太がまたもや命知らずなことを言った。「玲奈、俺はケチで最低な男どもとは違うんだぜ」そう言うと、挑発するように慎也をチラリと見た。

玲奈は適当に応じる。「はいはい、違うのね。じゃあ行くわ、またね」そう言うと、慎也を一瞥することもなく、出口に向かった。

慎也は皆の前で置いて行かれ、冷たい表情を浮かべた。いいだろう、図に乗ったな! 幸太をギロリと睨みつけると、振り返って玲奈を追いかけた。

幸太は慎也の後ろ姿を見つめながら、考え込んだ。何かおかしい。あの二人、明らかに様子がおかしい。


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