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第13話 子供は本当に手がかかる


玲奈の身体が一瞬、硬直した。聞こえないふりをしようと思った。

すると、おばあちゃんがそっと彼女を押し、いたずらっぽくウインクしながら言う。「玲奈、悠斗とは何年も会ってないんだから、話してきなよ。手伝いもしてあげて」 おばあちゃんの意図を察した玲奈は、もう装えなかった。


覚悟を決めて、玲奈はキッチンへと足を踏み入れた。

「何…何か手伝うことある?」 玲奈は少しどもりながら、悠斗の顔をまともに見られなかった。

悠斗が低く笑った。

「何がおかしいの?」 玲奈が顔を上げて尋ねる。

悠斗は首を振り、彼女の前に歩み寄った。清涼なミントの香りが一瞬で鼻をくすぐり、玲奈は思わず後ずさった。

「そんなに怖がらなくてもいいのに?」 悠斗が尋ねた。

玲奈は気まずそうに首を振る。怖いわけじゃない、どう接すればいいかまだわからないだけなんだ。

「そで、ちょっと直してくれないか」 悠斗が腕を差し出した。

「あ、はい」 玲奈は気詰まりそうに応え、伸びたシャツのそで口を整えた。彼女はずいぶん背が伸びて、今では彼の胸元まで届いていた。

悠斗がうつむいて玲奈を見る。玲奈の頬はほんのり赤く、長いまつげ、透き通るような白い肌に、灯りの下ではうっすらと産毛も見えた。悠斗の眼差しは深く沈み、喉仏がごくりと動いた。何かを必死に抑えているようだった。

「できたわ」 玲奈がようやく口を開き、一歩後ろに下がった。

悠斗の目がはっきりと戻る。「ありがとう」

「手伝うこと、まだある?」 玲奈が小声で尋ねた。

悠斗がまな板の上のトマトを指さす。「乱切りでいい?」

玲奈はうなずき、手を洗って包丁を取り、切り始めた。「今夜は何作るの?」

「牛バラ。お前の好きなやつだ」 悠斗が言う。

玲奈の握った包丁が止まり、一瞬視界がぼやけた。次の瞬間、指先に鋭い痛みが走り、彼女は思わず声を上げた。

「動くな」 悠斗がお玉を放り出し、駆け寄ると、切った彼女の指を掴み、そのまま自分の口に含んだ。

玲奈の血の気が一気に頭に上り、頬が真っ赤に染まった。「あんた…」 手を引っ込めようとした。

悠斗は相変わらず口に含んだまま、手の甲を通して全身に広がる熱気を感じた。玲奈はまるで炎の中にいるようだった。

「痛くない?」 悠斗が口を開いた。

玲奈は首を振る。

悠斗は指先の血が止まったのを確かめ、絆創膏を貼った。

「なんでそんなもの持ち歩いてるの?」 玲奈は驚いて尋ねた。

「子供がよく自分を傷つけるから、習慣になったよ」 悠斗が笑った。

『子供』という言葉を聞いた瞬間、玲奈の表情が固まった。悠斗は結婚しているだけでなく、子供もいたのか。心にさざ波のように広がりかけた感情が、一瞬で消え去った。

「…ふぅん」 玲奈は淡く応え、手を引っ込めた。「ありがとう。手伝えないから、ごめんなさい」

悠斗が口元を緩めた。「大丈夫だ。おばあちゃんのところへ行ってな、すぐ終わるから」 そう言うと、手を伸ばして彼女の頭を撫でようとした。

玲奈は無意識に避け、悠斗の表情を見ることなく、キッチンを後にした。

悠斗の手は宙に浮いたままだった。彼は苦笑した。子供は本当に手がかかる。


*


夜が更けた。

玲奈がおばあちゃんの家を出た時には、すっかり真っ暗だった。おばあちゃんは心配し、悠斗とおじいちゃんの将棋が終わるまで待って送ってもらおうと言ったが、玲奈は断り、鞄を持って桜華荘ローズガーデンの正門へ向かった。悠斗と二人きりになるのが、どうしても耐えられなかったのだ。

この桜華荘ローズガーデンはタクシーが捕まりにくく、バス停まで何キロも歩かなければならない。玲奈がスマホを見ると、もう9時だった。一時間歩いたのに、まだ着いていなかった。

ふと、一台の車が対向車線から近づいてきた。ヘッドライトが玲奈をくっきりと照らす。玲奈は手を額にかざし、目を細めたが、光が強すぎてよく見えない。ただ、どこかで見たような車だとは思った。

車はゆっくりと彼女の横に停まり、窓が滑り降りた。車内の人物を見た玲奈は、四目が合い、心臓がぎゅっと縮んだ。

「乗れ」 悠斗が先に口を開いた。

玲奈は堅くなる。「大丈夫です。バス停まであと少しですから」

「こっから先にバス停はない。乗れ。送る」 悠斗の口調には拒否の余地がなかった。

これ以上断るのも悪いと思い、玲奈は言った。「ありがとうございます、悠斗様」 そう言うと助手席のドアに手を伸ばした。

運転手の山田が慌てて言う。「玲奈様、社長と後ろにお座りくださいませ」

玲奈は手を引き、後部座席のドアを開けて、悠斗の隣に座った。

悠斗が横目で見る。「どこへ?」

「学校です。関西学院大学へ」

悠斗が山田に住所を告げると、車内で仕事を始めた。車内は静まり返り、玲奈は窓の外に流れていく夜景を眺めていた。

「仕事の方向性は決まったのか?」 悠斗が突然尋ねた。

玲奈は以前、小林惠子に東京へ行くと言ったことを思い出したが、口には出さなかった。「いえ」

「考えは?」

「いいえ」

玲奈の乗り気でなさそうな様子を見て、悠斗はそれ以上尋ねず、自分の仕事に戻った。キーボードを叩くカタカタという音だけが車内に響く。

玲奈はわずかに目を動かし、そっと悠斗の様子をうかがった。悠斗の指は長くて力強く、キーを叩くリズムがまるで彼女の神経を直接打っているようだった。突然、キッチンで彼が彼女の指を口に含んだ情景が思い出され、頬に知らぬ間に赤みが差していた。

「暑いのか?」 悠斗の声が響いた。俯いたまま、こちらを見てもいないのに、まるで目があるかのようだった。

玲奈はきまり悪くなり、膝の上の鞄をぎゅっと握った。「いいえ」

悠斗がちらりと彼女を見上げる。「そんなに顔が赤いけど?」

玲奈はますますきまり悪くなり、気後れして言った。「少し…暑いかも」

悠斗が運転手に言う。「山田、エアコンを下げろ」

「はい、社長」

正門に着くと、玲奈が言った。「悠斗様、お手数おかけしました」

彼女のよそよそしい態度に、悠斗は諦めの溜息を漏らした。「玲奈…昔は俺のことを『お兄さん』って呼んでたんだぞ、忘れたのか?」

玲奈はうつむいた。「昔は若くて分別がなかったんです…今は…」 そう言うとドアハンドルに手を伸ばした。

次の瞬間、悠斗が突然手を伸ばし、彼女の細い手首を掴んだ。


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