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第16話 小林玲奈、お前は俺の注意を引くのに成功した


藤原美咲も小林玲奈の姿を目にした。彼女は高橋慎也と玲奈が顔を合わせるのを避けたくて、慎也の腕を軽く引いて小声で言った。「慎也くん、別のお店にしない?」


しかし、慎也はまったく耳を貸さず、視線は玲奈に釘付けだった。


その熱い視線を感じたのか、下を向いて食事をしていた玲奈が顔を上げ、入り口の方を見た。高橋慎也と藤原美咲の姿を見て、思わず眉をひそめる。〈食事中にまで出くわすなんて、今日は本当についていない日だわ〉と、彼女は小さく呟いた。


隣の松本が聞き取れずに尋ねた。「玲奈様、何かおっしゃいましたか?」


玲奈は気まずそうに笑った。「いえ、独り言です」


慎也がわざとかどうかはわからないが、彼は美咲を連れて玲奈たちの正面の席に座った。食事の間中、玲奈は慎也と美咲が互いに食べさせ合っている様子を何度も目にしてしまった。彼女は〈はあ…〉と、声にならないため息をついた。高橋慎也が〈今回は〉こんなに本気だとは思わなかった。二人はまだ熱愛の最中、これでは邪魔の入れようがない。途端に食欲が失せた。


松本は彼女が箸を置いたのを見て、自分も箸を置いた。「玲奈様、お済みですか? では、出ましょうか」


玲奈はうなずいた。「ええ、私がお会計してきますから、少々お待ちください」そう言って立ち上がり、レジへ向かった。


会計を済ませて振り返ったその時、突然、高橋慎也の視線とまともに合った。彼女はびっくりして、心の中で〈頭おかしいんじゃない? 足音も立てずに〉と毒づく。彼を無視して立ち去ろうとしたその時、慎也が口を開いた。


「小林玲奈、俺と別れて、〈こんなガラクタみたいな男を〉見つけたのか? 男がケチで、食事代までお前が出すのか?」


玲奈はその嘲笑を聞いても、感情が揺れる様子はなかった。顔を上げて、皮肉たっぷりに言い返す。「あら? あなたが私と一緒にいた時、一度でもお金を払ったことあったっけ?」


慎也の顔が曇り、言葉に詰まった。玲奈の言う通りだった。三年間付き合って、食事の度に彼女が支払っていた。だが、それが彼女の浮気の言い訳になるのか? 別れてまだ〈そんなに〉経っていないのに、男を次々に取り替えている。彼、高橋慎也の頭の上はもう〈すっかり〉緑色だ。そう考えると、彼の怒りはさらに増した。「〈こいつが〉何様だ? 俺と比べられると思ってるのか?」


「じゃあ、あなたは何様なの? 私が誰と食事しようと、あなたに関係ある?」そう言い放つと、慎也の険しい顔色など見もせず、店を出ていった。


慎也は玲奈と松本の背中をじっと睨みつけ、顔は真っ黒けで、体の横で握りしめた拳がギシギシと音を立てた。


怯えた様子の美咲が近づいて、たずねた。「慎也くん…まだ玲奈さんのことが忘れられないの?」


慎也は反射的に否定した。「ありえないだろ? あんな女のこと、好きだったことなんてない。食べ終わったら出るぞ」そう言うと、大股で店を出ていった。


美咲は悔しそうに両手を握りしめた。彼女はまだ食べ終わってもいなかったのに、慎也はもう店の外に出ている。仕方なく歯を食いしばって後を追った。


スポーツカーに乗り込むと、美咲は慎也の表情をうかがいながら、探るように言った。「慎也くん、私…会社に行って、お仕事お手伝いしましょうか?」


慎也は車をバックさせながら言った。「午後は忙しい。先に学校まで送る」その時、玲奈と松本が原付のそばに立っているのが見えた。二人が何か話すと、玲奈が後部座席に乗った。


慎也の顔が一気に引きつり、アクセルを踏み込んで車を原付の前に横付けした。


玲奈は見慣れたスポーツカーを見て、呆れ返った。高橋慎也は何を〈狂っているの〉?


助手席の窓が開き、美咲が笑顔で言った。「玲奈、これがあなたの彼氏なの?」


玲奈は彼女を無視し、運転席の慎也に向かって言った。「高橋さん、道を塞がないでいただけますか? よろしくお願いします」


そのよそよそしい口調に、慎也の腹の虫が収まらなかった。「どうした? 彼氏は車も買えないのか? 原付に乗るなんて?」


玲奈は彼がそんなに幼稚だとは思わず、嫌気がさして言った。「あんたに関係ないでしょ」


慎也は涼しい顔をしていた。「知り合いの縁だ。俺の女が言うには、送ってやるそうだ」


〈そばにいた〉松本は三人の間の火花を感じ取り、金持ちのゲームに巻き込まれたくないと、慌てて言った。「玲奈様、もう一つの物件は別の日にご覧になりますか? それとも、女のスタッフを手配しましょうか?」


玲奈は微笑んだ。「お手間を取らせてすみません」


それを聞いた慎也は誤解していたことに気づき、少し顔色が和らいだ。そして、自ら車を脇へ寄せた。松本はその隙に原付でさっさと立ち去った。


玲奈は慎也を相手にする気もなく、反対方向へ歩き出した。


するとすぐに、スポーツカーが追いかけてきた。「小林玲奈、乗れ。学校まで送ってやる」


玲奈は聞こえないふりをして、歩道を歩き続けた。


慎也はますます不機嫌になり、声を張り上げた。「小林玲奈! 耳が聞こえねえのか? 乗れって言ってんだろ!」


玲奈はうるさくて仕方なかった。「〈あなた、〉頭おかしいんじゃないの? ほっといてよ!」


慎也の顔は一瞬で真っ黒になった。昔の玲奈は彼の前ではおとなしくて従順で、決して強い口調や汚い言葉は使わなかった。今ではそんな風に言い返すとは。やはり、自分が藤原美咲と一緒にいるのを見て、腹を立ててわざと自分の注意を引こうとしているのだ。〈間違いない。〉それは見事に成功し、確かに自分の注意を引いた。


そう考えると、慎也の顔に傲岸な色が浮かんだ。「小林玲奈、お前は俺の注意を引くのに成功したな」


「......」頭おかしい。玲奈は彼を一瞥することもなく、歩き続けた。


ここは繁華街。タクシーはほぼ満車で、玲奈は配車アプリで車を呼ぼうとした。神戸の初冬はじめじめと寒く、道端で少し立っているだけで、スマホを持つ手が震えるほど冷たくなった。画面には、ずっと順番待ちのままだった。


突然、黒のメルセデスGクラスが目の前に停まった。反射的に高橋慎也かと思い、嫌気がさして「うるさ…」と言いかけたが、その後の言葉が詰まった――それは見覚えのあるメルセデスGクラスだった。


窓が開き、伊藤幸太のやんちゃな笑顔が現れた。「よぉ、妹さん。奇遇だな、こんなところで会うなんて」


玲奈は思わず二歩後ずさった。正直、伊藤幸太みたいなプレイボーイは相手にしたくなかった。


「どっか行くのか? 送ってやるよ」


玲奈は首を振った。「いいえ、車を呼んでますから」


幸太は唇を尖らせた。「遠慮すんなって。乗れよ、雪が降りそうなくらい寒いだろ?」


玲奈は下を向いて相手にしなかった。その次の瞬間、高橋慎也のスポーツカーがまたやってきた。玲奈は彼がまだいるとは思っていなかった。〈高橋慎也みたいな〉狂人に絡まれるよりは、伊藤幸太と関わるほうがマシだ。


「それでは、お言葉に甘えて。伊藤さん、ありがとうございます」そう言い、慎也の怒りに燃える視線を浴びながら、後部ドアを開けて乗り込んだ。


車に乗って初めて、悠斗も車内にいることに気づいた。玲奈は一瞬戸惑い、小声であいさつした。「悠斗さま、お久しぶりです」


悠斗は微かに眉をひそめ、その呼び方に明らかに不満げだった。彼は睫毛をわずかに上げて玲奈を一瞥し、尋ねた。「ここで何をしている?」


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