小林玲奈が青松園を出たときには、すっかり夜が更け、外は小雪が舞っていた。出かけるのが急だったせいか、彼女は薄着で、その姿はひときわ寂しげに見えた。
頭も体もぼんやりし、顔色も冴えなかった。せめて夫婦の情というものがあるだろうに、小林恵子はもう少ししっかり面倒を見てくれるものと思っていた。ところが、父は粗末な病床に一人ぽつんと横たわり、部屋全体が腐敗した悪臭に包まれていた。責任者に話を聞いてみて初めて、恵子が一銭も使いたがっていないことを知った。冷酷なら冷酷でいい、なぜ金がないなどと言い訳するのか? この前帰省したとき、彼女が息子に買ってやった品々は、父の一年分の介護費用にも十分すぎるものだった。
玲奈は深く息を吐き出した。携帯を見ると、もう七時を回っている。青松園の隣は公園で、沿道にはお好み焼きの屋台がずらりと並んでいた。彼女は一つの屋台を選び、お好み焼きを一つ注文した。
席に座って料理を待っていると、人影が一つ近づいてきた。玲奈が顔を上げると、目と目が合ったが、彼女は淡々と視線をそらした。
鈴木悠斗は俯いて彼女を見下ろした。玲奈の肌は白く、寒さで小さな顔を赤くしていた。彼は彼女のカシミアコートと薄手のタートルネックに一瞥をくれ、自分のマフラーを外すと彼女の首に巻きつけた。
冷たいミントの香りが鼻をくすぐった。「あ、そのマフラー…」彼女は外そうと手を伸ばした。
悠斗がそれを止めた。「巻いてなよ、寒いだろ。」そう言うと、彼女の向かいに腰を下ろした。
玲奈は気取ったり遠慮したりしなかった。確かに寒かったのだ。「あなたの友達、どうなった?」彼女が尋ねた。
悠斗はだらりとした口調で答えた。「耐えきれずに、死んだよ。」
玲奈は驚いた。「え? 死んだ?」
店主がお好み焼きを彼女の前に運びながら、口を挟んだ。「また青松園で亡くなったんですか?」
玲奈は驚いて店主を見た。「店主さん、あそこ、よく人が亡くなるんですか?」
「みんな死を待っている連中ばかりさ。」店主は手を振った。「そんな話はよそう。お嬢さん、お好み焼きできたよ。」
玲奈は午後から何も食べておらず、お腹がペコペコだった。悠斗のことは気にせず、箸を取るとすぐに食べ始めた。悠斗は静かに彼女を見つめていた。
見つめられて居心地が悪くなった玲奈が顔を上げた。「鈴木さん、まだ行かないんですか?」
「お兄ちゃんって呼べ。」悠斗が淡々と言った。
玲奈はきまり悪そうだった。
悠斗はタバコを取り出し、一本を口にくわえるとライターで火をつけ、深く一服して煙の輪を吐いた。玲奈はタバコの煙が嫌いで、鼻を刺すように感じていた。だが、悠斗の煙にはかすかなイチゴの香りがした。甘ったるい。タバコにイチゴ味なんてあるの? 彼女の視線は、彼の唇に挟まれた細いタバコに落ちた。
「お兄ちゃんじゃなくてもいい、鈴木さんって呼ぶのはやめろよ。」悠斗はだらりとした口調で言った。
玲奈は視線を外すと、小さくうなずき、俯いてご飯を食べ続けた。
時が過ぎ、夜空からは雪が降り始めた。悠斗が口を開いた。「雪が強くなってきた、帰ろう。」
玲奈が顔を上げた。今年の冬は早く来たようだ。彼女は代金を払い、立ち上がって大通りに向かって歩き出した。悠斗はゆっくりと彼女の後をついていく。
玲奈が振り返った。「私、学校に帰るけど、ついてくるの?」
悠斗は片手をポケットに入れ、口元に笑みを浮かべて言った。「俺も帰るんだ。なんだ? 今はそんなにわがままで、道も歩かせてくれないのか?」
玲奈は言葉に詰まり、何も言わずに歩き続けた。
悠斗が彼女の横に並んで言った。「ほら、言い返せなくなったか。」
玲奈は呆れた。ここ数年で悠斗も大人しく落ち着いたかと思っていたのに、相変わらず口数が多い。彼女はため息をついた。「鈴木悠斗、帰ってよ、ついてこなくていいから。」
「金がないんだ。」
玲奈は立ち止まり、彼を一瞥した。「何?」
「金がないのにどうやって帰れってんだ?」悠斗は当然のことのように言った。
「車は? 車で帰ればいいじゃない。」
「伊藤幸太が持って行っちまった。玲奈、俺は今一文無しだ。お前、ほっとくわけにはいかないだろ?」
「携帯は? 持ってないなんて言わないでよ。」
「持ってるよ、充電切れで、支払えないんだ。」
「……」玲奈は疑わしそうだった。彼女はカバンから財布を取り出し、一万円札を一枚抜いて差し出した。「タクシー代に使って。」
悠斗は俯いてそれを見ると、受け取らなかった。
玲奈は少し腹が立った。「鈴木悠斗、一体何がしたいの?」
「俺の住んでるところ、お前の学校と同じ方向だ。一緒にタクシー乗ろう、少しは節約できるだろ。」
玲奈は信じられないという顔をした。「本当?」
悠斗は呆れたように笑った。「玲奈、俺は今のお前の中で、そんなに信用できないのか?」
……
幹線道路に出て、ようやく二人はタクシーを拾った。車中、玲奈は下を向いて携帯をいじり、隣の男を相手にしなかった。
「車の中で携帯いじるな、酔うぞ。」悠斗が突然言った。
玲奈は顔を上げて彼を一瞥した。「私は平気。」
「俺が酔うんだ。」
「……」玲奈は言い争うのも面倒くさく、携帯を切ると、軽く頭を窓にもたせかけ目を閉じた。
悠斗は静かに彼女を見つめ、その眼差しには隠しようもない満足感が浮かんでいた。さっき雪に濡れたせいか、彼女の髪は少し湿り気を帯び、生え際の柔らかな産毛がつるりとした額に張り付いていた。
突然、玲奈の携帯が震えた。彼女が目を開けると、不意に悠斗のまっすぐに見つめる視線とばったり合い、びっくりした。「何してるのよ?」
悠斗の顔に一瞬きまり悪そうな表情が走り、軽く咳払いをすると、背筋を伸ばして前方を見つめた。
玲奈は携帯を見た。大口幸作からの着信だった。高橋慎也周りの連絡先は全てブラックリストに入れていたが、大口幸作だけは別だった。高橋と付き合って三年、彼だけが本当に誠実に接してくれたと感じていた。彼女は出ず、着信音を消した。
悠斗は一瞥したが、何も言わなかった。
十分後、タクシーは関西学院大学の寮の前で停まった。玲奈はメーターを見て、二枚の一万円札を悠斗に渡した。「はい、家まで行ったら運転手さんに渡して。」
悠斗は今回は何も言わず、一枚受け取った。
玲奈は眉をひそめた。「一枚で足りる?」メーターはもう八千円を超えていた。
悠斗はうなずいた。「足りるよ。」
玲奈が車から降りようとしたとき、悠斗が彼女を呼び止めた。「玲奈。」
玲奈が振り返った。「何?」
悠斗は彼女を深く見つめると、手を振った。「明日から、正式に高橋財団で働き始めるんだ。」
そんなことをなぜ彼女に言うのか? 玲奈が首をかしげていると、悠斗の声が再び響いた。「早く戻れよ。寮に着いたら、無事に着いたって連絡くれ。」そう言うと、運転手に発進を促した。
車が学校を離れると、運転手が尋ねた。「どちらへ?」
悠斗は顔を上げ、少し離れたところに停まっている黒のメルセデスGクラスを見た。「あの前で停めてくれ。」
悠斗が車を降りたとき、まだ玲奈の住む寮が見えた。彼は道端に立ち、携帯の電源を入れ、QRコードを読み取って運賃を支払った。玲奈からもらった一万円札を財布にしまうと、メルセデスGクラスに歩み寄り、助手席に乗り込んだ。
伊藤幸太がガムを噛みながら、舌打ちした。「悠斗、全部見てたぜ。」
「何を見たんだ?」
幸太ははっきり言わず、嫌そうな顔をした。「計算高い男め。」そう言うと、悲しげに嘆いた。「可哀想な玲奈ちゃん、お前みたいな計算高い男に引っかかっちまったな。」
悠斗は不機嫌そうに言った。「運転しろ、黙ってろ。」
幸太はフンフン言った。「なあ悠斗、女の子を追いかけるのにそんなに遠慮してどうする? さっさと抱きしめてガンガンキスしちまえばいいじゃないか?」
悠斗は眉を上げて彼を一瞥した。「お前が俺に教えるのか?」
「ワイがお前に女の追いかけ方を教えてやるってんだ!」
「消えろ!」
幸太は肩をすくめた。「……ハイハイ、やめとくよ。まともな話をしよう。」
悠斗は眉を上げて嫌そうな顔をした。「お前がまともな話なんてできるのか?」
「……」口が悪い! 幸太は彼を蹴り落としたい衝動を抑えながら言った。「盛栄商会のあのオークション、お前の歓迎会になるって聞いたぞ?」
悠斗は淡々と答えた。「親父が顔を出すいい機会だってさ。でも、俺は必要ないと思うけどな。」
幸太は驚いた。「お前、あの日行かないのか?」
「行かないさ。行きたい奴が行けばいい。」
「お前が行かないなら、俺が玲奈ちゃんを誘うぜ。ちょうど女の子のパートナーが足りなくてな。」そう言うと、ニヤニヤと笑った。
悠斗が振り返り、陰険な目つきで彼を睨みつけた。「お前、それ本当にやる気か?」