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第18話 計算高い男


小林玲奈が青松園を出たときには、すっかり夜が更け、外は小雪が舞っていた。出かけるのが急だったせいか、彼女は薄着で、その姿はひときわ寂しげに見えた。

頭も体もぼんやりし、顔色も冴えなかった。せめて夫婦の情というものがあるだろうに、小林恵子はもう少ししっかり面倒を見てくれるものと思っていた。ところが、父は粗末な病床に一人ぽつんと横たわり、部屋全体が腐敗した悪臭に包まれていた。責任者に話を聞いてみて初めて、恵子が一銭も使いたがっていないことを知った。冷酷なら冷酷でいい、なぜ金がないなどと言い訳するのか? この前帰省したとき、彼女が息子に買ってやった品々は、父の一年分の介護費用にも十分すぎるものだった。

玲奈は深く息を吐き出した。携帯を見ると、もう七時を回っている。青松園の隣は公園で、沿道にはお好み焼きの屋台がずらりと並んでいた。彼女は一つの屋台を選び、お好み焼きを一つ注文した。

席に座って料理を待っていると、人影が一つ近づいてきた。玲奈が顔を上げると、目と目が合ったが、彼女は淡々と視線をそらした。

鈴木悠斗は俯いて彼女を見下ろした。玲奈の肌は白く、寒さで小さな顔を赤くしていた。彼は彼女のカシミアコートと薄手のタートルネックに一瞥をくれ、自分のマフラーを外すと彼女の首に巻きつけた。

冷たいミントの香りが鼻をくすぐった。「あ、そのマフラー…」彼女は外そうと手を伸ばした。

悠斗がそれを止めた。「巻いてなよ、寒いだろ。」そう言うと、彼女の向かいに腰を下ろした。

玲奈は気取ったり遠慮したりしなかった。確かに寒かったのだ。「あなたの友達、どうなった?」彼女が尋ねた。

悠斗はだらりとした口調で答えた。「耐えきれずに、死んだよ。」

玲奈は驚いた。「え? 死んだ?」

店主がお好み焼きを彼女の前に運びながら、口を挟んだ。「また青松園で亡くなったんですか?」

玲奈は驚いて店主を見た。「店主さん、あそこ、よく人が亡くなるんですか?」

「みんな死を待っている連中ばかりさ。」店主は手を振った。「そんな話はよそう。お嬢さん、お好み焼きできたよ。」

玲奈は午後から何も食べておらず、お腹がペコペコだった。悠斗のことは気にせず、箸を取るとすぐに食べ始めた。悠斗は静かに彼女を見つめていた。

見つめられて居心地が悪くなった玲奈が顔を上げた。「鈴木さん、まだ行かないんですか?」

「お兄ちゃんって呼べ。」悠斗が淡々と言った。

玲奈はきまり悪そうだった。

悠斗はタバコを取り出し、一本を口にくわえるとライターで火をつけ、深く一服して煙の輪を吐いた。玲奈はタバコの煙が嫌いで、鼻を刺すように感じていた。だが、悠斗の煙にはかすかなイチゴの香りがした。甘ったるい。タバコにイチゴ味なんてあるの? 彼女の視線は、彼の唇に挟まれた細いタバコに落ちた。

「お兄ちゃんじゃなくてもいい、鈴木さんって呼ぶのはやめろよ。」悠斗はだらりとした口調で言った。

玲奈は視線を外すと、小さくうなずき、俯いてご飯を食べ続けた。

時が過ぎ、夜空からは雪が降り始めた。悠斗が口を開いた。「雪が強くなってきた、帰ろう。」

玲奈が顔を上げた。今年の冬は早く来たようだ。彼女は代金を払い、立ち上がって大通りに向かって歩き出した。悠斗はゆっくりと彼女の後をついていく。

玲奈が振り返った。「私、学校に帰るけど、ついてくるの?」

悠斗は片手をポケットに入れ、口元に笑みを浮かべて言った。「俺も帰るんだ。なんだ? 今はそんなにわがままで、道も歩かせてくれないのか?」

玲奈は言葉に詰まり、何も言わずに歩き続けた。

悠斗が彼女の横に並んで言った。「ほら、言い返せなくなったか。」

玲奈は呆れた。ここ数年で悠斗も大人しく落ち着いたかと思っていたのに、相変わらず口数が多い。彼女はため息をついた。「鈴木悠斗、帰ってよ、ついてこなくていいから。」

「金がないんだ。」

玲奈は立ち止まり、彼を一瞥した。「何?」

「金がないのにどうやって帰れってんだ?」悠斗は当然のことのように言った。

「車は? 車で帰ればいいじゃない。」

「伊藤幸太が持って行っちまった。玲奈、俺は今一文無しだ。お前、ほっとくわけにはいかないだろ?」

「携帯は? 持ってないなんて言わないでよ。」

「持ってるよ、充電切れで、支払えないんだ。」

「……」玲奈は疑わしそうだった。彼女はカバンから財布を取り出し、一万円札を一枚抜いて差し出した。「タクシー代に使って。」

悠斗は俯いてそれを見ると、受け取らなかった。

玲奈は少し腹が立った。「鈴木悠斗、一体何がしたいの?」

「俺の住んでるところ、お前の学校と同じ方向だ。一緒にタクシー乗ろう、少しは節約できるだろ。」

玲奈は信じられないという顔をした。「本当?」

悠斗は呆れたように笑った。「玲奈、俺は今のお前の中で、そんなに信用できないのか?」

……

幹線道路に出て、ようやく二人はタクシーを拾った。車中、玲奈は下を向いて携帯をいじり、隣の男を相手にしなかった。

「車の中で携帯いじるな、酔うぞ。」悠斗が突然言った。

玲奈は顔を上げて彼を一瞥した。「私は平気。」

「俺が酔うんだ。」

「……」玲奈は言い争うのも面倒くさく、携帯を切ると、軽く頭を窓にもたせかけ目を閉じた。

悠斗は静かに彼女を見つめ、その眼差しには隠しようもない満足感が浮かんでいた。さっき雪に濡れたせいか、彼女の髪は少し湿り気を帯び、生え際の柔らかな産毛がつるりとした額に張り付いていた。

突然、玲奈の携帯が震えた。彼女が目を開けると、不意に悠斗のまっすぐに見つめる視線とばったり合い、びっくりした。「何してるのよ?」

悠斗の顔に一瞬きまり悪そうな表情が走り、軽く咳払いをすると、背筋を伸ばして前方を見つめた。

玲奈は携帯を見た。大口幸作からの着信だった。高橋慎也周りの連絡先は全てブラックリストに入れていたが、大口幸作だけは別だった。高橋と付き合って三年、彼だけが本当に誠実に接してくれたと感じていた。彼女は出ず、着信音を消した。

悠斗は一瞥したが、何も言わなかった。

十分後、タクシーは関西学院大学の寮の前で停まった。玲奈はメーターを見て、二枚の一万円札を悠斗に渡した。「はい、家まで行ったら運転手さんに渡して。」

悠斗は今回は何も言わず、一枚受け取った。

玲奈は眉をひそめた。「一枚で足りる?」メーターはもう八千円を超えていた。

悠斗はうなずいた。「足りるよ。」

玲奈が車から降りようとしたとき、悠斗が彼女を呼び止めた。「玲奈。」

玲奈が振り返った。「何?」

悠斗は彼女を深く見つめると、手を振った。「明日から、正式に高橋財団で働き始めるんだ。」

そんなことをなぜ彼女に言うのか? 玲奈が首をかしげていると、悠斗の声が再び響いた。「早く戻れよ。寮に着いたら、無事に着いたって連絡くれ。」そう言うと、運転手に発進を促した。

車が学校を離れると、運転手が尋ねた。「どちらへ?」

悠斗は顔を上げ、少し離れたところに停まっている黒のメルセデスGクラスを見た。「あの前で停めてくれ。」

悠斗が車を降りたとき、まだ玲奈の住む寮が見えた。彼は道端に立ち、携帯の電源を入れ、QRコードを読み取って運賃を支払った。玲奈からもらった一万円札を財布にしまうと、メルセデスGクラスに歩み寄り、助手席に乗り込んだ。

伊藤幸太がガムを噛みながら、舌打ちした。「悠斗、全部見てたぜ。」

「何を見たんだ?」

幸太ははっきり言わず、嫌そうな顔をした。「計算高い男め。」そう言うと、悲しげに嘆いた。「可哀想な玲奈ちゃん、お前みたいな計算高い男に引っかかっちまったな。」

悠斗は不機嫌そうに言った。「運転しろ、黙ってろ。」

幸太はフンフン言った。「なあ悠斗、女の子を追いかけるのにそんなに遠慮してどうする? さっさと抱きしめてガンガンキスしちまえばいいじゃないか?」

悠斗は眉を上げて彼を一瞥した。「お前が俺に教えるのか?」

「ワイがお前に女の追いかけ方を教えてやるってんだ!」

「消えろ!」

幸太は肩をすくめた。「……ハイハイ、やめとくよ。まともな話をしよう。」

悠斗は眉を上げて嫌そうな顔をした。「お前がまともな話なんてできるのか?」

「……」口が悪い! 幸太は彼を蹴り落としたい衝動を抑えながら言った。「盛栄商会のあのオークション、お前の歓迎会になるって聞いたぞ?」

悠斗は淡々と答えた。「親父が顔を出すいい機会だってさ。でも、俺は必要ないと思うけどな。」

幸太は驚いた。「お前、あの日行かないのか?」

「行かないさ。行きたい奴が行けばいい。」

「お前が行かないなら、俺が玲奈ちゃんを誘うぜ。ちょうど女の子のパートナーが足りなくてな。」そう言うと、ニヤニヤと笑った。

悠斗が振り返り、陰険な目つきで彼を睨みつけた。「お前、それ本当にやる気か?」


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