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第25話 鈴木悠斗の思惑


小林玲奈はバルコニーに出て電話に出た。

「何の用?」

「昨夜、俺の世話をしに来てくれたんだろ、玲奈。まだ俺のこと、気にかけてるんだな?」高橋慎也の声が聴こえる。

玲奈は眉をひそめた。行きたくなかったが、高橋夫人の言葉が彼女を縛っていた――高橋慎也と藤原美咲の関係が終わるまでは、身を引くわけにはいかないのだ。

「で?」玲奈の口調は冷たい。

「お前がいないと、どうも落ち着かなくてな」慎也は声を柔らかくした。

玲奈は冷笑した。「あなたの最愛の藤原さんが側にいるんじゃないの?彼女がいるなら、何を落ち着かないことなんてあるのよ」

電話の向こうは沈黙した。玲奈は電話を切る素振りを見せた。

「切るな!」慎也が慌てて口を開いた。「玲奈、信じてくれ。藤原はただの気まぐれだ。俺が忘れられないのはお前なんだ。戻ってこい」

「じゃあ、彼女を振るって言うの?」玲奈が問い返す。

慎也は数秒間、間を置いた。「処理する時間をくれ、いいか?」

玲奈は胸の奥が冷たくなった。やはり彼は藤原美咲を振ろうと考えている。相変わらずの薄情さだ。父親のためでなければ、一言も聞きたくなかった。

感情を抑えて口を開こうとしたその時、病室から鈴木悠斗の苦しそうな声がした。玲奈はすぐに電話を切り、駆け戻った。

「どうしたの?」

「点滴の針がずれて、痛い」悠斗が眉をひそめている。

玲奈は彼の手の甲が腫れているのを見て、素早く点滴の流れを止め、ナースコールを押した。「少し我慢して。小林先生がすぐ来るから」

悠斗はうなずいた。そして、何気なく尋ねた。「誰からの電話だ?」

玲奈は唇を結んで答えなかった。悠斗には誰かわかっている。彼女が一言言ってくれればそれでいいのに。沈黙が彼をいらだたせ、顔を背けたが、つい彼女を盗み見てしまう。

結局、我慢できなかった。「彼氏?言わなくてもわかるぜ」

玲奈は驚いた。「なんで知ってるの?」

「見りゃわかるだろ」悠斗は目を伏せた。玲奈は気まずそうにうつむいた。

また携帯が鳴った。高橋慎也だ。玲奈は即座に切った。

伊藤幸太がドアを開けて入ってきた。二人が黙り込んでいるのを見て、からかうように言った。「おっ、二人して無言勝負か?」大げさな身振りを交えて。

悠斗が顔を上げた。「偽物の酒で頭おかしくなったか?」

幸太はたちまち飛び上がった。「高橋ナイン!俺をからかわないと気が済まないのかよ?」

悠斗は涼しい顔で言った。「からかわれて喜ぶお前の趣味は知らん」

幸太は悔しそうに歯を食いしばり、悠斗を数秒睨みつけてから玲奈の方を向いた。「玲奈ちゃん、またこいつが意地悪するんだ!」

玲奈は呆れたように言った。「やめてよ」

幸太はふくれっ面で背を向けたが、考えるほど腹が立ってきた。「高橋ナインがここに寝てるのは自業自得だぜ!牛肉アレルギーなのに、ガツガツ食いやがって!」

玲奈はハッとした。彼、知ってたの? なぜ食べたの? 疑問に満ちた目で悠斗を見た。悠斗は視線をそらした。「伊藤、その口、使わないなら寄付しろ」

幸太は白い目をむいて、玲奈の腕を引っ張った。「玲奈ちゃん、ほっとこう!行こう、月華亭に連れてく!」

玲奈は動かなかった。「彼、見てなきゃいけないから」

「誰が面倒みるか! 自業自得だ!」幸太はさらに強く引っ張った。

「だめなの」玲奈は声を潜めた。「私が牛肉を食べるよう勧めたんだから」

幸太:「……」

ちっ! 恋愛脳が一番嫌いなのに、兄弟がまさにそれじゃねーか! 嫌そうに悠斗を睨みつけた。「鈴木悠斗、お前バカか?命知らずか?」

「出てけ!」

「行くよ! 恋愛脳と一緒にいられるかよ!」幸太はブツブツ文句を言いながら出口へ向かったが、回診に来た小林先生にぶつかった。

「ご家族、入院手続きをお願いします」小林先生がストレートに言った。

幸太は足を止めた。「そんなにひどいのか?」

「アレルギーは命に関わることもありますよ」

それを聞いて、玲奈はますます罪悪感に苛まれた。悠斗は眉をひそめて言った。「大げさな」そして幸太の方を向いて目配せした。「行け」

幸太は呆れ笑いした。「行けってなんだよ?」

悠斗は三文字吐き出した。「手続きだ」

幸太は奥歯をギリギリ鳴らした。頼み事してこんないい面してる奴、初めてだぜ!「高橋ナイン! 俺はお前の家来じゃねーぞ!」

悠斗は黙ったまま、幸太をじっと見つめた。幸太が折れそうになったその時、玲奈が立ち上がった。「私が行くわ。何が必要?」

幸太はその流れに乗った。「玲奈ちゃんが行くことないよ!俺が行くから、休んでな」そう言うと出て行こうとした。

すると、悠斗が弱々しい声で言った。「点滴のボトル、持ってくれ。トイレ」

幸太のイライラが爆発した。「お前、ほんとめんどくせえなァ!」文句を言いながらも点滴のボトルを取りに向かった。

悠斗はベッドから降りて、玲奈に言った。「書類は引き出しの中だ。すまないが、身分証を出して入院手続きを頼む」その口調は丁寧だったが、口元がほころんでいるのが見えた。

玲奈が部屋を出るやいなや、幸太が悠斗を詰った。「わざとだろ?」

悠斗はそっと彼を一瞥した。「何が?」

幸太は悪戯っぽく笑った。「ずる賢い!」

悠斗はベッドに戻り、「ご家族、入院手続きを」という言葉を反芻しながら、抑えきれない笑みを浮かべた。


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