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第33話 アッシュ・ウェスタンスの独白 後編

 ――気付いたときには、レベッカが死んだ。

 俺たちは、レベッカの死体の前に座り込むクロウに声がかけられず、ただ見ていた。

 どれくらい時間が経ったのか、クロウはいきなり母の首の付け根を刻むと、何かを抉り出し、今度は自分の首の付け根にナイフを突き立て裂くとそれを詰めた。

 俺が止める間もない出来事で、裂いた切り口は、あっという間に癒えて元通りになっていた。


 クロウはしばらくそのままの体勢だったが、ピクリと身動ぎしたと思ったら急に立ち上がって振り向いた。

「母の遺体は分解して誰の手にも渡さないようにする。見るのなら今のうちだ、アッシュ」

 その顔、その立ち姿は、まるでレベッカのようだった。

「――クロウ。お前……今、何をした?」

 自分の声をまるで他人の声のように感じながらクロウに問いかけた。

「母のブレイン【レベッカ】を移植した」

 俺は絶句した。

「――おい、そんな、まさか――」

「通常の人間は、今の方法では無理だ。だが、私なら可能だ」

 俺は、クロウを見つめた。クロウを見つめ続けた。

「時間切れだ」

 クロウは俺に向かって言うと、レベッカの死体に向き直る。

 つられて見ると。

 レベッカは、輪郭がぼやけたようになり――風が吹いたとき、消えた。

「――さよなら、母さん」

 小さくつぶやいたクロウの声が、初めて聞いたその感情のこもった揺れる声が、風に乗って届いた。


 部隊は壊滅とまではいかなかったが、半壊した。

 生き残った俺たちは、部隊を解散することにした。

 どっちみち伝説の傭兵【ナンバー99】ことレベッカが率いていた部隊だ。生き残ったとはいえ俺たちじゃ相手にされないし、レベッカがいなくなったことでバカな連中が俺たちに喧嘩を売りまくってくるのはわかりきっている。

 …………言い訳だな。俺たち全員、レベッカの死に打ちのめされたんだ。

 生き残りを率いてこの部隊を続けようって気概のあるやつが一人もいなかった。


 本来なら、クロウがレベッカの後釜に座りこの部隊を率いるのが最も納得できる形なんだろう。だが、それは俺が許さない。

 クロウはほぼ戦わないが、実際戦えないわけじゃない。

 生身がほとんどない身体でブレインが有機機械を制御している、その状態がどれだけクロウに負担をかけるのかがわからなくて、クロウが壊れるんじゃないかと心配で皆、戦わせないようにしているだけだ。

 レベッカのブレインを移植したとなると、恐らくクロウの情報能力とレベッカの経験値とが合わさって史上最強になりそうだが、クロウの身体がもたない気がする。絶対にやらせてはいけない。


 俺と同じ想いをメンバー全員が持っている。レベッカの娘だけは、生きていてほしいと。


 素性を隠して別の傭兵部隊に移るやつ、今まで渡り歩いてきたエリアの中で比較的安全なところで生計を立てることにしたやつ、とりあえず気を落ち着けてから将来を考えるやつ――いろいろいたが、皆、俺に、「クロウを頼む」と言って去っていった。


 皆が去った後、クロウのそばに残ったリバー、ジェシカ、キースに俺は告げた。

「これから、セントラルに乗り込む。そして、俺の生家であるウェスタンス家を乗っ取る。兄貴を粛清し、俺が当主になる。お前らは俺のバックアップだ。乗っ取った後、お前らには安全な暮らしを提供する。――祭りはもう終わりだ。これからは、クロウと安全に生きていくことだけを考える」

 三人は最終的に諦めた顔で、

「「「ラジャー」」」

 と、俺に向かって敬礼した。


          *


 乗っ取りは簡単だった。

 エリアの人間にセントラルは潜入が難しいが、俺はそもそもセントラルの出身だ。セントラルの人間ならば出入りはたやすい。

 そして、情報操作はクロウの十八番だ。簡単に偽造できる。

 入ってしまえばこちらのもの。

 クロウがもたらす情報を基に、俺はあちこち脅したりなだめすかしたりして立ち回り、兄貴どもを簡単に失脚させた。セントラルから追い出すことはしなかったが、セントラルでも寂れた場所で静養してもらうことにした。


 最初は殺す気でいたのだが、クロウに止められた。

「殺すのはいつでも出来る。だから、もう使い途がないと思ったときに殺す方がいい」

 ってね。

 正論だな、って思ってやめた。その使い途ってのを、あとで聞いて顎を外す勢いで呆れたけどな。

 ……俺が、平和に退屈したときの刺激として兄貴たちを暗躍させるって……。俺、そんなサイコパスじゃないよ?


 むしろ俺は、平和に平穏に生きたかった。いや、コイツら全員……特にクロウに穏やかな生活を送らせたかった。

 今までエリアにいて、いろいろな経験をしていろんなやつを見知ってきたが、クロウと同じような状態のやつはいなかった。

 欠損を有機機械化しているやつはたくさんいた。同じ部隊にもいたし、敵にもいた。だが、なぜか俺たちだけは特殊だった。新鮮で適合率の高いアンノウンを使って若くして有機機械化したからだとは推測されているが、本当のところは誰にもわからない。


 そもそも、エリアで子どもを有機機械化することなんてないからな。利がない、それ以上に金がないから。ましてや他人の子どもとなればなおさらだ。

 死にかけた自分の子どもを有機機械化して救い、その子どもの相手をさせるためにアンノウンに襲われ見捨てられた子どもたちをわざわざ大枚を叩いて有機機械化させた、なんてレベッカじゃないとやらない……いや出来ないだろう。

 俺が、リバーが、ジェシカが、キースが救われたのは奇跡だった。たまたまレベッカに逢えたから、そして救出が間に合ったから。だから俺は、レベッカが望んだ『クロウを最期まで守る』ってのを忠実に実行するつもりだ。

 ついでにレベッカが『クロウの友だち』として望んだ連中もめんどうをみる。


 なので、全員をまとめてセントラルの学園に放り込んだ。俺もコイツらの教官として見守ることにした。

 この学園の【防衛特科】。アンノウン狩りやセントラルの防衛に関しての就職先を斡旋する学科だ。

 エリアでもトップクラスの腕前を持つ俺たちだから、ここに放り込んでおけば余裕だろって思ってた。


 俺は教官としての仕事は極力手を抜いて、『コイツらのめんどうを見る』って一点に絞った。学園長にはセントラル屈指の名家の当主、って肩書きと金で優遇してもらった。ま、クロウのもたらしたもちょっと使ったけどな。

 退屈なんかしていない。というか、する暇が無い。だってコイツらがいつだってやらかすんだから。

『大人しくしてろ』って言葉の意味、わかってる?

 俺なんか、ひたすら冴えない教官を演じてるっつーのに……派手にいろいろやりやがって。

 できるだけ能力を使うな、って指示して、ようやく人並みにしているが、それでも生徒の中では突出してしまっている。

 クロウなんて、一番舐められそうな容姿をしているのにすんげー恐れられてるんだけど。どうしたらそうなるの?


 のことも、クロウが情報を拾ってきた。

『アッシュだけ暴れられないのもかわいそうだから、できるだけアッシュに譲ろう』とか言われたんだけど。

 ――君たち、暴れてたの?

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