目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
異世界の結婚儀式、研究対象に惚れられました
異世界の結婚儀式、研究対象に惚れられました
雨宮徹
異世界恋愛ロマファン
2025年07月10日
公開日
4,867字
連載中
異世界に転移した文化人類学者のサキは、現地の結婚儀式を“形式だけの再現”と誤解し、実演を依頼──結果、まさかの結婚成立!? 戸惑いながらも、年下族長アトルとの共同生活が始まる。異文化との衝突、そして芽生える想い。これは誤解から始まった恋と文化の記録。

第1話 観察者だった私が、あなたの隣に

 目を覚ますと、空が近かった。


 草の匂いが鼻をくすぐり、風が頬を撫でていく。頭の奥が、じんじんと重い。どこかで鳥のような鳴き声がしていたが、聞いたことのない響きだった。


(え……?)


 重たいまぶたをこじ開けると、見慣れない空の色。見慣れない木々。肌に感じる日差しの強さも、どこか異質だ。


(夢……? じゃないよね)


 ゆっくりと体を起こす。そして気づく。鞄がそばにある。中身は……記録ノート、観察具、行動食、簡易フィルター──


 フィールド調査用の装備だ。


「え、なにこれ……ほんとに、異世界転移……?」


 ぽつりと漏らした自分の声に、妙に現実感があった。どこかで聞いたような、けれど異質な言語が、風に混じって耳にすっと入り込んでくる。


(なにこれ……え、本当に? )


 胸がざわつく。でも、それでも。


 頭のどこか、訓練された“学者の部分”が冷静に手順を思い出していた。


 転移初期マニュアル──身の安全確保、水、食料の確保。次に知的生命体との接触、調査対象の探索。


(……やるしか、ないか)


 震える手で鞄を背負い直す。少し足がふらついたけど、なんとか踏み出した。


「……とりあえず、フィールドワーク開始」


 声が上ずっているのが、自分でもわかった。






 村にたどり着いたのは、転移から三日後だった。


 ハナアカの村──と呼ばれるこの場所で、私は保護されていた。


 石造りの簡素な建物、粗布の衣服、狩猟中心の生活。生活水準は中世程度。ただし、言語は……なぜか理解できた。異世界補正という便利な現象らしい。


 村人たちは親切だった。だが、明らかに私を「外から来た特別な者」として扱っていた。これはフィールドワークとしては好都合だが、警戒も必要だ。


「あなたが、学者という方か」


 村の中心にある集会所で、彼は現れた。


 長い黒髪を後ろで束ね、落ち着いた瞳を持つ少年──いや、青年。だが、彼の存在感には風格があった。


「私はアトル。この村の族長だ」


(若っ……!)


 見た目は十七、十八といったところだろうか。それでも村人たちは皆、彼に深い敬意を向けている。


「私はサキと申します。文化人類学者です。異なる文化の記録と理解が、私たちの世界ではとても大切でして」


 礼を述べると、アトルは真面目に頷いた。


「それならば、ちょうど良い。今宵、この村では“祝福の儀”が行われる」


「祝福の儀……ですか?」


「この果実を半分に割り、互いに与え合う。それが祝福の印だ」


 そう言って彼が差し出したのは、赤く熟れた果実だった。


「なるほど……祝福の儀式ですね」


「……うむ。神の加護を得る、大切な儀式だ」


 アトルの言葉に、私は頷いた。


「その儀式、ぜひ見学させていただけませんか?」


「見学、か」


 一瞬、彼は躊躇ったようだったが、すぐに静かに頷いた。


「再現という形になるが、それでも良いのならば」


「もちろん、記録用に。実演をお願いできますか?」


「……我でよければ」





 焚き火が、赤々と燃えていた。その周囲を囲むように、村人たちが座している。


 中央には、祭壇。私とアトルが立っていた。


(まさか、私が演者になるとは……でも貴重な資料だし!)


 彼は無言で果実を取り出し、銀の小刀で真っ二つに割った。


「我より、祝福を」


 差し出された半分を両手で受け取り、私も同じようにアトルに返す。


 その瞬間──空気がピリッと震えた。


「……!」


 光。柔らかな金の光が、私たちを包む。


「神の加護が……!」


「結ばれた……!」


 村人たちの歓声。太鼓の音。どこからか花びらまで舞い始めている。


「ちょ、ちょっと待って!? なんで拍手!? なんで花!?」


 腕を見ると、金色の紋章が浮かび上がっていた。アトルの手の甲にも、同じ模様が。


 彼は静かに言った。


「これより、汝は我が妻。神と民が見守る中、契りは成された」


「…………はあああああっ!?」





 その夜。簡素な寝所に案内された私は、混乱のまま彼に問い詰めていた。


「いやいやいや! これは祝福の“再現”儀式だったんじゃ……?」


「“再現”とは、伝統に則った形式で行うという意味だ」


「じゃあ、あれは……」


「正式な婚姻儀式だ。何か問題が?」


「問題だらけだよ!!」


 アトルは困ったように眉を下げた。


「我は、汝が望まぬならば、形式上の妻でも構わぬ。だが……我は、お前を守る」


「ちょ、ちょっと待って……」


 顔が熱くなっていくのを自覚する。


 私、ただ文化を記録しに来ただけなんですけど!?


(どうして、私……結婚してるの!?)

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?