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第5話 己を知る

天文館の雑踏を抜け、電停から少し離れたベンチで、私はスマホの画面を何度もスクロールしていた。

鹿児島市庁舎――ダンジョン化したというニュースはすでに全国区で報道されていて、現場周辺は封鎖。

だけど、ネットはテレビより速い。


「市庁舎、屋上に巨大な結界の光」とか

「市職員が中に取り残されてるってマジ?」「自衛隊また入れず」なんてタグが乱れ飛んでいる。


私はひとまず「鹿児島市 覚醒者」で検索をかけてみた。

「まさかとは思うけど……」って、思っていた。


が、検索結果の一番上に浮かんだ動画サムネで、心臓がひっくり返った。


──そこには、自分が映っていた。


カメラアプリを起動して、神様らしき少女に話しかけられている“私”。

だけど、なぜか顔にはモザイクがかかっていて、まるで都市伝説系YouTuberの一部始終みたいに編集されていた。

そのくせ、服装や場所、声質はまるっきり特定可能。


「ちょ、待って。なんで……これ、録ってたの誰よ……いや、まさか自分……?」


投稿日時はたった今。

再生回数はもう1万を超えている。


関連動画には「鹿児島の覚醒者現る!?」「土地神と会話する女」「忍者っぽい」「可愛い」……もう見たくなかった。


SNSを開けば、自分の写真を切り抜いたコラ画像や、勝手な考察スレッドが爆発している。

「最初の覚醒者ってこの人?」「ダンジョン攻略組キター!」「忍者っぽいからNIN女(ニンジョ)って呼ばれてて草」

「天文館で見た」「てかこの服……見覚えあるんだが」


私は、ぶるりと肩を震わせた。


「まって……私、これからどうなるの……?」


さっきまでの異常な事態は、どこか“他人事”のように感じていたのに。

今は違う。


ネットが、私を「選ばれし者」にした。

あの神様の言葉よりもずっと強く、強制的に。


息が詰まりそうになる。

足を止めたまま、何度もスマホを開いては閉じ、開いては閉じる。


「……これ、私、ほんとに、やばいんじゃないの……?」


まるで“炎上”の渦にいるみたいだった。

でも、そこには非難も賛辞も、笑いも畏怖も混ざっていて、どれが現実なのかもうわからない。


そんな中、イヤホン越しにしんじゅの声がふわりと囁く。


「陽葵。そなたが何者か、他者が定めるよりも前に、自ら知るのじゃよ」


その言葉に導かれるように、私は手の中のサブスマホを持ち直した。


「……自撮り、ね。ほんとに出るの?」


正直な話、半信半疑だった。

でも、この状況で信じない理由がもう、なかった。




私は前カメラを起動し、スマホを自分に向ける。

ぱしゃり、と何の変哲もない自撮りを一枚。


──その瞬間、画面が一瞬、暗転した。


まばたきする間もなく、画面全体に「文字」がびっしりと浮かび上がってくる。


「う、わ……」


画面がスクロールしきれないほど、情報が詰め込まれていた。

まるで、古文書を現代フォントで無理やり可視化したような……古くさい、でも“意味だけははっきり通じる”言葉たち。


ステータス解析結果


名:野元 陽葵(のもと ひまり)

称号:地に選ばれし者/吹上の忍び

系譜:風土の忍系譜御影流末裔

覚醒主:吹上しんじゅ(土地神)

階級:第一覚醒者(特級)

クラス:忍び - 隠密系/情報操作/浄化特化

スキル:

【観察解析Lv.1】──視た対象の情報を読み解く

【霧歩Lv.1】──音を消して移動、足跡を残さない

【影化Lv.1】──視界から自動的に溶ける“夜”の恩寵

【毒針投擲Lv.1】──小型の毒針を生む幻肢術

【結界感知Lv.1】──異界との境を見抜く

【記憶の墨消しLv.1】──敵の一時的記憶を削除

【影写しLv.1】──一時的に姿を「過去」に偽装

…その他スキル、総数:33(補助・被動含)


所持品:

黒曜刃

真珠煙玉霞珠

霊泉極湯極みの白水

神物紋章(吹上しんじゅとの縁を示す印)

地縁三具(完全装備時、地の化身の特性発動)


任務:鹿児島市庁舎ダンジョン核の浄化

時間制限:現実時間72時間内/核発生後


「……なにこれ、無理ゲーでしょ……。」


私は思わず、スマホを傾ける。だが文字は崩れず、スクロールは止まらない。

スキル名が、アイテム名が、称号が、まるで“戦記物”のような形式で並び続けていた。


「覚醒……とか、いや私、そのへんで声かけられただけなんだけど!?ただのスカウトじゃん。」


「忍び・隠密・浄化特化」とか、そんなの現代社会でどこに使うのよ。

なにより、これだけのスキルの中身を全部把握するのに、たぶん一晩じゃ足りない。


なのに、ミッションの欄にはしれっと「鹿児島市庁舎の核を浄化」って書かれている。


「核って何!?浄化って何!?私これから、どこまでやらされるの……?」


声が上ずった。周囲の雑踏の中で、私は静かにスマホを伏せた。


──世界の形は変わってしまった。

そして、その真っ只中に、私はいた。


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