天文館の雑踏を抜け、電停から少し離れたベンチで、私はスマホの画面を何度もスクロールしていた。
鹿児島市庁舎――ダンジョン化したというニュースはすでに全国区で報道されていて、現場周辺は封鎖。
だけど、ネットはテレビより速い。
「市庁舎、屋上に巨大な結界の光」とか
「市職員が中に取り残されてるってマジ?」「自衛隊また入れず」なんてタグが乱れ飛んでいる。
私はひとまず「鹿児島市 覚醒者」で検索をかけてみた。
「まさかとは思うけど……」って、思っていた。
が、検索結果の一番上に浮かんだ動画サムネで、心臓がひっくり返った。
──そこには、自分が映っていた。
カメラアプリを起動して、神様らしき少女に話しかけられている“私”。
だけど、なぜか顔にはモザイクがかかっていて、まるで都市伝説系YouTuberの一部始終みたいに編集されていた。
そのくせ、服装や場所、声質はまるっきり特定可能。
「ちょ、待って。なんで……これ、録ってたの誰よ……いや、まさか自分……?」
投稿日時はたった今。
再生回数はもう1万を超えている。
関連動画には「鹿児島の覚醒者現る!?」「土地神と会話する女」「忍者っぽい」「可愛い」……もう見たくなかった。
SNSを開けば、自分の写真を切り抜いたコラ画像や、勝手な考察スレッドが爆発している。
「最初の覚醒者ってこの人?」「ダンジョン攻略組キター!」「忍者っぽいからNIN女(ニンジョ)って呼ばれてて草」
「天文館で見た」「てかこの服……見覚えあるんだが」
私は、ぶるりと肩を震わせた。
「まって……私、これからどうなるの……?」
さっきまでの異常な事態は、どこか“他人事”のように感じていたのに。
今は違う。
ネットが、私を「選ばれし者」にした。
あの神様の言葉よりもずっと強く、強制的に。
息が詰まりそうになる。
足を止めたまま、何度もスマホを開いては閉じ、開いては閉じる。
「……これ、私、ほんとに、やばいんじゃないの……?」
まるで“炎上”の渦にいるみたいだった。
でも、そこには非難も賛辞も、笑いも畏怖も混ざっていて、どれが現実なのかもうわからない。
そんな中、イヤホン越しにしんじゅの声がふわりと囁く。
「陽葵。そなたが何者か、他者が定めるよりも前に、自ら知るのじゃよ」
その言葉に導かれるように、私は手の中のサブスマホを持ち直した。
「……自撮り、ね。ほんとに出るの?」
正直な話、半信半疑だった。
でも、この状況で信じない理由がもう、なかった。
私は前カメラを起動し、スマホを自分に向ける。
ぱしゃり、と何の変哲もない自撮りを一枚。
──その瞬間、画面が一瞬、暗転した。
まばたきする間もなく、画面全体に「文字」がびっしりと浮かび上がってくる。
「う、わ……」
画面がスクロールしきれないほど、情報が詰め込まれていた。
まるで、古文書を現代フォントで無理やり可視化したような……古くさい、でも“意味だけははっきり通じる”言葉たち。
ステータス解析結果
名:野元 陽葵(のもと ひまり)
称号:地に選ばれし者/吹上の忍び
系譜:風土の
覚醒主:吹上しんじゅ(土地神)
階級:第一覚醒者(特級)
クラス:忍び - 隠密系/情報操作/浄化特化
スキル:
【観察解析Lv.1】──視た対象の情報を読み解く
【霧歩Lv.1】──音を消して移動、足跡を残さない
【影化Lv.1】──視界から自動的に溶ける“夜”の恩寵
【毒針投擲Lv.1】──小型の毒針を生む幻肢術
【結界感知Lv.1】──異界との境を見抜く
【記憶の墨消しLv.1】──敵の一時的記憶を削除
【影写しLv.1】──一時的に姿を「過去」に偽装
…その他スキル、総数:33(補助・被動含)
所持品:
神物紋章(吹上しんじゅとの縁を示す印)
地縁三具(完全装備時、地の化身の特性発動)
任務:鹿児島市庁舎ダンジョン核の浄化
時間制限:現実時間72時間内/核発生後
「……なにこれ、無理ゲーでしょ……。」
私は思わず、スマホを傾ける。だが文字は崩れず、スクロールは止まらない。
スキル名が、アイテム名が、称号が、まるで“戦記物”のような形式で並び続けていた。
「覚醒……とか、いや私、そのへんで声かけられただけなんだけど!?ただのスカウトじゃん。」
「忍び・隠密・浄化特化」とか、そんなの現代社会でどこに使うのよ。
なにより、これだけのスキルの中身を全部把握するのに、たぶん一晩じゃ足りない。
なのに、ミッションの欄にはしれっと「鹿児島市庁舎の核を浄化」って書かれている。
「核って何!?浄化って何!?私これから、どこまでやらされるの……?」
声が上ずった。周囲の雑踏の中で、私は静かにスマホを伏せた。
──世界の形は変わってしまった。
そして、その真っ只中に、私はいた。