「ガルガル、種は噛まないでな? うえるから。ママも!」
「わふ~」
うまい実は、アボカドのような構造をしている。中心に一つの大きな種があるのだ。
「それはかまわぬが……うまい実を育てるのは難しいのだぞ?」
「そなの?」
「うむ。そもそも……いや、実際に見た方が早かろう。食べ終わったら出かけるぞ」
そうして、うまい実を食べ終わった後、僕とガルガルはママと一緒に巣の外に出た。
「ガルガルは犬なのにな?」
「なにがだ?」
「犬って、食後にうごいたらよくないんじゃないの?」
確か食後に動くと胃捻転になりやすいと聞いたことがある。
「ガルガルは聖獣ゆえ、大丈夫なのだ」
「わふわふ」
「そっかー」
聖獣って凄いと思う。
「で、ママ、どこいくの?」
「うまい実の木のところだ。ノエルもガルガルも気配を消すがよい」
ママは小さな声で言う。
「……わかった」「……ぁぅ」
僕とガルガルは小声で返事をして、気配を消した。
気配を消すときは小声で話すことが大切だ。
気配を消すのは狩りでは必須のスキルなので、毎日ママに鍛えられている。
気配を消すコツは、音を立てないようにして魔力を体から外に漏れないようにすることだ。
「うむ。ノエルもガルガルも、気配を消すのが、うまくなったな」
「……へへへ」「……わふふ」
「ガルガル。尻尾を勢いよく振るでない。魔力が漏れておらずとも、尻尾が目立つゆえな?」
「……ぁ~ぅ」
ガルガルの尻尾の揺れが大人しくなる。それでも小さく揺れていた。
ママに褒められたことが、よっぽど嬉しかったのだろう。
しばらく歩いて、うまい実の木が遠くに見えるところまで来た。
「ノエル、ガルガル。藪の中に隠れるのだ。そうしてうまい実の木を観察するがよい」
「うん」「ぁぅ」
だが、うまい実の木は、いつも通り風にそよいでいるだけだ。
「……なんもないが?」「ぁぅ?」
「……気が早すぎる。狩りは根気の勝負。気配を消して狩りをする訓練だとでも思うが良い」
「……わかった」「ゎぅ」
「気合いを入れずに集中力だけを長時間維持するのは簡単ではないぞ?」
「うむ」「ぁぅ」
「我がいいと言うまで、息を殺し気配を消して、観察を続けるのだ。けして動くでないぞ?」
そういうと、ママは音も気配もなくどこかへ消えた。
僕とガルガルはママを見ていたのに、どこに行ったのかもうわからない。
「すごいな?」
「ぁぅ」
僕も早くママぐらい気配を消せるようになりたいものだ。
ママはきっとどこかで僕たち兄弟のことを見張っているのだろう。
「……ガルガル、ねるな?」
「ぁぅ」
僕とガルガルは藪の中でうまい実の木を観察し続ける。
「ガルガル。きあいをいれるな?」
「……ぁぅ」
気合いを入れると、気配が大きくなりがちだ。
気合いを入れずに自然体で、集中力だけを維持するのは結構大変だ。
「…………ぁ~ぅ」
「ガルガル。あくびすんな、のえるもねむくなる」
そういったのに、ガルガルはうつらうつらし始めた。
「…………」
「ガルガル?」
返事がない。ただの子犬のようだ
ガルガルは寝ても気配を消している。我が弟ながら、たいしたものだ。
「……ガルガルはもうだめだ。しかたない」
兄として、弟の分もしっかり観察しなければ。
僕が睡魔と戦いながら観察していると、
「GYA! GYA!」
魔獣の猿が走ってきて、うまい実の木にとりついて、登り始めた。
「ま、まずい」
「……ぁぅ?」
「おきたか。ガルガル。あれみろ。猿にうまい実をとられる」
「ぁぅ!」
「だめ。ママは観察しろっていったからな?」
ガルガルは魔猿を追い払おうと言うが、それはママの言いつけを破ることになる。
「のえるも……くやしい……」
「ぁ……ぅ……」
このままでは、魔猿がうまい実を全て食べてしまうだろう。
「GYA! GYA!」
木に登った魔猿が嬉しそうにはしゃぎながら、実に手を伸ばそうとしたそのとき、
「GYA!」
急にうまい実の木の枝が動いて、魔猿を捕まえた。
「え?」
「わ、わう?」
僕とガルガルは驚いて目を見開いた。枝の動きはあまりにも速かった。
「のえるより……はやいが?」
「ぁぅ~」
ガルガルは「ガルガルの方がはやい」と言っているが怪しいものだ。
「捕まえてどうするんだろ……ん?」
枝は魔猿を捕まえた後も、ぐるぐると巻き付いていく。
「GUGYA!」
次の瞬間、枝がぎゅっと絞られ、魔猿の断末魔があがる。
「……吸ってる?」
どうやら、死んだ魔猿の体液とか血液とかを、うまい実の木は吸っているらしい。
しばらくして、骨と皮だけになった魔猿を、うまい実の木はぽいっと捨てた。
「……うまいみの木、すごかったな?」
「ぁぅ」
「これが……ママがみせたかったことか?」
異世界の木は動いて戦うらしい。しかもかなり強い。
「……のえるとどっちつよいかな?」
「ぁぅ~」
ガルガルは「ガルガルの方がつよい」と言っているが微妙なところだ。
「お、ガルガルみろ。またきた」
今度は魔猿だけでなく、魔鳥もいる。
頭胴長一メートルの魔猿と、翼長二メートルの鳥型の魔物、魔鳥である。
「数がおおいし、さっきのよりでかくてつよいな。まずい?」
「ぁぅ」
「まあ、まて。ママは観察しろっていったからな?」
うまい実の木を助けようと言うガルガルを僕は止めた。
「GYAAA!」「GIIAAA!」
先ほどより大きな魔猿二匹と魔鳥一羽、計三体が連携して、襲いかかる。
「ぅゎぁぁ」
「ゎぁぁぅ」
僕とガウガウが、小さく悲鳴をあげながら、やられそうなうまい実の木を見守っていると、
「うわぁぁ……ん?」
「ぁぁぁぁ……ぅ?」
うまい実の木は魔物三体を圧倒し始めた。
「……なんか……思ったよりつよいな?」
「ぁぅ」
うまい実の木は、特に苦戦することもなく、三体の魔物をあっさり倒したのだった。