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第2話

刑事さんが説明を始めた。


「ご覧の通り、状況は…」


「すみません、これは御堂司の故意による傷害になりますか?」と御堂汐音が遮った。


刑事さんは一瞬言葉を詰めた。


「厳密には喧嘩両成敗ですね。相手も手を出しています」


「では、暴行罪には当たりますか?」汐音が食い下がる。


「…暴行罪は故意による傷害の意図が強調されます。これは誤解であり、双方とも酒に酔っての衝動的行為。通常、この罪では処理されません」


汐音はなおも諦めない。


「結婚しているのに不倫、人前で異性と抱き合う。公序良俗に反しませんか? 勾留されることは? 五日? それとも十日?」


・・・・・・


その時になって初めて、刑事さんも周囲の人々も気づいた。


汐音は身柄を引き取りに来たのではなかった。


彼女はあれこれ罪状をこじつけて、警察に御堂司を留置所に入れさせようとしていたのだ。


周りの者たちは顔をしかめた。


まったく、お似合いの夫婦だ。


その時、御堂は姿勢を変え、椅子の背もたれに寄りかかって体を伸ばした。


その細身がますます際立つ。


ゆっくりと目を上げると、しわがれた、冷ややかな声で言葉を吐いた。


「御、堂、汐、音」


脅しではない。


だが、一つ一つの言葉が刃のように冷たく。


結局、御堂財閥の株価と御堂家の両親が長年世話になっていることを考慮し、汐音はしぶしながら御堂司の代理人として相手と和解し、示談金として300万円を支払って彼を連れ出した。


二人はずっと黙ったまま帰った。


御堂家の本邸に戻ると、汐音が車を停めるのが一歩遅れた隙に、御堂は着替えを手に浴室へ入ってしまった。


汐音は仕方なく客用寝室の洗面所で身支度を整え、パジャマに着替えた。


ベッドに横になると、疲労が一気に押し寄せた。


珍しく夜間救急の当番もない、ぐっすり眠れるはずの夜が、この騒動で二時間も潰れてしまった。


もう少し仮眠して、すぐに出勤しなければならない。


汐音は眠りを急いだ。


ようやくうとうとし始めたその時、スカートの裾が勢いよくめくれ上がり、男の手が腿の間へ一直線に伸びてきた!


彼女は瞬間的に両脚を閉じ、目を見開いた――


御堂司がバスローブ姿でベッドの端に座っていた。


前は大きく開き、冷たい白さの胸元が灯りの下でつややかに、くっきりとした筋肉の線を浮かび上がらせている。


彼女が目を覚ましたのを見て、御堂の手つきはますます無遠慮になり、しかしその眼差しには何の感情もない。


汐音は屈辱以外の何物でもないと解釈した。


「御堂司! やめて!」


彼女は必死で御堂の胸を押しのけた。


御堂の、犬を見る時でも愛情深く見えるという桃の花のような目に、軽蔑の色がよぎった。


「浴室で見たぞ。俺がここ数ヶ月帰ってこなかった間、欲しくてたまらなかったんだろ? 自分のことで満足か? 俺の方が気持ちいいだろう?」


汐音は一瞬、理解できなかったが、慌てて家を出たために洗い忘れ、片付けなかった肌着のことを指していると気づいた。


一瞬、恥ずかしさが顔をよぎったが、押しのける手の力は弱まらなかった。


御堂は強引に押すような真似はしない。


彼女が拒むと、興を失ったように手を離し、ウェットティッシュを一枚取り出して、ゆっくりと丁寧に指を拭いた。


汐音は奥歯を噛みしめ、御堂の口元に、つまらなそうな曲線が浮かんだ。


汐音はこれ以上見たくなくて、慌てて背を向けた瞬間、彼の薬指にはめられた、シンプルで洗練されたプラチナの結婚指輪が目に入った。


もう捨ててしまったかと思っていた。


彼女の手には、何もなかった。


ウェットティッシュを捨て、バスローブをきちんと締め直すと、御堂はベッドに横たわった。


距離が急に近づき、彼の体から漂う、ヒノキの清冽な香りが鼻をくすぐった。


すぐに、彼の呼吸は落ち着いていった。


汐音の眠気はすっかり消えていた。


一年ぶりに、法律上の夫が隣に戻ってきたのに、彼女が感じたのは、帰ってこなければよかったという思いだけだった。


彼女は起き上がり、部屋を出て客用寝室へ向かった。


心の中には一つの思いしかなかった。


この二年続いた結婚生活は、本当に、まったくつまらない。



翌朝、汐音が階下へ降りていくと、御堂司はすでにきちんとした身なりで食卓のそばに座っていた。


昨夜の無様な姿は跡形もない。


アイロンがきちんとかかった黒のスーツ、ネクタイ、カフスボタン、金縁の眼鏡と、全てが揃っている。


東京・御堂家の、金の匙をくわえて生まれた御曹司がそこにいた。


汐音が近づいても、御堂は顔も上げず、当然のことながら、なぜ客用寝室にいたのかを尋ねることもない。


彼はお茶漬けを食べながらスマートフォンを見つめ、ワイシャツのカフスには腕時計の文字盤が押さえつけられていた。


紫がかった青の光沢は、彼自身のように、控えめでありながらも豪奢で、洗練されていて、かつ掴みどころがない。


「奥様」


家政婦の藤原さんが朝食を運んできた。


「昨夜の示談金です。300万円」


汐音は彼女に軽く会釈すると、すぐさまスマートフォンを取り出し、そのQRコードを御堂の前に置いた。


「金に困っているのか?」


御堂が顔を上げた。


眼鏡の奥の視線は冷たい。


「銀行取引明細はいつでも確認してください。この二年間、あなたの金には一銭も手をつけていません」と汐音は顔色ひとつ変えなかった。


御堂家が一流の財閥なら、彼女の実家・御堂家も負けてはいない。


御堂は余計なことを言うのが面倒らしく、スマートフォンを取り上げて振り込んだ。


一円も多くはない。


二人はほとんど同時に食べ終えた。


秘書が御堂を迎えに来たので、彼は席を立った。


汐音がスプーンを置き、突然口を開いた。


「御堂司、戻ってきたことだし、離婚の話をしましょう」


御堂の足が止まり、彼女を振り返った。


何か面白いことを聞いたような表情だ。


「何を言う?」


汐音の口調は淡々としていた。


「楓町に常駐しているあの方の話はさておき、昨夜の監視カメラの映像も見ました。あなたのそばにはまた新しい人ができたようですね。私は邪魔にはなりませんから。離婚しましょう」


家政婦の藤原さんと秘書がそっとその場を離れた。


御堂の視線が、汐音の体を上から下まで軽く掠めると、再び椅子に座り、足を組んだ。


「よろしい。では、協議しましょう」


汐音は首を振った。


「協議することなど何もありません。結婚以来、私たちは同じベッドで寝る以外、他の面ではほとんど接点がありませんでした。離婚後、あなたの財産はあなたのまま、私の財産は私のままです。私たちは離婚届にサインして、私が出ていけばそれで終わりです」


彼の財産を分けようなどとは夢にも思わない。


御堂司は、業界で認められた御曹司。


人前では温厚だが、陰では冷酷で、決まりきったことには従わない。


財閥に入ったばかりの頃、彼は連続赤字の芸能事務所を任された。


御堂は大胆な改革を断行し、古参の功労者であろうと容赦なくクビにした。


誰も見込みはないと思った。


しかし彼はドラマ、映画、バラエティ番組と三本の矢を放つように手を打ち、国民的なアイドルをブレイクさせ、会社を黒字化させ、業界のトップまで押し上げたのだ。


腹の底が見えない男だ。彼女は速やかな離婚だけを願っている。


「そんなことでは困る。長く寝てきたんだから、何かしら弁償してもらわないと」と御堂は優しい口調で言った。


汐音は御堂が何かを弁償すると言っているのかと思い、内心少し驚いた。


「結構です。異論がなければ、今日中に…」


「俺は、お前が弁償しろと言っているんだ」


「?」


御堂の口元に、だらりとした、冷たいような笑みが浮かんだ。


「僕の可愛い妻よ。まだ一年も経ってないのに、忘れたのか? 俺に対する、子供という借りを」

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