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第7話

御堂司は頬の内側を舌で押した。


早坂澪はそっと息を吸った。


澪は汐音の度胸に驚くと同時に、切ない気持ちにもなった。


冗談のふりをした本心が、そこには確かにあったのだ。


御堂は御堂汐音をじっと見つめ、その瞳は計り知れない深さを湛えていた。


「飲むよ。」

しばらくして、煙草を消し、酒を手に取った。


「赤、白、黄色、混ぜて飲んでね」と汐音が言った。


混ぜると酔いやすく体にも悪い。


医者である彼女が知らないはずがない。


「御堂汐音、お前、なかなかやるな」御堂はゆっくりと言った。

「イエス」と答えれば飲まずに済む。

「やってやれないわけじゃない。お前の質問は俺の人格を侮辱してるんだ」そう言い終えると、本当に赤ワイン、白ワイン、ウイスキーをそれぞれ一杯ずつ飲み干した。


周囲は息を呑んだ。


汐音は一瞬、理解できなかった。


…彼は浮気はしていない、だから「イエス」とは答えられないのだ、と示したのだと気づいた。


汐音は「ふーん」と鼻を鳴らした。


そんな彼の言葉を信じるくらいなら、彼女が自分は秦の始皇帝だと言うのを信じる方がましだ。


浮気の口実を残すのを恐れているだけだろう。


離婚の際に彼女に財産を多く分け与えさせないために。


三杯を一気に流し込んだ御堂の顔色が、一瞬、青ざめたように見えた。


…あるいは、光と陰の錯覚かもしれない。


「そろそろ遅いし、今日はここまでにしない?また次、集まろう?」藤原凛は、この夫婦の間の異様な空気を察し、丸く収めようと言った。


一同はようやく解放されたとばかりに「そうだそうだ」「いいね」と言いながら立ち上がった。


「俺がまだ訊いてないのに、それで俺だけが損するのか?」

しかし御堂は動かず、眉を上げて言った。


「わかったよ、お前が訊け。余計な世話を焼いた俺がバカだったよ。」藤原は呆れたように笑った。


これまでの緊迫したやり取りを見ていた一同は、彼が仕返しに鋭い質問を浴びせるものと思っていた。


小野奈々は汐音が困る姿を見たくて仕方なかった。


御堂の桃色の瞳が、汐音の体を意味深に何度か舐めるように動いた。


汐音の背筋がわずかにこわばる。


「俺の可愛い妻、昨夜、俺の夢を見たか?」すると御堂は突然笑い、その語尾にはだるげな色気がにじんだ。


「???」


一同は呆気に取られた!なんだ、それ?!


小野奈々はよろめきそうになりながら「それって何よ?!」と叫んだ。


「俺が何を聞こうが勝手だろ、お前に指図される覚えはねえぞ」御堂は新たな愛人にも容赦なかった。


小野は悔しそうに唇を噛んだ。


御堂は相手にせず、「俺の可愛い妻」と汐音に呼びかける。


汐音の脳裏に、彼が帰国した夜の光景がよぎった。


「…ええ」


唇をきっと結び、彼女は答えた。


「夢の中では、島にいたか?」


御堂は笑いながら尋ねた。


一同は顔を見合わせた!これじゃあ手加減どころか、完全に水を差してるじゃないか!


ちらつく照明の中、冷静に見せていた汐音の耳たぶが火照っていることには、誰も気づかなかった。


彼女はあの三泊四日の島のことを思い出した…彼が手加減したわけではない。


二人にしかわからない暗号で、彼女をからかっているのだ。

汐音はもう一口酒を飲み、彼の嘲笑いを含んだ視線をまっすぐ受け止め、「…うん」と喉の奥で軽く応えた。


「今、すごく俺に家に帰ってほしいんだろ?夢の中みたいに?」


「……」


汐音は答えられなかった。


「…飲むわ」

酒に手を伸ばすと、御堂がグラスを掌で覆った。


「答えて頂戴、飲むのはダメだよ。」


「何でよ?」汐音が眉をひそめる。


「主催したのは俺だからだよ。客は主人の言うことを聞くものだ、御堂先生、俺のルールを守りなさい」御堂はだるそうに言った。


「……」


「…ええ、そうよ」

汐音は腹立たしさを抑えて言った。


その次の瞬間、御堂は立ち上がった。その何気ない動作には、はっきりとした欲情が漂っていた。


「よし、一緒に帰ろう。」


一同の驚きと困惑の視線を浴びながら、彼は本当に汐音について月見亭を出て、車に乗り込んだ。


御堂汐音は彼を連れて帰るつもりなど毛頭なかったのに、御堂涼子の望みを、巡り巡って叶えてしまった。


帰りの車中は無言だった。


汐音は窓の外を見つめた。


東京の夜景は流れるような光彩を放っている。


見ているうちに、窓ガラスに男の輪郭がぼんやりと映った。


彼は目を閉じていた。


眠っているのか、それとも酔っているのか。


靄がかった中でも、その端正な顔立ちは変わらなかった。


早坂澪の言う通り、この男は愛おしくもあり憎くもある。


まさにその通りだ。


車が御堂邸に着いた。


汐音が車を降りて数歩歩くと、男がついて来ないことに気づいた。


「奥様、御曹司様、酔っておられるようで…」振り返ると、運転手が降りてきた。

汐音が車のそばに戻る。


御堂の首筋が不自然に赤く染まり、吐息に酒の匂いが混じっている。


の酒量を知らないが、三杯で倒れるはずはないだろう?


…汐音が個室に入る前に、彼はすでにかなり飲んでいたのかもしれない。


「中に運びなさい」汐音は言った。


運転手が支えようと手を伸ばしたが、触れた瞬間、「触るな」と御堂は眉をひそめて不快そうに振り払った。


運転手は手を引っ込め、「汐音…」と助けを求めた。


汐音は仕方なく、自分で行くしかなかった。


もし彼に振り払われたら、この高級車の中で一晩過ごしてもらおう、と思いながら。


彼の腕を引っ張り上げた。


意外にも、御堂はただ首を傾げて、彼女の体の匂いをかぐように何かを確認すると、彼女の力に合わせて車から降りた。


身長一八〇センチを超える大男を二階まで支えるのは大変な労力だった。


よろめきながら部屋に入り、ベッドに放り投げようとしたその時、御堂が首に腕を絡めるようにした。


汐音はバランスを崩し、彼の体の上に押し倒されてしまった。


司はうめき声を上げ、重たげに瞼を持ち上げ、かすんだ酔眼で汐音を見た。


体が密着する…この親密さは一年以上も途絶えていた。


男の体温と酒の匂いが汐音を包み込む。


汐音は自分も酔いそうになっている気がした…


司の温かい掌が彼女の頬を撫でた。


優しさが、思わず涙がにじむほどだった。


ふと汐音は思った。


…そうだ、今夜こそ本当に子を成そう。


そして…司との「清算」を。


そうすれば、すべてを完全に終わらせられるかもしれない。

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