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第28話

汐音は司と口論するのも面倒くさく、子犬を抱えたまま車を降りた。


もともと翌日に犬の検診を予定していたのだ。


検査後、お医者さんは胃の中のプラスチック片以外は異常なしと告げ、飢えで誤飲したのだろうと説明した。


排泄促進剤を処方され、隣のペットショップでシャンプーも済ませた。


乾かすと、もともとぼろぼろだった小さな塊が、真っ白でふわふわの毛玉に変貌していた。


「サモエッドだったのか!道理でこんなに可愛いわけだ」と汐音は歓声を上げた。


子犬は「ワンワン」と返し、ピンクの鼻先でそっと彼女の手のひらをこすった。


「確かにサモエッドの子犬ですね。生後二、三ヶ月くらいでしょうか。迷子かもしれないです。路地で見つけたんですか?」と店員が笑みを浮かべた。


「この子は自らわたしのそばにやって来たのよ」汐音が犬の耳を軽くつまんだ。

御堂邸の廃墟で、この小さな生き物はよろめきながら汐音の膝の上に登ってきたのだ。


見つめ合った瞬間、初めて全身全霊で選ばれたと感じた。

綺麗になった子犬を抱えて店を出ると、司が車にもたれかかりスマホを見ていた。


影が差すのに気づき、彼は顔を上げて汐音の胸にいる真っ白な毛玉を一瞥し、ようやく眉をひそめなかった。


助手席のドアをさっと開け、運転席に戻るとエンジンをかけた。


御堂邸に戻ると、汐音はソファに埋もれてスマホでドッグフードや給水器、ベッド、首輪を注文した。


これらは必需品で、その他の品物は後日揃えればよい。


司はちらりと見るだけですぐに浴室へ向かった。


髪を拭きながら戻ってくると、リビングにはあの白い塊だけが元の場所に蹲っており、汐音の姿はなかった。


客室の浴室の明かりがついているのに気づくと、彼は嗤笑しながら階段を降りた。


子犬は彼を見上げて「クンクン」と鳴いた。


司は無視した。


司は元々このようなふにゃふにゃした生き物が嫌いだった。


犬を飼うならドーベルマンのようなかっこいい犬種しか考えられない。


水を注いでいると、突然足首に冷たい湿った感触が触れた。


見下ろすと、小さな生き物がいつしか足元に滑り込み、嬉しそうに司の周りをぐるぐる回っている。


司の足首にも届かないほど小さく哀れだが、異常に懐いており、ふわふわした頭で彼の足にひっきりなしに押し寄せてくる。


「この手で汐音を騙して家に連れて帰ったのか?」彼は眉を上げた。


「クーン──」司が嗤笑し、つま先でそっと押しのけた。

小さな体はバランスを崩し、あっけなくひっくり返った。


汐音が浴室から出てきたちょうどその場面を目撃し、唇を結んで駆け寄ると犬を抱き上げ、司を睨みつけた。


その眼差しはまるで実の子を虐待されたと責めるようだった。


「澪さんが明里に会ったそうだが、彼女は何か言ったか?」

司は気にしない。


汐音の耳には、これは明らかに明里が先に告げ口をし、彼が愛人の言い分を通しに来たように響いた。


「大勢の前で、主治医である私が手を出すわけないでしょう?」

そう言い残すと、犬を抱いてリビングへ戻った。


「大げさに言うな。君のその力じゃ、出しても、痛くも痒くもないぞ」と司はゆっくりと後を追った。


「……」


なめるな、力ならあるよ。


出前がちょうど届き、汐音は相手にせず、子犬に缶詰を開けるのに集中した。


雪丸は生まれてから野良だったため、こんな美味しいものを食べたことがなく、顔中に肉の屑をつけながらがつがつと食べた。


司は嫌そうな顔をしたが、汐音は愛おしそうに子犬の口を拭き、ベッドを用意した。


この子は機転が利き、汐音がどこへ行くにも後を付いてくる小さなしっぽのようだった。


夜が更け、汐音はベッドの端に座り、膝に犬を乗せた。


「夜中にまだ遊ぶのか?」司が置き時計を見た。


「あなたには関係ないだろう、余計なお世話」


「契約の墨が乾ききらぬうちに違約する気か?」司はドア枠にもたれ、笑みを含んだ口調で言った。


つまり夫婦の義務を果たせとい言いたかったのだ。


「娘さんがまだ入院しているのに、そんなこと考える余裕が?」

汐音が顔を上げた。


「君が言っただろう?女なしじゃ生きられないと、一体何日我慢しろというんだ」

司のパジャマの襟は少し開き、喉仏が低い笑いとともに動いた。


「気分じゃないわ」

汐音は明里の一本の電話で彼が去ったことを思い出した。


「どうして?」


「御堂邸から戻ったばかりで、もしかしたら両親の亡霊がついているかもしれない。君が気にしないなら、仕方なく合わせてあげる」


司はそれを聞いて失笑した。


「だからこいつを抱いて寝るのか?」

近づくと二本の指で犬の顎をかきながら、だるそうな声で言った。


「もちろんよ」

汐音の膝の上でぐうぐうと寝息を立てている子犬を見て、汐音は固くうなずいた。



司は犬を飼うのは我慢できても、ベッドに上がらせるのは絶対に許さなかった。


汐音の頑なな態度を見て、司は客室へ向かった。


……


汐音は子犬に「雪丸」と名付けた。


翌朝、病院へ行く前に田中家の奥様に何度も念を押し、特に新しい環境への適応に注意するよう頼んだ。


「孫も犬を飼ってますから、経験は豊富です!」

田中さんは胸を叩いた。


それでも汐音は回診中に気がかりで、時間を見てはメッセージを送って状況を尋ねた。


【元気に跳ね回ってます!ただ、よくあなたのスリッパの上に乗っているんです。寂しがってるんでしょうね】


汐音の胸が少し温かくなった。


ペットは心を癒すと言われるように。


雪丸がいると、司の嫌なこともどうでもよくなる。


回診中に一般病棟に移った心愛と会った。


再び明里と顔を合わせても、汐音は落ち着いていて、定例の質問をするとすぐに去ろうとした。


「汐音さん、昨日は口が滑ってしまい、すまなかった」

しかし明里が突然近づいてきた。


チームメンバーたちが一斉に視線を向けた。


汐音は眉をひそめた。


「ただ心愛が無事でいられれば、わたしのことはどうでもいい……」

明里は演技を続けた。


「勤務時間に私事はお控えめにお願いします」汐音は冷たい声で遮った。「私たちはだたの患者と医者の関係だ」


そう言い終えると、まっすぐ立ち去った。


しかし廊下で小野奈々に遭遇した。


汐音は心の中で嘆いた。


今日はついているなあ、司の愛人は全員見てきたと。

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