汐音がまた飲み物を手に取った。
「買いあさりに来たのかい?」突然司が口を開いた。
「?」
汐音はきょとんとした表情で彼を見た。
司はソファの肘掛けにひじをつき、顎を支えて汐音を見つめている。
個室の暖かい光が、愛に溢れた司の目に落ち、優しげな錯覚を添えていた。
「これで三杯目だ、金を払うのは私だからか、こんなにもたくさん飲んたのは」
「……」
さっきの料理が味が濃すぎたせいだ。
それにここのドリンクはグラスの半分しか入っておらず、二口で飲み干してしまう。
それに、娘のために誕生日パーティーを盛大に開く司に比べれば、自分がジュースを何杯か飲んだところで大したことではない。
「飲んだ分は私が支払う」と汐音は淡々と言った。
「さっきの話は冗談だとわからないのか」
「私がこういうつまらない人間だよ、冗談か本音か分からないよ」
「ジュースじゃなくて、火薬を飲んでるんじゃないのか?」
「仕事を二日早めて切り上げて、飛行機から降りた途端に信之丞さんに連れてこられたんだ。信之丞と明里は大学の同窓で、パーティーの準備も信之丞が行っていた。俺は事前に知らされていなかった」司はみかんを半分に割り、片方を差し出した。
「後ろめたさがあるから説明するんでしょ?御堂様がいつ頭を下げるようになったの?」汐音は受け取らず、自分の手でナッツをむき始めた。
「お前が不機嫌そうだったからだ。甘いだろ?さっき味見して気に入ったから、もう一箱御堂邸に送らせた」
司はみかんの筋をきれいに取り除くと、そのまま果肉を汐音の口に押し込んだ。
みかんの果肉はふっくらとしてジューシーで、確かにドリンクより喉を潤した。
汐音は自分でみかんを取った。
「今むいてやってるだぞ?」司は眉を上げた。
「あなたの手が何に触れたかわからないもの」
司は笑い飛ばし、そのみかんを自分の口に放り込んだ。
パーティーは進行し、贈り物の披露が始まった。
三井信之丞が真っ先に金色に輝くネックレスを取り出した。
「金だ。11.12グラムで愛子にぴったりだろう?誠意は伝わるか?」
「学生の頃からあなたはアイデアマンだったわね。心愛の代わりに受け取っておくよ。信之丞さんが結婚する時は、こっちもいいプレゼントを用意するわ」明里は口元を手で覆って軽く笑った。
「これが心愛の最初のブランド品ってわけか?」別の男が四つ葉のクローバーのブレスレットを見せた。
「御堂様がとっくに娘にいっぱい送っただろう!釈迦に説法だっての!」一同は哄笑した。
「お前、何かわかるの?本当のことのように言いやがって」
司はだるそうに目を上げた。
男は苦笑いし、それが冗談なのか警告なのか見当がつかなかった。
ボンボンたちの贈り物は実に様々で、表面上は子供へのご機嫌取りだが、実は司への取り入りだ。
この熱心さは、司が明里親子をいかに大切にしているかを如実に物語っていた。
司が電話に出るため、テラスへ出ていった。
その際、ガラスの扉を閉めた。
ちょうどその時、誰かが大きなピンクと紫のバラの花束を届けた。
明里は驚喜して立ち上がった。
「『オーシャンブルー』ですって?」
「そうとも!前に御堂様があなたに贈ったら、あなたが彼の胸に飛び込んだのを見たのから、すごく印象に残った。この花はなかなか手に入れるのは難しくて、五軒も店を回ってようやく手に入れたんだよ」
「花言葉は『死ぬまで変わらぬ愛』よ!御堂様、今回の愛情が露骨すぎます!」
女の子達が囃し立てた。
「冗談を言わないで、汐音さんもいらっしゃるんだから」
明里は顔を赤らめながら汐音を一瞥した。
汐音はそのバラを見た。淡い紫に染められた花びらが波のように重なり、確かに幾分かは上品だった。
彼女はそのままミニトマトを食べ続けた。
ここのフルーツ盛り合わせは確かに美味しかった。
テラスにいた司が振り返ると、汐音が一心不乱に果物をかじっている姿に、思わず口元が緩んだ。
この女の前世は熱帯雨林の小猿だったに違いない。
果物を見たらいつまでも食べ続けられるんだう。
「御堂様があなたに笑いかけてる!もしかして花を贈ったのは御堂様?」女の子達が興奮して言った。
汐音がすりガラス越しに見ると、確かに男のすらりとした姿は個室の方を向いていた。
「司が見ているのは心愛よ」明里は甘えたように言った。
司が電話を終えて戻ってくると、すぐに贈り物について詰め寄られた。
「忘れてた。用意してない」司は即座に言った。
明里の笑みがわずかにこわばった。
「御堂様はきっとサプライズを隠しているんですよ!」一同が取り繕った。
「もしかすると子供には見せられない贈り物かもね~」佐藤が意味ありげな口調で言った。
「何をでたらめを言ってるんだ!」藤原凛が鋭く叱った。
汐音は藤原凛が自分の顔を立てようとしているとわかっていた。
しかし司がここに足を踏み入れた瞬間から、とっくに面目は失っていた。
自分を欺く必要がどこにある?
「司が来てくれたこと自体が、私たちへの最高の贈り物です」明里が柔らかい声で仲裁した。
「次は私の番かな?」汐音が突然口を開いた。
汐音はカバンから一万円札を二枚取り出し、テーブルに置いた。
数々のブランド品の中でひときわ目立っている。
「汐音さん、お気持ちだけで十分だ」明里は慌てて辞退した。
「気に入らないなら、司の贈り物の半分は私が出したと思ってください」夫婦の共有財産だ。
司が使う金にも自分の分け前がある。
一同が視線を交わした。
この正妻の一言で、領分が明確に示されたのだ。
「本当に用意してなかったんだ。この二万円、半分の一万円は俺の分だ。お前のおかげでただ食いにならずに済んだ」と司は軽く笑った。
汐音は信じなかった。
実の娘の誕生日を忘れるわけがない。
ただ自分の前で芝居を打っているだけだ。
「そんなにおいしいのか?りすみたいにかじって」司もミニトマトをつまんだ。
汐音は相手にするのも面倒だった。
自分で食べてみればわかるだろうに。
「心愛、ケーキを切ろうね。一切れ目は汐音さんにあげようね。あなたの命の恩人なんだから」明里は二人のやり取りを見て娘を抱き上げた。
「汐音さんが執刀されたんですか!?それじゃあ回復も順調なはずですね、さすが心臓外科の第一人者!」一同は感嘆した。
口では追従しているが、心の中では考えていた。
御堂様は手管がお見事だ。
正妻が愛人の娘を治療し、明里こそ真の勝者だと。
心愛がぶどうのような大きな瞳で汐音を見つめる。
「術後の食事はあっさりしたものを。ケーキのような高糖質の食べ物は控えめに」主治医として、汐音は注意した。
「愛、聞こえた?一番大きいのを汐音さんにあげようね?」明里は笑いながら言った。
明里は娘を導き、ケーキを持たせて汐音へと向かわせた。
「まだうまく持てないので、やめたほうがいいよ」司が眉をひそめた。
その言葉が終わらないうちに、心愛はケーキを丸ごと汐音のスカートにドサッと叩きつけた!