殿下の馬に乗せられ、あっという間に私たちはマナーハウスに戻って来た。王太子の馬って本当に早いのね!そんな事をのんきに考えていると、私たちの到着を待っていたかのようにロバートが飛び出て来て、マリーやソフィアも駆けつけてくれた。
「お嬢様!お怪我はありませんか?!申し訳ございません…………あの時、何としてもお止めしておくべきでした!王太子殿下にも申し訳なく…………」
「ロバート…………あなたのせいではありません。私が無理を言って行かせてもらったのにそんなに謝る事はないわ」
ロバートの狼狽ぶりが可哀想になり、自分が後先考えずに行動した事によってここまで心配をかけてしまうなんて…………自分の軽率な行動をちょっと反省しなければ。
「そうだな、今回ばかりは君も反省しなければならないね。君に何かあると、心配する者が沢山いるのだから……」
そう言って殿下は私の髪をひと掬いし、自身の口に持っていく。何、この甘々な態度は………………顔は笑顔を保ちつつも寒気が止まらない私だった。
ふと周りを見てみると、マリーやソフィア、ロバート達が赤くなっている…………穴があったら入りたい。違う意味で顔に熱が集まってくる。
「お、お嬢様!無事のお帰りで良かったです~~仰ってくださればマリーも一緒に行きましたのに!」
マリーに涙目で訴えられ、ソフィアはその横でうんうんと頷き「わたし……も、行きた……かった」と言ってくれた……ソフィアが頑張って話してくれているわ。皆優しいのね…………こんなに大事にされて、心配してくれて…………ファミリーって素敵。
そこまで考えて、ふと思いつく。ソフィアはもうファミリーなんだから、お父様に頼んで家族にしてもらえないかしら。母子ではなく、姉妹……素敵よ。お姉さまって呼ばれてみたい、そんな願望が出てくる。今度お父様にお願いしてみましょう。
「ありがとう、マリーとソフィア。でもさすがに二人は連れて行けなかったわ。何があるか分からなかったし、マリーにはソフィアの事を見ていてほしくて…………」
「……………………やはり危険だと分かっていて、行っていたんだね…………」
私は自分の発言が失言だったと理解した時には、すでに殿下のお怒りを買ってしまっていたのだった。
∞∞∞∞
「君は放っておくと何をし始めるか分からないから心配だ……というわけで私もここに留まる事にしたよ」
「…………………………」
殿下の笑顔が怖い……あの後、応接間に場所を移して二人になったと同時に散々説教され、最終的に殿下は我が領地に留まる決意を固めてしまった。せっかくの自由ライフが………………それにこの状況!!ソファは向い合せで置いてあるのにわざわざ隣にぴったり座って、腰を抱かれている。
私たちとロバート以外いないんだから向い合って座ればいいじゃない…………なぜ?!
予想外の展開に頭がついてこない…………見た目は10代だけど中身は30代なんだからきっと脳が疲れやすいのよ……一生懸命離れようとしたけれど、殿下の腕はビクともしない。どういう鍛え方をしているの?
二人とも表面上は笑顔でこの攻防をしているものだから、ロバートがすっかり怯えてしまっている。
「ここに来たのは君に会いに来たのもあるんだけど、君に頼みたい事があって来たんだ」
「……私に?何でしょう…………」
「あと二月ほどで建国祭があるのは知っているね?そこで君に着てもらいたいドレスのデザインを考えているんだ」
そう言えばそうだった、建国祭は国にとってとても大切な行事。いくら私が王太子妃候補を辞めたいと言っても貴族である以上、余程の理由がない限り出席しなければならない。二月後…………建国祭の半年後に聖女が現れる。ちょうど私の誕生日近くだったはず。
そう考えると今の私の年齢は16歳、殿下は18歳ね。
小説では建国祭の後、初秋に卒業記念パーティーがあって学園を卒業すると同時に聖女が現れ、二人はいい仲になっていくのよね…………オリビアの誕生日パーティーが開かれる頃には、もう殿下が来てくれないほどに急速に聖女と親密になっていた。
誕生日パーティーもなしでいいから、二人は王都でよろしくやってもらって、私はマナーハウスで皆に祝ってもらおう…………そんな事をぼんやり考えていると、殿下が私の膝元に進み出て跪く。
「え?でん…………ヴィル……どうし」
「……そのドレスを来て、私に建国祭をエスコートさせてほしい。そして一緒にファーストダンスを踊る権利を与えてほしいんだ」
「…………………………」
ファーストダンスって、婚約者なら皆当たり前に踊るものじゃなかった?殿下は嫌々踊っていたはずだけど…………ドレスは殿下から贈られたなんて書いてなかったわね。色々と事情が変わっていて戸惑ってしまうけど、殿下が私の左手を握りながら目の前で懇願してくるのでドキドキと寒気が止まらない。
きっと元のオリビアだったら全力で喜んでいたでしょうね……今の”私”は男性不信も相まって、ドキドキと同時に寒気も襲ってくるから手を振り払いたい衝動に駆られてしまう。
やっぱり一生誰とも結婚出来そうにないわね。うんざりしてるからいいんだけど。
「え、えぇ……もちろん踊りますわ。どうしてそんな風におっしゃるのです?」
「………………君に対して誠実ではなかった私から、ドレスを贈られるのもダンスの相手をするのも、君にとっては戸惑うだろうと思い……それに君の相手は自分だと、許しを得たかったのかもしれない」
「……………………」
なんて返せばいいのかしら……確かに全く誠実さの欠片もなかったのにドレスまで考えてくれて、ダンスのお誘いとかどうしちゃったのって思ったのは否めない。
「…………ヴィル…………ご心配なさらずとも王太子妃候補としての務めをしっかりと果たしたいと思っておりますわ。ファーストダンスもパートナーとして不足のないよう努力いたしますし、ドレスまで感謝いたします」
できる限り笑顔でそう答えた。つい殿下って言いそうになってしまう。
すると殿下は私の手の甲に口付けをして、その手を自身の頬に持っていき「ありがとう、楽しみだ」と満面の笑みで返してきた。
…………………………殺人的ね………………顔が熱くて殿下から顔を逸らすしかなかった。こういうところって必ずエフェクトがかかるのがズルいわよね。
特に他意はなく事務的に答えたつもりだったんだけど、予想以上に喜んでいるように見えるのは気のせい?
そして気付いたらロバートの姿がない。いつの間に……なんで出ていっちゃうのよ?!
その後殿下は私の横に戻り、私の腰に手を回しながら終始ご機嫌だった。ゼフが帰ってくるまでこの状況は続き、しばらく二人でお茶をする事になったのだった。