目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第35話 見えない陰



 ゼフが帰ってきて、殿下に急ぎの報告があると言う事で、ようやく私はお役御免となった。


 長かった…………とっても疲れたわ……この領地に来てからというもの、自然体で過ごしてきたから令嬢として振舞わなくてはならない事にも疲れたし、殿下の前でヘマをしてはと気を張る事にも疲れてしまった。



 ここは癒しが必要ね。



 自室に戻るとソフィアが飛び込んできた。左腕には添え木は付けたままなんだけど、その腕を使ってでも私に抱き着いてきて可愛いったらないわ。


 ソフィアをぎゅっと抱きしめ返す……はぁーー癒される。また頑張れるわ!



 「長い時間お留守番をさせてしまってごめんね、ソフィア。ただいま」



 「お……かえり……なさい」


 頑張って話してくれる姿がいじらしい。思わず両手で頬を挟み、むぎゅっと潰してむにゅむにゅしてしまう。ソフィアは何が起こっているのか分からないといった表情で慌てているわね。可愛い…………これぞ癒しよ……。



 「お嬢様、お疲れ様です!」


 マリーが元気に迎えてくれる。二人と一緒にいる事が私にとって一番落ち着く時間だわ…………この時間がないとちょっとしんどいわね。



 「ただいま、マリー。ソフィアの事を見ていてくれてありがとう」


 「いえ!殿下はここまでお嬢様に会いにきてくださったのですね~~お嬢様への愛を感じます!」

 「…………………………」



 マリーは本当に悪気もなくニコニコと言ってくれたんだけど……愛、ですって?あの殿下からオリビアへの愛?………………何度考えても思い当たらない。


 ………………今日の殿下の行動は確かに優しかったし思いやりに溢れてはいたけど、所有物がなくなる危機感が募って来たんじゃないかしら。



 「二人とゆっくり過ごしたいところだけど、もう少しで夕食の時間ね。帰ってきたのが遅かったから……今日は殿下もいるからちょっといつもとは違った夕食になるかもしれないけど、ソフィアは私の隣に座りましょう」


 そう言うとソフィアは顔を輝かせ「うん」と大きく頷いた。



 「ソフィアはとても話す事が上手になってきたわね!」


 「そうなのです!一緒に本を読みながら、それを声に出して読んでみたり……そうするとどんどんお喋り出来るようになってきたのですよ~」



 ソフィアは絵本を持ってきて沢山音読してくれる……話せる事が嬉しいのね!マリーも凄いわ、音読って確かに凄くいい事だけど全然思いつかなかった……私は夕食までずっとソフィアの音読を聞きながら癒されていた。




 ∞∞∞∞




 ゼフとの話が終わらないのか、まだ夕食のホールには殿下はいなかった。


 その方が都合がいいかもしれない……ソフィアはまだ殿下とお話した事がないし、突然一緒に食事と言っても緊張してしまうわよね。いつも通り私の隣にソフィアを座らせて、一緒に食事をとり始める事にした。


 ソフィアは本当にパンが好きで、そればかりになってしまいかねないので、私が肉などを切り分けてお皿に盛ってあげる。左腕が使えないから右手で掴んで食べられるように一口サイズにしたり、フォークに刺すだけにしたり……子供のお世話は楽しいわ!私ってこういう仕事が向いているのかもしれない。



 「これも食べてみて」


 そう言ってソフィアのお皿に羊のお肉を切り分けて乗せてあげた。ラム肉は美味しいのよね~~ちょっと弾力があるけどヘルシーだし、ソフィアも気に入ってくれるはず!


 ソフィアは私の乗せたラム肉をパクリとお口に運び、よく噛んで食べてくれた……とっても気に入ってくれたみたいで、もう一口とリクエストされる。良かった!そんなやり取りをしていると、殿下がやってきた。



 「すまない、話が長引いてしまって……」


 「お気になさらず。こちらこそ先に食べ進めてしまって申し訳ございません」



 私が言い終わらないうちにソフィアとは逆の私の横に殿下が座った。ゼフからのお話はなんだったんだろう……そんなに長引くような内容だったのかしら。



 「ゼフからの話は夕食が終わってから話そう。皆に聞いてもらいたい話でもあるから、お茶を飲みながらでも」


 「分かりました、では夕食を済ませてしまいましょう」



 殿下と会話しつつソフィアのお世話をする、子育てしてた時みたいね。二人はマイペースで楽しそうに食事する中、私だけが一人であっち向いたりこっち向いたりと大変な夕食になっていた。

 (こんなんじゃ食べた気がしないわ…………後で部屋で何か食べよう)


 バタバタした夕食が終わり、皆で一息つきながらゼフが来るのを待った。ソフィアは私の膝に乗り新しい本を読んでいるのだけど、だんだんと音読に変わり、可愛い声でその本を読み聞かせてくれる。


 それにしても難しい本を読んでいるのね……殿下もそう思ったのかソフィアに話しかけていた。



 「その本の分類はミステリーだな。なかなか難しい本を読んでいるじゃないか。きちんと読めているのが凄いぞ」



 子供に対して素直に褒めている姿に驚く。そして褒められたソフィアも驚いて、もじもじしているわ……



 「もんだい……をといていくのが……すき、なんです……」


 「ふーーん、なかなか賢いな。5歳でここまで読めるとは……内容を理解しているとしたらなお凄いぞ。これの意味は……」



 殿下が突然ソフィアに言葉の意味を教え出している。優秀な人材には目がないのね……ゼフもそうだし、この人にとっては身分など関係ないのかもしれない。ある意味フェアに見てくれるというのは上司として、優秀って事だわ。


 ソフィアもそれに応えるように一生懸命に話しているし、自分の能力を認めてもらえるというのは、子供だろうと大人だろうと嬉しいものだから。



 「……そうだ。君は凄く優秀だ。教えがいがあるな」



 そう言ってソフィアの頭をポンポンとしている殿下を意外に感じていると、ホールにゼフが入ってきたのでホール内がピリッとした空気に変わる。



 「よし、来たな。じゃあ皆揃ったから、話を始めよう。ゼフがあの後教会に侵入してきた。そこでは司祭が王都から来ていたという、ある人物と話し込んでいたらしく……その内容を聞いてきた」


 「え?!」


 とある人物?司祭に会いにくる王都からの人物って……それにしてもゼフは本当に危険な役目を担っているのね。なんだか領地に行こうとする私なんかの護衛になってもらっちゃって、とても申し訳ない気持ちになった。



 「その王都から来ていた、ある人物とは…………」


 「…………司教だ。ヴェットーリ司教と言われていたらしい」



 司教?ヴェットーリ司教だなんてもちろん小説に出てきた事はない……この領地で起こっている事がイレギュラーだから仕方ないんだけど。



 司祭よりも上の司教までもが公爵領に来ているだなんて……なぜこうも公爵領に王都からの聖職者が来るのか、何やら自分の知らないところで、得体の知れない存在に振り回されている感じがして、嫌な予感が止まらなかった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?