「…………誰か来ましたわ……我が国の教会の衣装を着ている人物が……あれはもしかして…………」
先頭を歩いている聖職者が、一番高位なのだと感じる。ヴェットーリ司教かしら…………
黒いドルレアン国の船からおりてきた乗員と話し始めたその高位聖職者は、荷馬車が近づいてくるのを指さしながら笑っている。ドルレアン国の船員の外套には胸に国のマークが刺繡されていて、フードを被っているからか顔はよく見えない。
荷馬車はゆっくりと聖職者と船員の元に近づき、止まった。
「ようやっと着いたか……待ちくたびれたぞ。早く荷物を渡さないか。船が出港してしまう」
「はっ申し訳ございません。ただいま下ろします」
御者になりきったゼフと本物の御者が二人で荷下ろしし、私とヴィルは荷馬車の奥で息を潜めている…………夜だからか、全然見えていないようね。
「これで全部か?今回は……」
「四つです」
「おお、そうか…………”四つ”らしいですな。中身を確認しましょう」
ヴェットーリ司教と思われる人物がそう言うと、船員は蓋を開け、子供が入っている事を確認する。
「確かに確認しました。我が主もお喜びになるでしょう」
船員がそう言って懐から報酬のような袋を取り出し、司教に渡す……その時を待っていたとばかりにヴィルが荷馬車から下りていった。
「……随分悪い事をしているじゃないか、ヴェットーリ司教。」
司教は何が起こったか分からず、目を見開いている。そしてその人物を見て、更に目が零れ落ちるのではと思えるくらい見開いた。
「あ、あ、あなた様は…………なぜここに…………」
「私が誰かは分かっているようだな。聖職者たる者が違法な金銭授受か?それとも…………人身売買か?」
ヴィルがそう言うと、コンテナの中からパウロが飛び出してきた。
「おっさん、俺たちをどこに売ろうとしてた?!」
「な、なんだこいつはっ!」
「我が公爵領で随分好き勝手してくれているのね……ヴェットーリ司教?」
荷馬車から下りて、司教に詰め寄る。ここにいるはずのない人物が次々と出てきて司教は目を白黒させていた。そんな私たちのやり取りを見て、マズイと感じたのかドルレアン国の船員はそっと逃げようとしていた――
「ゼフ!」
すかさずゼフが船員を押さえる。動きが早すぎよ…………ゼフが無敵に見えるわ。パウロがそんなゼフを見て目を輝かせている――
「まぁいい。金銭を受け取った現場は押さえた。司教からはじっくり話を聞くとしよう。王都の牢獄になるだろうが……私は公爵領の教会からこの荷馬車に乗って来ている。言い逃れが出来るとは思わない事だ」
「……………………くっ」
もう逃げ場がないと思ったのか、司教は走って逃げようとした。一緒に来ていた聖職者二名も逃げようとしたけど、いつの間にか港に多くの衛兵が並んでいて、逃げようとした聖職者たちはあっという間に捕まってしまった。
どういう事?なぜこんなに衛兵が………………その衛兵の中から貴族風の男性が歩いてくる。
「…………こんばんは、皆さま。お怪我はありませんか?まったく……人使いが荒い王太子殿下のおかげで、寝ないで警備に当たらなければならないとは…………」
「…………ニコライ、すまなかったな。助かった……」
ニコライ様?!確かニコライ様は生徒会副会長で、辺境伯令息、ヴィルの側近よね……小説でも出てきたから知っているけど、実物は初めて見たわ。
なぜニコライ様がここに…………
「昨夜に殿下からご連絡がありましてね、国中の港の警備を徹底しろと。特に公爵領から近いこの港の衛兵を増やせという指示がありましたので。ここは辺境伯であるウィッドヴェンスキー家の管轄ですから」
そう言ってニコライ様は笑っている……そうだったのね…………そんな話聞いてなかったけど、確かに助かったわ。
「ニコライ卿、感謝します。大変助かりましたわ」
「礼には及びませんよ。あの殿下のしおらしく謝罪する姿が見えたので」
「…………うるさい……」
ヴィルとニコライ様って仲良しなのね……私が呆気に取られているところで、御者や聖職者たちは衛兵に捕まり、護送されていこうとしていた。ゼフがドルレアン国の船員も引き渡したので、全員まとめて王都に護送される事になる。
「父上に頼むのも大変だったんですよ、本当に人使いが荒い……入口の通行証を見た衛兵から公爵領からの荷馬車が到着したと通達があり、すでに周りは固めていましたので彼らに逃げ場はありませんでしたけどね」
「さすがに仕事が早い。ウィッドヴェンスキー卿にも礼をしに伺わなければならないな」
ニコライ様のお父様…………辺境伯だからあまり社交界には顔を出さないし、王都にもいらっしゃる事は少ないけど、素晴らしい軍と力をお持ちなのよね。
「しかし、ドルレアン国と取引をしていたとは…………これは大変な騒ぎになりそうですね」
「……ああ、そうだな…………人身売買でも相当な騒ぎになりそうなのによりによって…………」
「?」
ドルレアン国と何か因縁でもあるのかしら……私がそれを聞こうとした時、ソフィアがコンテナから出てきて、私に抱き着いてきた。
「ソフィア!気付くのが遅れてごめんなさい!もう終わったわ……」
「…………よかった……お家にかえりたい」
「そう、よね…………一緒に帰りましょう」
私がそう言うとソフィアが顔を上げて、笑顔で頷いた。二名の子供もコンテナから出してあげると皆パウロに抱き着いて無事を喜びあっている。
「ふふっパウロって人気あるのね」
「当たり前だろ!俺が男前だからな」
どっかの誰かさんみたいな口調ね…………その誰かさんはニコライ様と話し込んでいる。ようやく話が終わったのかこちらに戻ってきたので、皆で公爵領に帰る事になった。
ニコライ様が馬車で送ってくれると言ってくれたのだけど、ちょっと目立ちそうだから遠慮して、皆で荷馬車で帰る事にした。ニコライ様は王太子殿下が荷馬車に乗っている姿に最後まで笑っていて……ヴィルが恥ずかしそうにしている姿に私も笑ってしまった。
御者はゼフが勤めてくれたので、荷馬車の中は子供たちと私とヴィル……子供たちは色々と解放されて、帰りの荷馬車では大はしゃぎしていたのだった。