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第50話 温泉


 日が落ちてきて暗くなってきた頃に皆でマナーハウスを出発し、公衆浴場に向かった。


 公衆浴場は森の入口付近に作られていて、周りを森に囲まれ、男女を分ける為に男湯と女湯は少し離れて作られていて、レンガブロックで仕切りも出来ていた。



 浴場は公爵家で管理しているので、清掃員として働いている者もいて、毎日綺麗にしてくれている。



 今夜は公爵家で使うという事で、入口には貸切看板がきちんと立てられていた。浴場の方からは人の気配はしないわね。



 入口までは皆で行って、そこからは男女に分かれて入っていった。


 女湯は私、マリー、テレサ、ソフィアとナタリー。男湯はヴィル、オルビス、ゼフ、パウロにダコタというメンバー。





 ∞∞∞∞∞




 男湯――――――




 「女性陣が盛り上がっている声が聞こえますね」


 「何を話しているかは聞こえないがな…………」



 オリビアが皆と入りたいというから来てみたはいいが、私自身が皆と入るという事が初めてで落ち着かないな――オルビスはともかくゼフと一緒に湯に入るのは初めてだ。



 そしてゼフの肉体を見て衝撃を受けた……私ももちろん鍛えてはいるが、ゼフには勝てる気がしない。



 そのくらいでなければ潜入行動なども出来ないという事か――



 「おっさん、女湯に行きたいんじゃないの?」


 「…………私はおっさんではない、お兄さんだ」



 このパウロという少年はなかなか気概があっていいのだが、私の事をおっさんと呼ぶのはいただけないな。まだおっさんと呼ばれる年齢ではないと思うのだが…………



 「俺から見たら皆おっさんだよ~ゼフさんは特別だけど。兄貴って呼ばせてください!」


 「……………………」



 ゼフはしばらく無言だったが、パウロが引き下がらないので渋々頷いた。港での一件以来、すっかりゼフを崇めてしまったらしいな……



 「そのままゼフに弟子入りしたらどうだ?」


 「…………弟子は取っていません」



 ゼフが珍しく口を開く。ゼフの役目を考えると、自分の仕事に集中したいのだろうな。



 「今はまだ兄貴に教えてもらえるような年でもないし、足を引っ張るだけだから無理だよ。これから沢山鍛える!そしたら兄貴を訪ねていい?!」


 「…………………………」


 「……まぁお前次第だな、パウロ。ゼフもその時にでも考えてやれ」



 私がそう言うとゼフは渋々頷き、パウロは喜んでお湯をバシャバシャしながら跳ねている…………子供は元気だな。子供が元気な国というのは良い国の証だ。



 「殿下はオリビア様と明日、帰られるのですよね?」


 「ああ…………お前もテレサと仲良くやるんだぞ」


 「え?!あ、いや…………ははっありがとう、ございます」



 オルビスの顔が茹蛸だな。私も人の事ばかり言っていられない…………母上の事、父上の事も王都に帰ったらやるべき事が山積している。オリビアをこれ以上母上の餌食にさせないように手を尽くさなくては――



 母上の事だから、きっと何かを画策しているに違いない。



 公爵もだからこそ早めに帰ったのだろう。まずは父上やニコライから話を聞かなくては――




 ∞∞∞∞∞



 女湯――――




 久しぶりの大浴場とあって、開放感が素晴らしいわ…………このお湯の成分は何なのかしら。少し白っぽい色をしていて乳白色に近いような……体がポカポカしてくる。



 「あったまりますね~~こんなに広いお湯に入ったのは初めてです!」



 マリーが肩まで浸かりながら幸せそうな顔をしていた。



 「本当にすぐにポカポカしてくるわね!何の成分が入っているのかしら……美肌成分が入っているといいんだけど」


 「美肌って何?肌が綺麗になるって事?」



 テレサに聞かれて気付いた…………しまった、つい前世の言葉を使ってしまう……美肌って言っても通じないわよね。



 「そうそう、美しい肌って事よ!テレサはお肌モチモチね~~どうやってその肌を保っていたのか知りたいわ!胸も大きいし、羨ましい~」


 「なっ……どこ見てるんだよ!肌なんて何もしてないし……むしろ泥にまみれていたのが良かったんじゃないの?」



 そ、それって泥パックって事…………天然の泥パック……もしそうだとしたらビックリしちゃうけど…………



 「でもこれで毎日お湯に入れるから嬉しいよ。好きで泥にまみれていたわけじゃないしね~」


 「ふふっ綺麗にしたいのは、オルビスの為に?」



 私が意地悪な顔でそう言うと、突然顔が真っ赤になるテレサ――



 「なんでオルビスが出てくるんだよ!…………普通に女として綺麗にしたいものだろ……まぁ…………少しは関係あるけど…………」



 そう言って、お湯に顔を半分入れてブクブクしているテレサ…………か、可愛いわ。そして認めたわね!



 「……でも公爵家の家令になっちまうんだもんな~立場が違い過ぎるし、もう半分諦めてるからいいんだよ…………」


 「………………でも家令と言っても貴族なわけではないですし、気にする事はないと思いますよ!私の母だって貴族じゃありませんし」



 マリーがそう言って励ましてくれる……そうよね、ロバートは確か男爵の爵位を持ってはいるけど、メンデルは貴族じゃなかったはず。



 「メンデルは私の乳母を務めてくれたり、マリーを生んでくれて、今も公爵家の為に一家は尽くしてくれているし、大事なのは人柄だわ。そしてオルビスがどう思うか、が一番大事ね!」


 「…………そっか……」


 「それにオルビスが誰かと一緒になるところを見ても平気なの?」


 「それは!………………無理……はぁ~~やるだけやるしかないか…………」



 ふふっとっても好きなのね。二人の恋がうまくいくといいわ――ふと横を見るとソフィアとナタリーがタオルで遊んでいた。



 「こうやると空気が入って、ここを持つと風船みたいになるのよ」



 私はお湯に空気を入れるようにそっとタオルを浮かべて、両手で空気を逃さないように持ち上げると風船になる、という遊びを教えてあげた。


 二人は感動して、小さな手を使って一生懸命風船を作っていた。



 手が小さいから風船も小さくて可愛いわ…………温泉の効果なのか、ソフィアの腕は添え木がなくても痛みや腫れがなくなっているようで安心した。このままいけば完治も近いわね――




 女湯ではそんな話が繰り広げられ、終始なごやかな時間を過ごした。こうして私の温泉欲は満たされ、翌日はロバートやマナーハウスの皆、オルビスやテレサたちに見送られながら、王都へと帰る事となる。



 馬車は行きとは違い、ヴィルも加わって5人旅となった。



 帰りの馬車では何事もなく穏やかな旅になり、行きよりも少しスピードを上げたおかげで2日後には公爵邸に到着したのだった。




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