イザベルとのお茶会が終わって、夜はゆっくりしようと思っていたところに久しぶりにヴィルが公爵邸に訪ねてきた。
領地から帰ってきて以来だから、10日以上は経っているかしら?その間に王妃殿下とお茶会をしたり、お友達が出来たり、目まぐるしくてあっという間だったから、そんなに久しぶりな感じもしないんだけど……半月くらいは経っているのよね。
それにしても昼間ではなく、夜に会いに来るなんてどうしたのかしら…………私はひとまず二階の自室から、一階のエントランスに向かった。
「ヴィル!お久しぶりですわね。こんな夜に何か急用でもありましたの?お父様に用でも?」
「やあ、オリビア。遅い時間に来てすまない。公爵ではなく、君に会いにきたんだ……元気そうで何よりだよ」
「私に?」
何かあったのかしら…………私はエントランスへ向かう階段を下りる。そしてヴィルの目の前に行くと、私の手を下から取り、挨拶してくれた。
「君が母上のお茶会に出席したというのを今日聞いたんだ。色々と忙しくしていた私の事を考えて、ニコライが言わなかったらしくて……何事もなかったか?母上が何か…………」
「大丈夫ですわ、心配症ね。それよりもここで立ち話も体が冷えてしまうし、応接間に移動しましょう」
「あ、ああ。そうだな、ありがとう」
自身が思っていたよりも私が元気そうだったので安心したのか、ヴィルの顔が和らぐ……そんなに心配していたのね。自分の母親だから、誰よりもよく分かるのかもしれない。王妃殿下の怖さが――
~・~・~・~
「今日は王妃殿下のお茶会でご一緒だった、イザベル・アングレア伯爵令嬢がいらしていたの」
「アングレア伯爵令嬢が?」
「ええ、王妃殿下のお茶会には私とイザベル嬢以外では、ブランカ伯爵令嬢とレジーナ子爵令嬢もらしていたわ。この二人とはあまり仲良く出来る感じはしなかったんだけど、イザベル嬢はいい人だなって思っていたの。その後、ご本人から手紙が送られてきて……私に話したい事があるって。それで今日公爵邸に来てもらってお話してたのよ」
「話したい事とは……私が聞いてもいいのかい?」
「ええ、私の噂に関するお話よ…………ヴィルは知っているのよね?私が男好きでだらしない女だと言われている事を」
私がこの話をすると、ヴィルがとても驚いた顔をして、目が泳ぎ始める。知っているわよね……もう国中の貴族が知っていると思った方がいいかもしれない。
「………………ああ……出来れば君の耳には入れたくない噂だったんだが…………イザベル嬢から聞いたんだね……」
「……皆、私を心配して伝えなかったのね。お父様も知っているし、イザベル嬢のお父上も知っていると仰っていたわ。お父様とは古い友人だから……問題はどうしてそんな根も葉もない噂が広がってしまったのかという事よ。イザベル嬢も不思議だと言っていたわ。ヴィルはこの話を誰から聞いたの?」
「……………………」
突然黙り込んでしまう…………何?難しい顔をして、言えないような人物から聞いているの?凄く嫌な予感――――
「皆が噂をしていたから誰から聞いたとかではないけど、直接その話をしてきたのは………………母上だ」
「え…………」
「……母上は滅多に私に声をかけてこない。王宮で会っても挨拶すら交わさない事もある。しかし……オリビアの事になると決まって声をかけてくる。ちょうどお茶会をした後などは間違いなく声をかけてきたな」
何となく聞くのが怖い。何を言っていたのだろう……お茶会ではヴィルの事を散々悪く言っていた王妃殿下だったから、まさかヴィルの前では私の事を悪く言っていたの?
「ど、どんな事で話しかけてきたの?」
「…………それこそ噂についてだ。オリビアはそういう人間だから婚約者として相応しいのか、王太子妃教育をちゃんとやっているのか、一緒にお茶をしても下品な娘だから他の婚約者を用意しよう、とか…………」
「なっ………………そんな事を?」
私は頭に雷が落ちたかのような衝撃を受ける。小説の中のヴィルは明らかに私に対する態度がおかしかった……そんな事を王妃殿下に言われていたの?――――学園中で噂が広まり、私と一緒にお茶会をしていた母親からもそんな事を言われてしまったら、悪い印象が植え付けられてしまうじゃない――
「この話を君にする事は永遠にないと思っていた。私自身がこの話をしたくなかったからね。母上が声をかけてくれる事に喜んでいる自分を認めたくなかったのもある……こんな話を婚約者にしたい男などいないだろう」
「そう、ね……それに王妃殿下は私とお茶をしている時は、私の事を褒めてくれていたのよ。そんな言われ方をしていたなんてびっくりだわ…………」
なんだか誰を信じればいいのか分からなくなってしまうわね――
「だが、君の領地に行って君との時間を過ごしてみて、今まで自分が抱いていたものが完全に間違っていた事に気付けた。公爵領に行ったのは本当に良かったと思っているよ……今は母上に何を言われても君がそんな人間ではないと、はっきり言う事が出来るからね」
ヴィルはそう言って微笑み、私の前髪を弄ってくる。私に対しての印象が改善されて良かった…………って何喜んでいるの、私ってば。嫌われた方がむしろ好都合…………まぁ友達として悪い人ではないから、無理に傷つけ合う必要もないわよね――