そんな事を考えていると、後ろから声をかけられる。
「オリビア様、こちらにいらっしゃったのですね」
「イザベル!これから挨拶に行こうと思っていたのよ」
「オリビア様に先にさせるわけにはいきませんので、こちらから参りました」
さすがイザベルは夜会でもカッコイイわね……素敵。そこへニコライ様がやってきてイザベルと話し始める。
「やぁ、イザベル。今日は一段と美しい装いだね」
「ニコライ卿、世辞など言う必要はありません。このような恰好を私が好まないのを知っていて、皮肉でしょうか?」
「これは相変わらず手厳しいな。私はいつも本当の事だけ伝えているつもりなのに」
ニコライ様は紳士らしく手を取り、イザベルに挨拶をしている。当のイザベルは無表情のまま…………むしろ絶対零度の空気を出しているわ。
何より驚いたのがヴィルをも弄るあのニコライ様が、イザベルに塩対応されているって事…………
こんな事が出来るのはイザベルだけね。でもなんだかニコライ様は楽しそう。
「そろそろ手を離してもらっても?いくら殿下の腹心のニコライ卿と言えど、礼を欠く態度をなさるなら身の安全は保障出来かねます」
「相変わらず鍛錬を欠かさないようですね。あいにく私もこう見えて強いのですよ」
「……知っています。私を辺境伯閣下の軍に早く入れてほしいんですけどね」
ええ?イザベルはウィットヴェンスキー家の軍に入りたいの?確かに辺境伯が持つ軍は物凄い強くて王国一の素晴らしい軍なのだけど……
「あなたが辺境伯に来るとしたら、私のパートナーとして来てほしいと何度も伝えているのですがね」
「それはない。それ以上軽口をたたくなら……」
イザベルが殺気をまとっているわ!ここではマズイと思い、イザベルを宥める事にした。
そんな話が出ているだなんて知らなかった……2人のやり取りを見ている内に音楽が変わり、ダンスタイムに入ったようだった。ヴィルが私の手を取り、ダンスのお誘いをしてくる。
「私たちも少し踊ろうか。ダンスをご一緒しても?」
「喜んで」
領地でファーストダンスを誘われていた事を咄嗟に思い出す。彼の腕に自分の右手を乗せて、私たちはホールの中央に進み出た。ダンスの練習をした事はないけど、多分元のオリビアの体が記憶しているはず。
私の左の背中辺りにヴィルの右手が添えられ、私は左手を彼の肩に乗せ、音楽に乗って踊り始める――――
足のステップもだけど、やっぱり体が覚えているわね!良かった……
私たちがターンをすると会場から歓声がわき起こる。王太子殿下と婚約者が踊っているからなのかしら……ダンスがとっても楽しい!
そしてふと周りに目を向けると、ニコライ様とイザベルが踊っていた。
ニコライ様がダンスに誘ったのね。イザベルには全くダンスする気がなさそうだったから、よく誘えたなと感心していると、一曲目のダンスがあっという間に終了した。
私はヴィルにカテーシーをして、二曲目のダンスは辞退する事にした。
なんだか音楽がムーディーな感じで、雰囲気が変わってしまったのよね。楽しく踊れるダンスなら良かったんだけど……
「飲み物を取ってくるよ」
「ありがとう、喉も渇いたし休憩しましょう。中庭に行って座っているわ」
ヴィルにそう伝えて中庭に行こうとすると、入口付近の壁際にブランカ嬢とお友達の集まりが目に入る。その中にはお茶会でご一緒だったレジーナ嬢の姿もあり、学園でもおなじみの仲間だった事がうかがえた。
私が中庭に行く為に近くを通ると、嫌な笑い声が聞こえてくる。
「王太子殿下の婚約者ともあろうお方が、一曲しか踊らないなんて信じられない!」
「きっと体が弱くて足が動かないのよ」
「何で戻ってきたのかしら。あのまま領地にこもっていれば良かったのに」
「王太子殿下もお可哀想…………ただでさえお仕事がお忙しいのに振り回されて……王太子妃候補としての自覚がないのかもしれないわね」
口々に悪口を聞こえよがしに言っているのが耳に入る。レジーナ嬢だけが沈黙しているようだけど、こういうのは本当にバカくさい。こんなの気にしないで通り過ぎようとした時――――
「お父上のクラレンス公爵閣下が必死に取り付けた婚約だったから、殿下も断れなかったのよね。本当に父親共々卑しいったら……」
…………今のはお父様の悪口なの?お父様の悪口は看過出来ないわ。
私は扇を広げて、令嬢達に向かっていった。
「あら、皆さまご機嫌よう。随分楽しそうですわね、お父様が何ですって?詳しくお聞かせくださいな」
「……何よ、公爵の話が出た途端顔色が変わって、親離れ出来ないのかしら」
ブランカ嬢が嫌味な笑みを浮かべながら令嬢達とクスクス笑っている。本当に幼稚ね……
「そんな事をあなたに伝える必要はないわね。婚約者の地位がそれ程までにほしければ、殿下に私からお願いしてあげましょうか?それとも今、直接お願いしてみたらどうかしら。ほら、今来ますわよ。私の分の飲み物を持って来ながら……」
「…………っバカにして……!」
ブランカ嬢は扇を閉じて握りしめ、戦慄いたかと思えば、握りしめた扇で私に襲い掛かろうとしてきた。
「あなたさえいなければ……っ!」
私はイザベルのところで鍛えていた事もあって、彼女の動きに慌てる事もなく直前でかわそうと冷静に考えていたのだけど、そこへヴィルが現れて私の前にスッと躍り出ると、ブランカ嬢の腕を片手で押さえたのだった。
「で、殿下…………」
「……今日は祝いの席だ、このような事はご法度だぞ、ブランカ。弁えるんだ」
「し、しかしオリビア様が……!」
「私の言葉が聞こえなかったのか?弁えろと言ったのだ」
ヴィルがあまり見せないような絶対零度の空気を醸し出している。恐怖でブランカ嬢は固まっている……これでは彼女も引くしかないわね。
今日はお祝いだし、殿下の言う通り争いごとは避けるべきだった。
「ごめんなさい、ヴィル。私が悪かったのよ、そろそろ中庭に行きましょう」
「オリビア……わかった、行こう」
私が入口に行こうとすると「そう言えば……」とヴィルがブランカ嬢達の方を振り返り「私が婚約者に望むのはオリビアだけなのは覚えておいてもらおう。可哀想どころか、私は幸せ者だ」と告げる。
その笑顔の破壊力たるや……顔が赤くなるのを見られたくなかった私は、そそくさと一人で中庭に移動したのだった。
中庭は吹き抜けになっているので、外の空気が吸えて気持ちいい――――
噴水周りには沢山の植物が植えられていて、壁側にも沢山の木が植えられているし、森にいるかのように植物が犇めいている。噴水周りにはベンチも配置されていたので、私はその内の1つに腰をかけた。すぐにヴィルがやってくるだろうと思って。
見上げると綺麗な夜空に沢山の星が煌めいている…………素晴らしい星空にうっとりしていた私は、完全に油断していたのかもしれない。
皆に一人で行動しないように、と言われていたのに。