ハミルトン王国はその昔、カサンブリア王国の一部だった。
カサンブリア王国の王制が腐敗し、各地の諸侯が反旗を翻し王国が崩壊、ハミルトン、レジストリック、ナヴァーロ、それぞれが国として独立したのがハミルトン王国の始まりだった。
独立するにあたってハミルトンは戦闘集団でもあった騎士団と結託し、国を拡大していく。アングレア伯爵家などはそこから派生された諸侯だというのは王太子妃教育の歴史で学んだ。
我が国の建国祭はカサンブリア王国から独立した日の事で、かつて共に独立したレジストリック王国、ナヴァーロ王国も同じように建国祭を行っている。
今回の建国祭では同盟国からの王族が出席しており、王妃殿下の母国のドルレアン国からはレジェク王太子殿下が出席していた。
彼女にとっては甥にあたる人物だ。
私はパーティーが始まり、まずはヴィルと一緒にレジェク殿下に挨拶する事にした。
王妃殿下の甥だけど、正直顔は似ていないわね。ダークブルーの髪は長く、右側にゆったりと1つにまとめられている。王太子というより、聖職者のような衣装だわ……お国柄なのかしら。
「お久しぶりです、ヴィルヘルム王太子殿下。そしてお初にお目にかかります、クラレンス公爵令嬢。ドルレアン国王太子のレジェク・フォン・ドルレアンと申します」
レジェク殿下は私の手を取り、甲に口づけをする挨拶をしてきた。
「お初にお目にかかります、クラレンス公爵家のオリビア・クラレンスと申します」
挨拶の時は普通の事だから何とも思わなかったのだけど、私が挨拶をした後もレジェク殿下がなかなか手を離してくれない。
「このような素敵な女性を婚約者に出来るなんて、ヴィルヘルム殿下が本当に羨ましい限りです。私もハミルトン王国の王太子として生まれていれば……あなたの隣に立てていたのでしょうか」
ひぇ……蛇のような目で見てくる。もしあなたが王太子だったら絶対に婚約しないと言えるわ……お父様もさせないでしょう。
そんな事は本人には言えないし、何よりこの手を早く離してほしい。寒気が止まらない……引き抜く事も出来ないし、どうしたものかと思っていたら、ヴィルがさりげなく手を引き抜いてくれた。
「お気持ちはとても分かります。でも彼女の隣は私だけの特権なので、そろそろ離してもらっても?」
「…………これはこれは、王太子殿下は随分ご執心のようだ。失礼致しました、レディに対する礼儀に反していましたね」
「失礼する」
ヴィルがそう言ったので私もレジェク殿下に頭を下げた後、ヴィルの腕に手を置いてその場を後にした。レジェク殿下は私たちの後ろ姿をジッと見ている。
「……助かったわ。あの人苦手かも」
「当たり前の事をしたまでさ。君は私の婚約者なのにベタベタと……あれ以上は許せない。他の貴族に挨拶をして回ろう」
「そうね!」
周りを見てみると、陛下や王妃殿下も同盟国の王族に挨拶回りをしているので、私たちは貴族の知り合い、主にヴィルの知り合いに挨拶をして回った。
私は学園に通っていないので、貴族の知り合いは少ないのよね。
「あそこにニコライがいるな、声をかけに行こう」
私は頷いて、一緒にニコライ様のところへ向かった。ニコライ様の隣に見た事のない女性がいて、こっそりヴィルに聞いてみる。
「隣にいらっしゃる女性はどなた?」
「ああ、ニコライの妹のヴィオーラ嬢だ。社交界デビューしたばかりだから見た事がないのも無理はない」
妹さんがいらっしゃったのね。彼が面倒見がいいのはお兄様だからなのかもしれない、なんて思ったり。
「ニコライ、楽しんでいるか」
「これは、殿下にオリビア様も。もちろん楽しんでおりますよ、今日は誰かの仕事を補佐しなくてもいいので。夜もゆっくり寝られますしね」
ニコライ様はニッコリ笑ってヴィルをからかっていらっしゃる。
「ふふっヴィルもニコライ様には頭が上がらないのね」
「……まぁ、ニコライには世話になっているからな」
「あ、あの……」
私とヴィルは声の主の方を見ると、ニコライ様の妹のヴィオーラ嬢がニコライ様の裾を掴みながら上目遣いで、私たちに声をかけてきた。
「ああ、こちらは妹のヴィオーラといいます。オリビア様は初めてですよね。ヴィオーラ、挨拶を」
「あ、お初にお目にかかります、ヴィオーラ・ウィットヴェンスキーです。よ、よろしくお願いいたします……」
なんていうか、妖精のようなお嬢様ね。声も可愛らしくて、消えてしまいそうな儚さもあって、こういう女性を男性は守ってあげたくなっちゃうのかしら。
「オリビア・クラレンスです。よろしくね、ヴィオーラって呼んでも?」
「は、はい!嬉しいです!」
可愛い~~本当に妖精みたい。男性がチラチラとヴィオーラを見ているのが分かる。
「ヴィルヘルムだ。ニコライには世話になっている、よろしく」
「あ……ヴィルヘルム王太子殿下、お会い出来て光栄です。どうぞ、よろしくお願いいたします」
これは……ヴィオーラの視線がヴィルに釘付けね。私の勘が間違っていなければ、恋する女性の瞳をしているわ。
うーん、これはどうするべきなのかしら。なんだか挨拶回りをしているだけで、様々な人間模様が垣間見られるものなのね。ひとまず私は、この場ではヴィオーラの気持ちには気付いていないフリをする事にしたのだった。