翌日、宣言した通りマリアは我が家には来なかった。
さすがに10日も続けて出歩いたから、大人しく教会の予定に従ったのね。
渋々従うマリアを思い浮かべて笑ってしまう。
彼女は本当に正直で、最初は教会のスパイなのかなって思った時もあったのだけど、話している内にその線はないなっていうくらい、本当に普通の女子高生だった。
そんな私の元へ一通の招待状が届く。
それは、王妃殿下のお茶会でご一緒したブランカ・メクレーベル伯爵令嬢からだ。
内容はお茶会が開かれる旨と、その時に建国祭での非礼をお詫びしたいという内容だった。
あの時の事を謝るくらいの矜持は持っていたのね……私はもちろん気にはしていなかったけれど、王族やその婚約者相手に建国祭の祝賀パーティーで騒ぎを起こしたので、伯爵家としても動かざるを得ないのかしら。
ヴィルは自分も悪いからあまり大事にはしたくないって言っていた。
でもそこに陛下も来ていたし、なかった事には出来ない、か。
そしてそのお茶会の場所は、ボゾン子爵家で行うという事も続いて書かれていたのだった。
ボゾン子爵家という事はレジーナ嬢の邸ね。
あの時、レジーナ嬢は特に私に攻撃していたわけではない。
攻撃してなかったけど、あの人達の仲間ではある。
子爵家だし立場も弱いから、もしかしたらブランカ嬢やその他の令嬢から断れない弱みを握られている可能性も……なんだかあのブランカ嬢にいいように使われている感じがして、嫌な感じしかしない。
そんな事を考えていると、夕方あたりにイザベルがやって来て、私の部屋でお茶をする事になったのだった。
「申し訳ございません、突然訪問してしまって」
「気にしないで、イザベルも誘われていたって知って嬉しいんだから。あのメンバーの中に一人で出席するのはちょっと嫌だし……それも考えてイザベルも誘ってくれたのかしら」
「そうでしょうね。私とオリビア様が、仲良く……している事も知っているでしょうし」
イザベルは”仲良く”という言葉が照れ臭かったのか、顔を赤らめてモジモジしていた。
可愛い……抱きしめたくなっちゃうわね。
「そうよね、私たち仲良くしているものね」
そう言ってニコニコ笑いかけると、さらに赤くなってモジモジし始める。
う――――ん、こんな可愛い子がいていいのかしら。私が幸せにしてあげたい、なんて思ってしまう。
「じゃあ当日は一緒に行きましょうよ。私が馬車でイザベルのお家に迎えに行くわ。そこから子爵家まで一緒に乗って行きましょう。帰りも同じように帰って来れば問題ないし!」
「分かりました、ではそのような流れで考えておきます」
こうしてイザベルとの話し合いは終わり、その日の夜に出席のお手紙を書いて送り返した。
お茶会は手紙をもらった日から二日後だったので、次の日にドレスなどは持ち合わせで間に合わせるように手配した。
そんなに気合を入れる必要もないし、メンバーもメンバーだろうから早めに切り上げて帰ってきましょう。
マリアは教会の予定にしばらく付き合うって言ったので来る事はなく、そのままお茶会当日を迎え、朝食をとって支度を整えたらすぐに公爵邸を出発したのだった。
~・~・~・~
子爵家は公爵家の邸からはかなり遠く、公爵家や伯爵家とは違い、王都に屋敷があるわけではない。
身分と財産は比例するもので、王都に居を構えられるのはそれなりの財力がある諸侯のみというわけで、子爵領まで馬車でも片道2時間以上はかかる道のりだった。
イザベルを伯爵邸で乗せてから北の方角へずっと進んで行くと、前方に海が見え始める。
北の方に向かっていたから王都とは少し気温が違うのね……長袖のジゴ袖を着てきてよかった。
海沿いの景色を眺めていると、公爵領とちょっと似ている感じがする。
公爵領は王都から西にずっと離れているので、海沿いとは言えそこまでお互いに干渉しないのかしら。
公爵家のマナーハウスは裏側が海なので海沿いに建てられているけれど、子爵邸は海からは一番離れた領地の入口付近に建てられていた。
屋敷はこじんまりしていたけど植物に溢れたとても可愛らしい屋敷……また違った異世界を連想させる造りだなと感動していた。
「素敵ね……なんだかアニメで出てきそうなお屋敷だわ」
「アニメ……ですか?」
「えっと、異国の絵本みたいな物ね!」
「そうなのですね……オリビア様は博識ですね」
……危なかった。ついつい前世のワードが出てしまうのよね……マリアに聞かれたら、どうしてアニメを知っているのかって思われちゃうから気をつけないと。
自身の知らない事を知っている私を目を輝かせて博識だと褒めてくれるイザベルに罪悪感を持ちつつ、馬車は子爵邸の前に着いたので静かに止まった。
私とイザベルは馬車から降りると、門番に挨拶をして中に通された。
護衛として一緒に来ていたゼフは馬車で待機となると伝えられると、ゼフにはそこにいて、と顔で合図する。
まぁ女子会みたいなものだから中には入れてもらえないわよね。
ゼフならこっそり屋敷に潜入してどこからか見守ってくれそうだし。
「ようこそいらっしゃいました!オリビア様、イザベル様。王都からは遠いのでお疲れではないですか?」
「ごきげんよう、レジーナ様。ご招待してくださり、ありがとうございます。お気遣い感謝いたしますわ。疲れなどは全くありません。本日はよろしくお願い致します」
レジーナ嬢は王妃殿下のお茶会の時同様、絶えずニコニコしながら挨拶をしてくれた。
あの時も最初から最後までニコニコしていて、まったく意図が読めない人だったわね。
今日は手紙の送り主であるブランカ嬢が主催のはずなのに彼女が出て来ないところを見ると……本当に彼女達にいいように使われているんじゃないかしら。
ブランカ嬢も謝罪する気があるのか疑わしく思ってしまう。
「ではブランカ様もすでにお待ちですので、庭園の方にご案内致しますわ。こちらです」
「ありがとう」
レジーナ嬢の後ろについて歩いていくと、屋敷のいたるところに植物が植えられていて、趣のある素晴らしい屋敷だなと感じる。
「色んな植物がありますのね……素晴らしいわ」
「……お褒めに預かり恐縮ですわ。屋敷の周りは亡き母の趣味でもあるのです」
「お母様の?」
「はい、母はあまり身分が高くないものですから……庭いじりしか取り柄がなくて」
「そ、そうなの、ですね……」
私は身分が低いという事に引いたわけではなかった。
自分の母親の事を取り柄がなくてって言ってしまう事に驚いてしまって、ついどもってしまう。
「申し訳ございません。このようなお話、公爵家のご令嬢にするお話ではありませんでした」
「いえ、いいのよ。身分は関係なく、お母様はとても素晴らしい庭をお造りになっていたと思いますわ」
私が笑顔でそう答えると、レジーナ嬢はニコニコしたまま、また歩き始めたのだった。うしろからイザベルが耳打ちしてくる――――
(何か妙な空気を感じますね。お茶を飲んで少しお話したら、早めに退席した方がいいかもしれません)
イザベルの言う通り、何か嫌な空気を感じる。
この後のお茶会がどのようなものになるか分からないけれど、レジーナ嬢に悟られないように、無言でイザベルに頷いたのだった。