佐藤竜也は玄関先で落ち着かない様子で立ち尽くし、両手を何度も擦り合わせながら、しばらくその場を行ったり来たりしていた。ようやく覚悟を決めて、ドアをノックする。
「九条さんはいらっしゃいますか?」
声をできるだけ柔らかくしようとしたものの、そのガラガラ声はどうしても隠しきれず、後ろに控えていた二人の用心棒は思わず身震いした。
「どなたですか?」
ドアを開けた九条莉子は、目の前にいる、へらへらした金髪男の顔を見た瞬間、せっかく落ち着いた気持ちが一気に冷めてしまった。
「あなたなの?」
彼女は冷ややかに言う。「何の用?」
数日前、彼女にぶつかったあげく、逆に賠償を要求してきた男だ。今日は満面の笑みでやってきたが、どうせろくな用事ではないだろうと、すぐにドアを閉めようとした。
佐藤竜也は素早く手を伸ばし、ドアの隙間を押さえた。
「九条さん!待ってください!僕、佐藤竜也です!今日は心からお詫びに来ました!」
彼は深々と腰を折り、額には冷や汗まで浮かんでいる。
「本当にすみませんでした!この前は本当に僕がバカでした。失礼をしてしまい、ご迷惑をおかけしました。心から謝ります。どうか、どうか今回だけはお許しください!」
あの日、警察に連れていかれてもまだ強気だったが、父親に引き取られた後、ひどく叱られ、殴られた。父親は自分を警察に突き出したあの男に頭を下げ、謝罪した。
その夜、全身に打撲を負い、夜通しうめきながら、ようやく自分がとんでもない相手に手を出してしまったことを悟った。
内心、やりきれない思いでいっぱいだった。まさか、電動自転車に乗っていたあの女性が、横浜でも指折りの九条家の人間だったとは。きつく叱られてからは、すっかり大人しくなった。佐藤家が横浜で生き残るためにも、頭を下げてでも許してもらうしかなかった。
家を出る前、父親からは、たとえ土下座しても九条さんの怒りを鎮めろと、何度も念を押された。
佐藤はすぐに後ろの用心棒に合図を送る。二人はすぐに動き、持参した品々を九条莉子の目の前に積み上げた。
「これはほんの気持ちです。体にいいものや、女性が好きそうな小物を持ってきました。どうか受け取って、僕の非礼を許してください!」
そう言うと、佐藤は深々とお辞儀し、用心棒たちも頭を下げた。
九条莉子は驚いて、「やめてください!」と慌てて言った。この態度の急変には、むしろ警戒心が強まる。
改めて品物を見ると、高級な人参や鹿茸などの健康食品から、今季のブランドバッグや香水まで、どれも高価なものばかりだ。
「謝罪は受けますが、医療費だけ振り込んでください。それと自転車の修理代も。この品物は高すぎて受け取れません。」
九条莉子はスマホで決済コードを差し出した。笑顔の相手を無下にはできないが、贈り物は絶対に受けない。
彼女の態度があまりに頑ななので、佐藤は焦り始めた。
「九条さん!本当に心から謝罪しているんです。どうか、受け取ってください!こんなもの大した価値じゃありませんから、どうか遠慮なさらずに!」
慌ててカードを取り出し、丁寧に差し出す。
「せめてこれだけでも受け取ってください!これはそごう横浜店のダイヤモンドVIPカードで、系列のどの店舗でも最高ランクのサービスと割引が受けられます!」
「いえ、医療費だけで結構です。」
莉子はきっぱりと断る。タヌキがニワトリを祝うようなものだ。簡単には信用できない。
佐藤は本当に困り果て、膝をついて今にも土下座しそうな勢いで懇願した。
「九条さん、父に言われたんです、もし受け取ってもらえなかったら、またひどく叱られるって……。どうか、お願いします!」
声は半分泣きそうで、背中の傷もまだ痛む。帰ってまた叩かれるかと思うと、恐ろしくてたまらない。
これまで好き放題生きてきたが、父親にここまで厳しくされたのは初めてだった。この相手だけは、絶対敵に回してはならないと痛感した。
莉子は顔を背け、なぜここまで必死なのか理解できなかった。数日前まであれほど横柄だった男が、今や地に頭をつけてまで許しを乞うとは。
佐藤は膝をつき、その場から動く気配もない。
莉子は観念して、「……分かりました、このカードだけは受け取ります」とダイヤモンドカードを受け取った。「でも他の品物は持ち帰って。これ以上無理を言うなら、このカードも返しますから。」
佐藤は、ここで引き際を間違えないことが大事だとすぐに悟り、すばやく立ち上がった。
「九条さんにお許しいただけて、本当にありがたいです!横浜のことなら何でも僕にお任せください。全力でお手伝いします!」
用意していた名刺を差し出す。
九条家とつながりを持つことは、父親からくれぐれも念を押されていたことだ。ここで気を抜くわけにはいかない。
「どうぞごゆっくりお休みください。今日はこれで失礼します!」
一礼して、用心棒と共にそそくさと帰っていった。テーブルいっぱいの贈り物はそのままだ。
莉子が後ろから呼び止めても、知らぬふりでドアまで閉めてしまった。
高価な品々を前に、莉子は眉をひそめた。もともと人に借りを作るのは好きではない。金額は医療費をはるかに上回っている。
そごう横浜店といえば、国内でも有名な高級百貨店だし、佐藤竜也の素行の悪さも横浜では有名だ。
これまで傍若無人だった男が、突然ここまで頭を下げてくるとは、何か理由があるに違いない。
ふと、九条直樹の品のある冷ややかな顔が脳裏に浮かぶ。
まさか――彼が関わっているのか?
パソコンを手に取り、莉子は思わず「九条直樹」と検索窓に打ち込んだ。
検索結果はほとんどなく、同姓同名の情報ばかりで、年齢や職業も合致しない。
ほっと胸をなでおろす。「まるで小説みたいに、知らないうちに大物と結婚してたなんて……さすがにないか。」
昼は一人だったので、吉田麻衣に食事を頼まず、自分で出前を取った。家に他人がいるのは、どうも落ち着かない。
午後はデザインに集中し、ようやくコムデギャルソン向けの初稿がほぼ完成した。コムデギャルソンは国内でも有名なアパレルブランドで、今回の仕事は来シーズン向けの新作アクセサリーのデザインだ。
田中美雨の案が二度も却下され、先方もかなり不満を募らせていた。そこで莉子は発想を切り替え、自分の感性を信じてゼロから作り直した。
もともと作業は早い方だし、普段からアイデアを整理していたので、二日で何とか初案をまとめあげた。
営業時間を過ぎてからすぐに返事が来たことからも、先方の期待の高さがうかがえる。
コムデギャルソンの担当者は強い関心を示し、四日後までに最終案を出してほしいと依頼してきた。
時間がない。莉子は徹夜の覚悟を決める。これは初めて一人で任された大事なプロジェクトだ。絶対に手を抜くわけにはいかない。
夕方、吉田麻衣がいつものように夕食を作りに来たが、直樹がいないことに気づくと、どこか寂しげに帰っていった。
彼女が帰った直後、九条直樹が家に戻ってきた。