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第15話 打開ける局面

九条莉子は藤井あかりに支えられながらエレベーターを待っていた。二人は小声で会話を交わしている。


その後ろを歩いていた田中美雨が、九条莉子の姿を見つけて嘲るように声を上げた。「あら、根性だけは人一倍ね。そんな体で出社するなんて。プロジェクト失敗して、佐々木部長に泣きつきに来たのかしら?」


彼女の声はわざと大きく、周囲の同僚たちの視線を集める。「やっとの思いでゲットしたプロジェクトも台無し、新しい仕事も始めた途端に事故。私ならもうとっくに辞めてるわ。どうせコネ入社でしょ?家も裕福なんだし、無理して恥をさらす必要ないのに。」


九条莉子は冷静な表情で田中美雨を一瞥し、淡々と言った。「私はあなたみたいに、簡単な仕事ばかり狙ってないもの。能力が限られてるなら仕方ないけど。」


そして皮肉を込めて続ける。「あなたがコムデギャルソンの案件を“譲って”くれたおかげで、私もすぐに実績が作れたわ。感謝しないとね。」


田中美雨は言葉に詰まり、しかしすぐに皮肉な笑みを浮かべた。「いいわ、どんな成果を見せてくれるのか楽しみにしてる!」


エレベーターが到着し、田中美雨はわざと九条莉子を押しのけて中に入ろうとした。その勢いで九条莉子はよろめくが、杖で上手くバランスをとる。


「きゃっ!」田中美雨は危うく転びそうになる。


「ふふっ……」藤井あかりは思わず吹き出した。「田中さん、足元には気をつけてくださいね。」


そんなやりとりの間にエレベーターの扉は閉まり、田中美雨は外に取り残された。彼女は悔しさで顔を歪め、扉を睨みつける。あんな新人に、絶対に成功なんてさせない――この案件は本来自分のものだったのに。


コムデギャルソンの担当者との約束は九時。九条莉子は準備を整え、会議室へ向かおうとしたが、突然お腹に違和感を覚える。


「先に行ってて、私はすぐ行くから。」莉子は藤井あかりにそう告げ、慌ててトイレへ向かった。


用を済ませ、手を洗い化粧を直し、万全を確認して扉を開けようとする――


だが、扉はびくともしない。


不穏な気配を感じ、何度も力を込めて扉を引いてみるが、全く開かない。すぐに携帯で藤井あかりに電話をかけるも、繋がらない。


――しまった、嵌められた!


瞬時に田中美雨の仕業だと察したが、今最優先なのはここから出ること。コムデギャルソンは時間厳守を重視する。遅れればプロジェクトは終わりだ。


手元の杖を見て、九条莉子は決意を固める。思い切り杖を振り上げ、力いっぱいドアノブ付近を叩きつけた――


会議室。


藤井あかりはすでにPPTを準備し、デザイン資料も配布済みだが、九条莉子は現れない。何度も入口を気にしながら、焦りを隠せない。携帯も持ち込んでいないため連絡が取れない。


「どうしたの?」佐々木部長が小声で尋ねる。


「あの、莉子先輩が先に行っててと言っていたんですけど、まだ来なくて……」藤井あかりの声には不安が滲む。


コムデギャルソンの担当者は何度も時計を見て、表情が険しくなる。リーダー格の黒いスーツの短髪男性が咳払いし、「時間です。デザインは悪くありませんが、何よりも時間厳守が大切です。御社の姿勢にはがっかりしました」と冷たく告げる。


会議室内にざわめきが広がる。


田中美雨は口元に満足げな笑みを浮かべ、席を立った。「佐々木部長、皆さん、申し訳ありません。うちの新人デザイナーが規則を理解していないようで。デザインも、まあ悪くないですが、たった一週間で仕上げたものですし……」


わざと間を取り、意味深に続ける。「もしかして“準備”ができていたのか、あるいは……誰かの“助け”があったのかもしれませんね?」


その言葉は暗に代作を示唆していた。案の定、コムデギャルソン担当者の顔はさらに険しくなり、メンバー同士で低く相談を始める。


田中美雨は畳みかける。「藤井さん、このデザインについて一番知っているのはあなたでしょう?デザイナーが来ないなら、あなたが説明したら?」


彼女は藤井あかりに視線を向け、挑発的な笑みを浮かべる。九条莉子がメンバーと深く共有していないと読んでのことだ。


一斉に視線が藤井あかりに集まる。彼女は顔色を少し青くしながらも、落ち着いて答えた。「もちろんです。」深呼吸をして、PPTに沿って説明を始める。緊張しながらも、要点をしっかりと押さえたプレゼンだった。


田中美雨の顔に一瞬驚きと苛立ちが浮かぶが、さらに余裕の笑みを見せる。――本番はこれから。


説明が終わり、藤井あかりがほっとしたその時、コムデギャルソンの担当者の一人がタブレットを掲げて質問した。「このデザインの中心にある花のモチーフですが、2年前の全国デザインコンテストの準優勝作品に似ていませんか?」タブレットには翡翠のペンダントの画像が映し出されている。確かに、今回の花のデザインとどこか似ている。


藤井あかりは冷や汗をかきながら答える。「デザインには似た要素が使われることも多いですし……例えば……」


「つまり盗用を認めるのね?」田中美雨がすかさず割り込み、リモコンを奪ってPPTを最初の画像に戻した。


「細かく見れば、花だけじゃない。他にも過去作とそっくりなところがたくさんある!しかも、そのコンテスト作品はオリジナルで、許可もない。私たちタサキはオリジナリティを重視しています。納期のために盗作なんて、ありえない。九条莉子は新人だから仕方ないとして、あなたも二年もいて注意できなかったの?」


田中美雨の声は会議室に響き渡った。


佐々木部長の顔はみるみる険しくなる。コムデギャルソンの担当者は激怒し、テーブルを叩いて立ち上がった。「こんな大事なプロジェクトを盗作の新人に任せるなんて!これが御社の誠意ですか?もう結構です!」


そう言って立ち去ろうとした、その時――


「待って――!」


「ドン!」と大きな音がして、会議室の扉が勢いよく開かれた。

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