会議室のドアが勢いよく開かれ、九条莉子が杖をつきながら息を切らして入ってきた。その姿に、藤井あかりがほっとしたように声をかける。
「莉子先輩!やっと来てくれたんですね!」
莉子は会議室を一瞥する。集まった人々はそれぞれ違った表情を浮かべている――面白がる者、困惑する者、成り行きを見守る者。彼女は動揺を隠せない田中美雨をじっと見つめ、コムデギャルソンの担当者へと視線を移し、丁寧に微笑んだ。
「今回のデザインの主担当、九条莉子です。遅れてしまい、申し訳ありません。」
その声には誠実さと謝意が込められていた。
「藤井からデザイン案についてはご説明があったかと思います。ご質問がありましたら、私からお答えいたします。コムデギャルソン様が誠意を大切にされているのは存じております。本日の遅刻については後ほど改めてお詫びさせていただきますので、どうかご容赦ください。」
莉子の謙虚な態度に、コムデギャルソンの担当者の表情も和らぎ、佐々木部長も安堵の息をついた。
田中美雨は顔色を変え、手を強く握りしめていた――確かにドアは自分が鍵をかけたはずなのに、なぜ莉子が現れたのか理解できない。
「言い訳はやめて!」田中美雨は声を荒げ、莉子を睨む。「あんたが盗作したのは明白よ、まだ何か言い逃れするつもり?」
莉子は田中の挑発を無視し、まっすぐコムデギャルソンの担当者に向き直った。
「盗作の疑いについて、はっきり申し上げます。私が自分で考えたオリジナルのデザインを使ったまでで、盗作ではありません。」
莉子はすかさず付け加える。
コムデギャルソンの担当者は驚いた様子で聞き返した。
「ということは、二年前の全国デザインコンテストで一等賞を取った作品は、あなたが手掛けたものだったのですか?」
莉子は微笑みながらうなずく。
「はい。本当は今日、正式にご説明する予定でしたが……」と、言葉を切り、田中美雨に意味深な視線を送った。
佐々木部長は長年の経験からすぐに事情を察した。同僚による悪意ある妨害で、会社の利益が危うくなるところだったのだ。心の中で田中の行動をしっかり記憶した。
田中美雨は真っ青になり、小さな声で「そんなはずは……」と呟いた。
彼女は、たとえ莉子がここに現れても盗作の疑いは晴れないと思っていた。しかし、そのデザイン自体が莉子のものであったことは、まったくの想定外だった。
莉子は杖をつきながら皆の視線を受け、落ち着いて壇上に立った。
インスピレーションからスタイル、コアとなるデザイン要素まで、論理的かつ分かりやすく説明し、コムデギャルソンの新作コンセプトに見事に合致していた。
莉子の自信に満ちた態度と誠意、新鮮で洗練された提案に、コムデギャルソンの担当者は何度も感心し、その場で契約が決まった。佐々木部長の人を見る目も高く評価された。
納得がいかなかった他のデザイナーたちも言葉を失い、実力の差を思い知って心から感服した者も多かった。
「タサキにはこんな逸材がいたとは!」コムデギャルソンの担当者が冗談めかして言う。「佐々木部長と長い付き合いじゃなかったら、うちに引き抜きたかったくらいですよ。」
佐々木部長は笑いながら軽く相手の肩を叩いた。
「長年のパートナーじゃないですか、そんなにうちの人材が気になりますか?」
「優秀な人は誰だって欲しいですよ。ちゃんと見張っておいてくださいね。」
契約がまとまり、莉子と佐々木部長はクライアントを見送りながら、背後から刺さるような視線を無視した。莉子は本来なら謝罪の席を設けるつもりだったが、怪我のことを気遣われ、発表会で改めて集まることとなった。
人が去ると、佐々木部長は大きく息をつき、満面の笑みで莉子に向き直った。
「莉子、今回は本当に助かったよ!この案件を逃していたら、ギンザ東京に取られるところだった。戻ったらすぐに昇給を申請しておくからね!」
主担当のデザイナーの給料は経験によって決まるが、莉子はこれでコムデギャルソンの大きな実績を手にし、今後も有望な案件が増えることだろう。
オフィスに戻ると、藤井あかりが駆け寄ってきた。
「莉子先輩!もう、さっきはどうなるかと……でも間に合って本当に良かった!」
少し落ち込んだ様子で、自分の対応が十分ではなかったと悔やんでいる。
莉子は彼女の肩を軽く叩き、励ます。
「十分頑張ってくれたよ。誰かが裏で手を回していただけ。」
藤井あかりは驚いた。
「田中さんだったんですか?でも、これは会社の大事な案件なのに……どうしてそんなことを?」
莉子は冷たく笑う。
「田中みたいな自己中心的な人間は、会社のことなんて気にも留めないのよ。」
「そういえば、田中さん今佐々木部長に呼ばれているみたいですけど、私たちも……」藤井あかりは心配そうに言う。
莉子は首を振った。
「大丈夫、佐々木部長がきちんと対処してくれるから。」
オフィスは会議室から近く、しばらくすると田中美雨がうなだれて出てきた。莉子を鋭く睨む。
莉子は余裕の表情でコーヒーを口にし、手を振ってからかった。
「田中さん、顔色悪いですね?叱られちゃいました?」
田中美雨は激昂し、そのまま莉子のもとへ詰め寄った。
「九条さん、いい気にならないで!たとえ私だってバレてもどうってことないわ。私、会社には長くいるから佐々木部長だって新人のあんたより私の方を大事にするに決まってる。今回は運が良かっただけよ!私がいる限り、あんたに楽はさせない!」
そう言いながら、莉子の冷静な顔にますます怒りを募らせた。
莉子は冷ややかな目で携帯を取り出し、軽く振って見せる。
「もう終わり?この録音、みんなに聞かせようか?」
「なっ……!」田中美雨は顔色を変え、携帯を奪い取ろうとした。
「消して!」と叫ぶが、莉子は動じない。
「大丈夫、ちゃんとバックアップしてあるから。壊したいならどうぞ。ちょうど新しいのが欲しかったし。」
田中美雨は手を握りしめ、結局何もできずにいた。
「覚えてなさいよ!」
そう捨て台詞を吐いて、結局何もできずに出ていった。その様子を外の同僚たちも見ていた。
「ふふ、また新人いじめて失敗したみたいね。」
「私も入社したての頃、プロジェクト取られたことあるよ。」
そんなひそひそ話が、オフィスに漂っていた。