夕焼けに染まる空が鮮やかに広がり、インペリアル・トップに立つと、神奈川県全体の壮大な景色が一望できた。車や人々の流れが、まるで小さな蟻のように動き、街の活気を高みから眺めることができる。
莉子は窓の外の景色に見入っていたが、直樹からの問いかけに、今日の会社での成功を思い出し、口元に嬉しそうな笑みを浮かべた。「もちろんよ。コムデギャルソンのプロジェクトを獲得できて、日本でのビジネスも順調なスタートを切れたわ。」そう言いながら、頭を支えて会社での面白い出来事を話し、田中美雨の件はさりげなく省いた。ジュエリーデザインの話になると、自然と目が輝く。
そよ風が莉子の髪を揺らし、ふわりと直樹の頬をかすめる。白い横顔に明るい笑みが浮かび、ひときわ魅力的だった。直樹は無意識のうちに莉子の髪先を指に絡め、自然と腕を彼女の細い腰に回した。
莉子が振り向くと、唇が思わず直樹の頬に触れた。咄嗟に身を引こうとしたが、しっかりと抱きとめられる。
深い眼差しでじっと見つめられ、まだ頬には彼女のやわらかな感触が残っている。視線は莉子の唇に落ち、心の中の抑制が少しずつほどけていく。
直樹はゆっくりと顔を近づけ、そっと莉子の唇を重ねた。想像していた通り、やわらかくて温かい。果実のような清々しい香りと、かすかな花の香りが混じり合い、彼女の笑顔のように爽やかで、どこか抗えない魅力があった。優しく唇を重ねると、莉子も少しぎこちなく応える。直樹は大きな手で莉子の後頭部をそっと支え、その動きはどこまでも丁寧だった。
夕暮れの柔らかな光が二人を包み込む。キスが終わっても、莉子はまだ少し目眩がしていた。直樹の清々しい香りが強く残り、彼女の世界に新しい感覚をもたらした。
見上げると、直樹の笑みを湛えた眼差しとぶつかる。いつもは冷たいイメージのあるその瞳が、今は温もりに満ちていた。
莉子は戸惑いを隠せずにいると、タイミングよくウェイターが料理を運んできてくれた。直樹は優しく目を細め、彼女のために料理を取り分ける。帝国ホテルのシェフによる絶品ディナーを、莉子は存分に堪能した。
一方、モニタールームでは、白いスーツ姿の潤がワイングラスを手に目を丸くしていた。「高橋、これ本当にお前の社長か?」信じられないといった顔で、隣の優樹に問いかける。
「ご覧の通り、九条社長と奥様はとても仲が良いですよ。」優樹は肩をすくめ、潤の驚いた様子にどこか満足げだった。
潤は何度も目をこすった。画面の中、優しく料理を取り分ける男が、昔からよく知っている、あの人見知りで冷徹な直樹と同一人物だなんて信じ難かった。学生時代、ラブレターを平気でゴミ箱に捨てていたあの「冷血漢」とは思えない。
九条家が結婚相手を用意したと聞いたときは、どんな子が不幸になるのかと面白がっていたのに、直樹が相手を徹底的に隠していたから、てっきり乗り気じゃないのだと思っていた。しかし、今となっては、あれはすべて計算ずくの行動だったのだと悟る。
確かにこの子は美人だし、端正な顔立ちに、特にその瞳の輝きは印象的だ。直樹が夢中になるのも無理はない。潤は、もっと早く知っていればと内心悔しがりつつ、他の仲間にもこの事実を伝えようと決意した。
食事のあと、莉子は一人で下のフロアの化粧室へ向かった。風で乱れた髪を整え、鏡の前でメイクを直す。唇の色はほとんど落ちており、パフで軽く押さえながら、つい先ほどのキスが頭をよぎる。
頭を振って気持ちを切り替え、素早くメイクを仕上げる。
化粧室を出た瞬間、「莉子?こんなところで何してるの?」と、わざとらしい声が響いた。莉子は心の中でため息をつきつつ顔を上げると、清佳が夏樹の腕を取りながら、結菜たち「仲良しグループ」と一緒に歩み寄ってきた。
「莉子、どうして家に帰ってこないの?お父さんもお母さんも心配してるのよ。男の人のために家に帰らないなんて!」清佳は咎めるような口調で莉子の服装を値踏みし、心の中で――どうせここのスタッフなんでしょう、客のはずがない――と決めつけている。
結菜もすぐに察して、口元を押さえながら小さく笑う。「清佳、これ莉子でしょ?久しぶりに会ったけど、ずいぶん変わったわね。だって、最近結婚したばかりなのに、式の日に男の人に抱えられて出てきたって噂も聞いたわよ……」言葉には悪意が滲んでいた。
「まったく信じられない。四年前に駆け落ちして、戻ってきたと思ったらすぐに結婚、しかも式の日にあんなことして、早坂家の恥さらしよ!」と、結菜は清佳の指示を受けて、さらに辛辣な言葉を浴びせる。
夏樹も嫌悪感を隠さず目をそらし、「莉子、どうしてこんなふうになったの?清佳やお義父さんお義母さんがどれだけ心配してるか分かってる?早坂家は君を育ててきたのに!」と責め立てる。
彼は清佳の手を強く握り、まるで自分たちが正義であるかのような顔をしていた。
廊下の狭い場所で、彼女たちは莉子を取り囲む形になった。
莉子は冷たく笑い、「清佳、結婚式の日に何があったのか、言ってみる?四年前、早坂家が私に何をしたのか、今ここでみんなに話してもいいの?私が“踏み台”の娘としてどう扱われてきたか、全部暴露してもいいのかな?」と、はっきりとした声で返した。
結菜はすぐに清佳の前に立ちふさがり、莉子を睨みつける。「また清佳のせいにするつもり?四年前と同じように、自分の非を他人に押し付けるなんて、本当に最低!」