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第15話 ブレイクタイム

 7月5日。ついに3つの論文が完成した。それぞれ後世ではホイター定数、ホイターの和公式、円陣倍数定理と名前がついているものだ。

 こうして3つの論文をカラーニン科学学院とブリニッシュ王立科学協会に提出して、ひとまず直近の問題は解決した。


「しばらくは自由な時間が過ごせるぞー」

「果たして、そんなことができるかな?」


 雨宮の呟きに、ヌルベーイが答える。


「自由な時間が過ごせないって、一体どういうことですか?」

「未来の君が知っているかは分からないが、今のホイター君は優秀な学者なんだ。教えを乞いたい人はたくさんいる。論文の査読を名指しで送って来ている人もかなりいる」


 そういってヌルベーイは、木箱に入った大量の論文冊子を持ってくる。


「これって……」

「そう。ホイター君に読んでもらいたいと、世界中の学者が送ってきた論文だ。一つくらいは読んで返事を返してあげたほうがいいんじゃないか?」

「そんなこと……できるんですかね?」

「分からないなぁ。ホイター君の知識があればなんとかなると思うけど……」

「それはちょっと酷なんじゃないっすかねぇ……」


 そんなことを言いながらも、論文の一つを取り出して内容を見てみる。

 論文の題名は、「母語文字とそれ以外による魔法陣の効率変化について」とある。


「こういう問題、未来では義務教育の中で学習しましたね……」

「そうかい? なら査読もできるんじゃないか?」

「うーん。自信はないですけど、やってみます」


 雨宮は木箱を持ち、研究室中央の机の上に置く。


「やるかぁ……」


 雨宮は意を決して、論文の査読に入った。

 結論から言えば、論文自体はそこまで難しいものではなかった。前述の通り、雨宮が小学校や中学校で習ったような問題を、小難しい言葉で並べている論文が多かったのだ。それゆえに読み込む必要はあったが、難しい知識を要求しているものは少なかった。

 3日ほどで、10本の論文を読み終える。しかし、論文はまだまだ存在する。これらを片付けるまでは、次の論文に手をつけるわけには行かないだろう。


「うわぁ、マジでめんどくさい……」


 10本目の論文を片付けたところで、雨宮は椅子の背もたれに体を預ける。脳が疲労で悲鳴を上げている感覚がした。


「ちょっと甘いものとか、コーヒー飲みたいな……」


 そういって研究室を出て、数学研究棟から歩いて数分の所にあるカフェテリアへと向かった。雨宮になる前のホイターは累計数回ほど利用しているようで、来たくないわけではなかったようだ。

 カフェテリアに入ると、数人ほどの学者が珍しい顔をしてこちらを見る。

 雨宮は空いていた席に座り、メニュー表を開く。軽食を提供しているらしく、ワッフルなどが用意されているようだ。


(ワッフルもいいな……。コーヒーと合いそう)


 そんなことを考え、雨宮は店員を呼ぶ。


「ご注文は?」

「コーヒーとワッフルを」

「しばらくお待ちください」


 注文が終わると、雨宮は周囲の様子を見てみる。その場にいるほとんどの人が、本や新聞を読んでいたり、複数人で議論している。未来の雨宮であったら、スマホでネットサーフィンをしていたのだろうが、この時代にそんな便利なものは存在しない。

 ちょうど新聞の売り子がいたので、雨宮も新聞を購入することにした。


「まいどありぃ」


 新聞にしては安いなとおもったが、現代のような数十ページもあるようなものではなく、一枚の紙を二つ折にした4ページの簡単な新聞であった。それでも情報を得られるのはありがたい。

 まず一面には、モンクア帝国とドゥリッヒ王国の間で勃発していた戦争が集結し、無事に和平が結ばれたことが書かれていた。それと同時に、ドゥリッヒ王国のことを良く思わない周辺国家との緊張感が高まっており、モンクア帝国と戦争になる可能性があることが書かれている。


(こりゃ面倒なことになりそうだな……)


 戦争に巻き込まれることを避けるには、研究を続ける必要があるだろう。こういう場合、研究者は戦争に駆り出されることはほとんどないからだ。

 紙をめくり、二面、三面を見る。どこそこの子爵が亡くなったとか、とある騎士が男爵になったとか、最近の科学や魔法のニュースなども載っている。

 こういう情報を得られるのは、非常に貴重であろう。

 しばらく新聞を読んでいると、コーヒーとワッフルが運ばれてくる。


「ごゆっくりー」


 砂糖が一緒に運ばれてきた。雨宮はコーヒーに砂糖をたっぷりと入れ、コーヒーをすする。


「あちちっ」


 ゆったりとした時間を過ごす雨宮であった。

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