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第12話

その日の夜のこと。

宿のベッドの中でウトウトしかけた頃、コンコンとドアがノックされた。


「ねえお兄さん、ちょっと飲みながら話でもしない?」


ドアを開けると、宿番のソバージュ女がワインボトルとグラスを持って立っていた。なんの話だろう。ルベンさんの邸宅を教えてくれたりもしたわけだし、話を聞くくらいならと部屋の中に入れることにした。


「じゃあ、とりあえず乾杯でもする?」

「あ、はい」


俺は注いでくれたグラスワインを手に持ち、ソバージュ女のグラスに合わせて乾杯。一口含でみると、まあ中々美味だった。爽やかな酸味と独特なタンニンの渋みが口の中に広がる。こちらのワインもいけるみたいなので、今度自分でも買ってこよう。


「そういえば俺に話って何ですか?」


ソバージュ女は俺の目をジトっと見て、人差し指を気だるそうに立て妖艶な笑みを浮かべる。


「もうわかってるくせに野暮なこと言わないの……。私、お兄さんのことずっと気になってたんだ」


「えっと……」


よくみればソバージュ女はかなり際どい恰好をしていた。俺に興味なんてなさそうに見えたんだけど、やはり朴念仁の俺には女心がよくわからない……。というか部屋に入れたのは完全なる失敗だった。


彼女は正直俺の好みではなく受け入れることはできない。彼女を傷つけずに断らないと最悪怒らせてしまい宿屋を出禁になりかねず、それは回避したい。


「ちょっと暑くなってきちゃったかも」


そうこうしている間にソバージュ女は服をはだけさせながら俺の方ににじり寄ってきた。


体を密着させようとしてくるソバージュ女を何とか両手でブロックするが、それも限界になったところで完全気配遮断をアクティベート。


ドア側に移動。


ソバージュ女は目の前で急に俺がいなくなり、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして俺を探している。


俺は完全気配遮断を解除しドアを勢いよく開ける。


「お姉さん、冗談で俺をからかうのはいい加減にしてください! 俺明日もあるんですから、出て行ってください!」


俺はソバージュ女にあえてキツイ口調でそう告げた。


冗談でやっているんでしょ! という体にすれば断られたということにはならず、彼女の自尊心は保たれるはずだ。


「……つまんない坊や。興ざめだわ」


ソバージュ女はいつも受付で見る気だるそうな表情に戻ると、タバコにマッチで火をつけしばらく紫煙をくゆらせた後、「おやすみなさい。坊や」と言って部屋から出ていったのだった。



「はあ……」


俺はベッドを背もたれにして座り込み、ため息とともに胸を撫でおろしていた。


これでとりあえずは破滅的な嫌われ方はしていないはず。

据え膳食わぬは何とやらと言う人もいるが、俺は来るもの拒まずというタイプではない。むしろ警戒心が強すぎて、中々他人に心を開くのが難しいと思うことが多い。


こんなどうしようもなく人間を信じることができない自分だ。

そんな俺が好意を寄せてくれる女性を拒絶してしまった。

嫌われなかっただけでも俺にしては上出来なのだと、頑張ったのだと自分で自分を褒めてあげないでどうする。


そうじゃないと、救われないじゃないか。



窓を全開にした俺は、酒気とタバコと女の気配を全てまるごと夜の漆黒に溶かし込む。漆黒は全てを包み込んでくれる優しい色だが、何色にも染まらず全てを無かったことに消してしまう残酷な色でもある。


窓を閉め部屋を振り返ると、まるでその空間には始めから何もなかったかのような虚無が広がっていた。


空っぽになってしまった部屋で一人、俺はただただぼんやりと虚空を眺めるしかなかった。


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