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第51話

 翌朝、早速高く買い取ってもらえるミスリル製品の鍛冶仕事をしようと鉱業ギルドに顔を出すと、長髪のスーパー金髪イケメンがカウンターでオリビアさんとリリアさんを口説いている真っ最中だった。


 ――何やつ、成敗!


 俺からすれば昨日の今日、また変な虫が沸いたくらいの感覚だ。昨日使った危険物はまだインベントリにあるので、完全気配遮断を実行しようと頭の中で必殺仕事人のテーマが鳴ったところで。


「……ごめんなさい!!」


 オリビアさんが律儀にも相手に深々と頭を下げていた。オリビアさんがそういう丁寧な対応に出るときは、相手もそれ相応に紳士的な人である証拠。俺は一旦振り上げた拳を下げることにした。


「残念だよ、麗しきマドモアゼルたち。僕はあのバカ兄貴の代わりに父上を引き継ぐことになったローエン・メナンドール。皆さんもよろしくだよ?」


 メナンドールと名乗るお貴族様はカウンターで対応する美女二人だけではなく、周りで見守っていた鍛冶師や堀師連中、固唾を飲んで見守っていたギルドのお偉いさん連中全員に対して言葉を発した。


「そんな、メナンドール様! こちらこそよろしくお願いします!」


 ギルドマスターと思しきガタイの良い上等な服を着た人が、メナンドール様に深々と頭を下げた。


 メナンドール様は、どうやら息を吸うように女を口説くようなタイプのお貴族様だったようだ。つまりオリビアさんとリリアさんに執着していたあのクソ豚貴族とは本質的に違うということ。


 セクハラされる心配はしなくて良さそうなので、少しだけ警戒を解く。オリビアさんも交際を断っていたので、若干ホッとする自分がいる。


 でも俺たちは友達にすぎない。そんなふうに思う筋合いでもないだろうに。



 メナンドール様はカウンターから離れ、執事のところへ。俺とすれ違いざま、なぜか俺にウインクをする。なんだ?


 メナンドール様は執事から綺麗な花束を受け取ると、オリビアさんとリリアさんに跪き優雅に花束をプレゼントした。オリビアさんとリリアさんの表情が華やぐのを見てしまった。



 あ……。これダメなやつだ……。


 オリビアさんみたいな綺麗な女性は俺にこそ相応しいんだぞと、メナンドール様は見せつけてるんだ……。


 先ほどオリビアさんが交際を断って安心したのもつかの間、また不安を俺が支配する。どんどん嫌な方嫌な方に思考が巡っていく。


 オリビアさんは初対面の俺に好きだと言ってくれたけど、それは単に神様のせいで俺の面が整っているからにすぎず、俺の内面を好きになってくれたわけじゃない。


 それにメナンドール様なら見た目も良く性格まで良さそうだ。何より彼は金も権力もある。オリビアさんの幸せを第一に考えるなら、メナンドール様ほど有望な結婚相手はいないはずだ。


 俺の頭にオリビアさんがメナンドール様と結婚相手として結ばれキスをするシーンが目に浮かぶ。頭の中でチャペルの鐘の音が鳴り響き止まってくれない。


 俺はそこまで考えたところで、心に刺さって抜けない棘のような痛みが走るのを感じた。


 俺は逃げるようにその場から立ち去った。




 ……俺はその日、なぜかオリビアさんを避けるように過ごした。


 もちろんお弁当を受け取ったりはしたけど、いつものように仕事後にデートをしたいという気分ではなくなってしまった。


 なんだか変な気分だ。誰にも心を開きたくないような、拗ねてしまったような気持ち。この気持ちは何なのだろうか。



 俺はそんなモヤモヤした気持ちをハンマーに乗せ、灼熱のミスリル鉱石に叩きつける。


 ……Cランクの熟練度がLv4になり安定して【普通】のミスリル装備が作れるようになってきた。


 この品質が【最上級品】になれば装備にスロットが付くので、今目指しているのはそこ。カードが戦略上重要な意味をもつこのMMOでは、装備にカードスロットあるかどうかは決定的に重要だ。


 最初は【粗悪品】しか作れなかったのにようやく【普通】のものが作れるようになった。一歩一歩近づいてはいるので、このままコツコツ頑張ろう。


 でも何だか今日は上の空で作業に身が入らないな。



 帰りのカウンターにはわざとリリアさんが空いている時を見計らい清算し、いつものオリビアさんとのデートはせずに帰った。ミスリル装備【普通】は大金貨3枚と高額で売れたのに、俺の気分が晴れることはなかった。


 マメがくーんと鳴き「オリビアお姉ちゃんは?」と俺を見上げる。そんなに責めないでくれよ。俺にもよくわかんないんだよ。でも今日はオリビアさんと話したくないんだ。


 絶対嫌なことを言ってしまいそうで。そうしたら、嫌われてもう二度と友達の関係には戻れなさそうで。



 ……いや、違うな。それも言い訳だ。


 このどうしようもない情けない気持ちが嫌で仕方なくて。


 俺はオリビアさんから逃げたのだ。



 自分の気配を完全に遮断して。何もなかったかのように、何も見なかったフリをする。相手の気持ちなど何も考えずに全て置き去りにしてしまう。いつもの悪い癖だ。


 そんなことをすれば必ず大事にしていたはずの誰かを傷つけてしまうのに。


 自分の心を守るためだと自己中心的な言い訳をして。


 その後決まっていつもこうして俺は、自分勝手な自己嫌悪に陥るんだ。


 どうしても警戒心が強すぎてオリビアさんみたいに性格の良い娘ですら信じきることのできない。


 これを虚無と呼ばずして何というのか。


 ……もうこんな友達ごっこみたいな茶番は終わりにしなきゃな。オリビアさんだって迷惑だろう。



 俺は、このままこの世界から消えて居なくなってしまいたいという気持ちに囚われた。こんな想いをするのはもう嫌だ、楽になりたいと。


 鉱業ギルドから外に出ると、外はしとしとと雨が降り注いでいた。


 俺はそのまま完全気配遮断をアクティベート。


「ほんと俺におあつらえ向きのスキルだな」


 俺は自嘲気味に笑う。何もかもが虚しい。


 そうして俺は、行先もわからず傘もささず。人知れず涙を流しながら、ただただ空虚に町中をフラフラと彷徨い続けた。

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