夕飯は特にハプニングのようなものはなかった。オリビアさんの手がうっかり俺の手に触れてしまったときは、若干のプレッシャーは感じたが、ピキるというほどのことでもなかったと思う。
オリビアさんもその辺は察してくれたのか、アーノルドさんの前で俺とイチャイチャしたりはしなかった。
俺もアーノルドさんとは毎日のように顔を合わせているので、むしろ知らないどこぞの鬼軍曹さんよりかは気が楽だった。
弟君たちは終始ギャーギャーワーワーとせわしなく、落ち着きはなかったけど、まあ親戚の家でよく見た風景だった。
お風呂にはアーノルドパパが一番風呂、その後小さな弟君とオリビアさんが一緒に入り、俺、ママの順番で入った。俺は最後でいいと言ったのだが、マリーさんがどうしてもとお互い譲る雰囲気がなかったので、俺の方が折れた。
マリーさん、本当に良い人で、やっぱりオリビアさんのお母さんなんだなと思った。
マリーさんの勧めで泊っていくことにもなった。遠慮したんだけど、「いいからいいから」と。
寝床はオリビアさんの部屋でオリビアさんと長男のジーク君、アーノルド夫婦の寝室でマリーさんと次男のライプツィヒ君、居間でアーノルドさんと俺が布団を敷いて寝ることになった。
マリーさんからは「うち狭くてごめんなさいねえ、しかもパパと寝るなんて……」と謝られた。俺は「全然大丈夫です!」と返した。
まあ確かにアーノルドさんがオリビアさんのお父さんだったのは驚いたけど、毎日世話になっている人だ。今度飲みに誘おうと思っていたくらい尊敬している人だし、別に気まずいということはない。
アーノルドさんはこう見えて部下想いの情の厚い人。面倒見もすこぶる良い。むしろ人づきあいが苦手な俺にしては珍しく好意をもっているくらいだ。
その夜、皆が寝静まった頃、アーノルドさんが話しかけてきた。
「ハイド君、まだ起きてるかい?」
「……はい」
「ちょっと話でもしよう。……そうだな、俺も一応部下を指導する仕事をしていてね。君を見ていてわかったことがある。君、生きていて虚しいと感じることがあるだろ?」
「……あ、はい。なんでわかったんですか?」
正直驚いた。そんなことがわかったりするもんなのか。
「俺は仕事柄部下の生き死にを見続けてきた。面を見てればわかる。……君、このままじゃ長生きできないぞ。悪いことは言わない、誰かのために生きてみなさい。人は自分のために生きるだけじゃ、生を実感できるようにはできていない生き物なんだよ」
「っ……!」
俺は心の中をズバリと言い当てられ鳥肌が立つ想いがした。
「今すぐ家族をもてなどと厚かましいことは言うつもりはないさ。オリビアはあれで俺の自慢の娘だ。今ハイド君があれを親友だと思えるのなら、何か危機が訪れたとき男として命をかけて守るくらいの覚悟をもちなさい。戦場で生き残る兵士は覚悟と面構えが違うもんさ」
「……わかりました。ありがとうございます教官」
「お、やっぱりハイド君はわかってるね。お父様とか言おうもんならぶっ飛ばしてたところだよ!」
「ア、アーノルドさん~~」
「冗談だ。本気にするな」
そうしてアーノルドさんは「さ、明日の訓練もビシバシ行くからな!! 寝るのも仕事のうちだぞ!」とガハハと笑い、俺たちは今度こそ眠りについた。
翌朝、アーノルドさんが俺に施した鍛錬がいつもよりも若干厳しめだった気がするが、それは俺の気のせいということにしておくとしよう。