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Second action: Find a Solution

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閲覧権限:Harmonizer


──プロセス監視Log


──対象人格:伊崎鈴音(Izaki Suzune)

──対象人格:世界名「永遠の花園 第二シーズン」における[主人公]

──対象人格:座標異常が確認済み

──対象人格:???および???が発生


──挙動Log解析開始……

──解析完了!


──異常値検出:ロジック外の行動選択が散見

──異常値検出:複数の攻略対象との関係値が進行中

──異常値検出:攻略対象外との関係値も異常な速度で進行中

──異常値検出:極度の憎悪が対象人格に多数集中

──異常値検出:データベースに存在しないパーソナリティ構築済み


──再確認


──該当行動:未登録

──該当感情変化:未登録

──該当意志決定:未登録


──警告


*該当する存在は、外部由来の知性体である可能性が非常に高いです。

*該当データの改竄かいざんは検出されませんでした。

*当該人格は本来のシナリオと異なる行動が多数検知されています。

*当該人格はデータベースに登録されていないパーソナリティを保有しています。


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「……座標異常……? そのあとの不明なログは何でしょうか。Glass, Log Reload」



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閲覧権限:Harmonizer


──閲覧情報をリロードします。

──Log情報を再取得中……

──再取得成功!


*どの情報を閲覧しますか?


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「対象人格に発生した不明確な異常を再確認」



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──対象人格に発生した異常に関する情報を再取得します。

──情報取得中……

──Clear!


──プロセス監視Logより

──対象人格:???および???が発生


*発生した異常を再確認

*表示できません。


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「表示できない? なぜですの?」



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*情報を解析中……

*解析完了。

*これは隠された情報です。閲覧しますか?


 ──Yes


*返答を確認。

*隠された情報および解析不能な情報を提示します。


──System: Error

──Warning: このまま情報を閲覧するとSystemに不具合が発生する可能性があります。


 ──閲覧


*閲覧を承認。解析結果を表示します。


──プロセス監視Log


──対象人格:削除・更新済みの初期Programによる人格の形成が発生しています。

──対象人格:外的接触による人格異常が発生しています。


*これよりSystemが一時的にShutoutされます。

*解析結果を保存しますか?


 ──Yes


──解析結果を保存中……

──保存が完了しました。


…………


──System Error: Unknown


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「……初期プログラムによる人格形成と外的接触による人格異常……理解できましたわ」



 櫻子さくらこは赤く明滅して消えたモニターを気にすることなく得られた情報から思考を回し始める。



(削除および更新がなされた初期プログラムによる、ということは、伊崎鈴音という存在はそもそも[この世界]に存在していた。ただし、何らかの理由によって存在が削除され、花菱はなびし櫻子という新たな存在に更新された。……そこの情報を拾えたらよかったのですけれど、システムダウンしたいまはこれ以上情報を閲覧できません。さて、どのように行動すべきでしょう)



 手に入った情報は少なくないが、このまま行動を起こすにはまだ手札が足りない。まだ、もう少し情報を集めなければ。しかしMain System[Glass]はすでにダウンしてしまっている。


 現時点で確定しているのは「伊崎鈴音」という存在は[この世界]において異常として認識されるだけであって、正しく存在する[別の世界]があるということだ。ゆえに「座標異常」として表示され、本来存在すべき場所があると指し示されたのだろう。

 また、櫻子として気になるのは「外的接触による人格異常」だ。普通の人格異常では起こりえないものが「外的接触」によって成立している、それが「現状」だと言えよう。



「……伊崎鈴音……わたくしのデータベースに表示されていたのは[この世界]と地続きの世界線であり、三年後の時間軸にあたる[永遠の花園 第二シーズン]というものでございました。では、なぜこのようなことが起こったのでしょう?」



 考えられるのはデータが意図せず混入したパターン。

 これはデータの更新時に何らかの理由で更新前の情報が表に出てきてしまった場合のこと。人間がデータの「削除」を行ってもプログラム上のどこかしらには保存された状態で残っており、何らかの理由によって復元されてしまった、と考えられる。もしかすると、櫻子が把握はあくしきれていないだけで、元々「伊崎鈴音」という存在はデータのどこかに存在していたのかもしれない。


 もしくは、データを更新する際に、新たなデータで残すべきデータを上書きしてしまって混乱状態に陥ってしまった可能性。こちらの可能性も捨てきれはしない。


 そして人格異常、それも外的接触によるものについて。

 こちらについてはプログラムを意図的に書き換えようとしている人間が存在するということ。意図せず混入したデータ「伊崎鈴音」を意図的に動かしている存在──混入は……意図的に行われたということ?



(まだ仮説の段階に過ぎませんわね。ただ、[この世界]に存在してはならない人間が意図的か意図せずかは不明としても存在してしまっているということが問題なのです。わたくしがこの世界に投入された時点で「異常」が「伊崎鈴音」であることはほとんど明確でしたが、なぜそれが起きたのかを綿密に調べる必要がありそうですわ)



 櫻子が最も重視しているのは「外的接触」だ。つまり、世界の外側から干渉した存在がいる、もしくはそれが伊崎鈴音の中に存在しているということなのだ。

 システムエラーとして最も恐るべきなのは「混入したデータを使用して意図的なデータ更新がされている」こと。混入そのものだけであればただ元の座標に戻すだけで問題ないのに、意図的に動かしている人間がいると明らかになった時点でそれだけでは済まなくなってしまった。



「……ひとまず、わたしから鈴音さんに接触を図ってみましょう。何かわかるでしょうから」



 櫻子は静かに立ち上がり、鏡の前でニコリとたおやかな笑みを浮かべ、目をまたたいた。


 完全無欠な「ヒロイン」に、不器用な笑みなど不要。完璧で、完全で、うつくしく在ること。それがに必要なこと。それ以外は不必要だ。

 櫻子は──「花菱櫻子」は[この世界]の正式な「ヒロイン」であって、決して「悪役」ではない。このキャラクターが「悪役」にされて得をするのはやはり「伊崎鈴音」だけ。


 髪をゆるく一本の三つ編みに結い、服も「シアンブルーのワンピース」と「オフホワイトの薄手のカーディガン」を選び、歩きやすくヒールの低い「オフホワイトのパンプス」を合わせ、さらに「オフホワイトの日傘」を手に取った。

 内側は遮光性の高い黒地になっている傘は女子寮を出てすぐにぱふりと広げ、陽光を遮る。


 学園前を通ってメインストリートへ出ようとしたその時。



「……櫻子さん?」



 声をかけてきたのは京一郎きょういちろうだった。櫻子はこのタイミングで彼と会うことに少し違和感を覚えて、首を傾げる。

 「原作」にこのような「イベント」は存在しない。

 本来の世界であれば、京一郎から櫻子に接触を図るということはまずほとんどない。むしろ櫻子から積極的に接点を持つようにしなければ二人で会うという状況にはならないはずだ。



「ごきげんよう、京一郎様。どちらかへお出かけに?」

「ええ、まあ……その、櫻子さんにお会いしに行こうと、女子寮へ……櫻子さんにご予定があるのでしたら日を改めます」

「あら。それはタイミングのよろしいことで。予定というほどのものはございませんわ」

「では、少しお時間をいただけますか?」

「ええ、もちろん。外で立ち話というのもよろしくありませんし、近くのカフェに入ってお話いたしましょう」

「ありがとうございます、櫻子さん。入れちがいにならずよかったです」



 学園から五分ほど歩いた先にあるレトロな喫茶店に入り、静かに話せそうな奥の席へ腰かけ、櫻子は注文の品が届けられてから早々に「それで、」と話を促した。



「あ、はい……櫻子さんと兄の婚約が正式に破棄されたと、実家に通知があったようで……兄から婚約破棄を申し出たことを櫻子さんが承認され、花菱家も正式に承諾したと」

おっしゃる通りですわね。もう通達されたとは、父の行動の早さには目を瞠るものがありますわ」

「……本当なんですね。鈴村すずむら家が何のために花菱家との婚約を取りつけたのかも忘れて、兄はもう伊崎さんに夢中なんです。……両親も、初めから兄に期待なんてしなければよかったんです。そうすれば、こんなことには……ならなかったはずなのに」

「そうでしょうね」

「実家では『ならば京一郎との再婚約に』という話が上がっていますが、僕はそのような無礼を望みませんし、通達がされた時点で花菱家は鈴村家を見限っていることでしょう。……僕があなたにお会いしたかったのは、伊崎さんが一体何者なのかご存じではないかと伺いに来たのです。彼女は一体……何者なのですか?」



 櫻子は届けられたコーヒーに口をつけながらそっと微笑んだ。

 京一郎は幼い頃から聡明そうめいな少年だったとデータにはある。一つ年上の兄の劣等感を煽るほどに優秀であったがゆえ、親に可愛がられながら兄にしいたげられるという現実を抱えているとか。



「……わたしも深くは存じません。ただ、彼女は『』ですわ」

「やはりあなたから見ても異常なのですね、彼女は……兄だけではありません。僕の周囲では彼女をまるで……崇めるような傾向があります。女子生徒からの反感は強いですが、上級生ほどのものではありませんね。三学年の女子生徒から向けられる悪意や憎悪には及びませんが……二学年の女子生徒の中でもやや問題にはなりつつあるんです」

「三学年は本来ならば大学進学を第一に考えるような大切な時期に婚約破棄だの破局だのとされているわけですから、怒りもその分大きいでしょうね。二学年では成績トップのお三方がガードを張っていらっしゃるでしょう? その影響でそれほど反感が強くないという点は充分考えられますわ」

「そうですね……親しくしている女子生徒と反感を持っている女子生徒の二分化している状況だと言えます。もちろん、中立派もいないわけではありませんが……一体、どんな手技しゅぎを使ってこんな状況を生み出しているのでしょう……」



 櫻子から言えることはそう多くない。

 少なくとも[System]にまつわることはいくら記憶から削除されると言っても簡単には口外できないし、口にできることも不確定的なものが多く、証明すらされていない仮説に過ぎない。



「わたしも多くは存じ上げません。これから直接鈴音さんにお会いして、彼女が一体どのようなお方で、なぜわたしを標的にしているのかを確認しようと考えておりますわ」

「……たしかに、伊崎さんは異様なまでに兄へ執着し、櫻子さんのことをおとしめようとしていますね。……いえ、兄だけではありません。なぜなのでしょうか。伊崎さんに向けられている悪意の多くを櫻子さんによるものだと兄に吹聴ふいちょうしているのを聞いたことがあります。僕はまだ『中立』の立場、もしくは兄に近い立場だと判断されているのか、敵意を向けられたことはありません」

「……それならば、いまわたしと二人でお会いしているのは危険なのでは?」



 コーヒーカップを静かに置いて、櫻子は首を傾げる。

 京一郎はゆるりと首を振り、それを否定した。



「いえ……むしろ学園内であなたと接触する方が危険度が高いようです。先日の図書室での一件を覚えていらっしゃいますか? あのあと、伊崎さんから言われたんです。あなたは櫻子さんのことが好きなんですか、と。本音を言えば婚約されるよりも以前から姉のように慕ってまいりましたが、それを口にすれば櫻子さんに敵意が強く向くことは明白でしたし、ただでさえ僕に対して劣等感をいだいている兄にあられもないことを吹き込んで櫻子さんに嫌がらせをしてくるのではないかと考え、ひとまずその場では『ただ手伝っただけです』とお答えしました。なぜ手伝ったのか問われたので、女性一人で持つには重い本ばかりでおつらそうだったので、と」

「英断ですわね。さすが、ずっと聡明でいらっしゃるとおもっておりましたが、これほどとは」

「恐縮です。……とにかく、僕は早い段階で伊崎さんをどうにかしないと、学園の風紀が乱れる一方なのではないかと恐怖しております。櫻子さん……何かいい案はないでしょうか?」

「そうですね。わたしも早急に手を打つべきかと考えておりますわ。ですが、彼女とまともに一対一で話したこともない現状、こうすべき、という良案は浮かびません。彼女が何者かしかと見極めてからお答えさせていただきます。……いえ、正確には『』でしょうか」



 京一郎は強く頷き、もちろんです、とまっすぐに櫻子を見据える。

 覚悟の決まった表情で、迷いは見られない。

 聡明で、賢く、狡猾こうかつさもいとわず、常に状況を見極める姿勢。

 そのすべてが櫻子にとって好ましい。ポーンのように自ら動かさずとも想定通りに動くナイトのような存在。ここで捨てるには惜しい駒。



「……今日の鈴音さんがどちらにいらっしゃるかはご存じで?」

「今日は朝から兄と街へ出かけると……門限までにはお帰りになるとおもいます。ただ、どこへ出かけるかまでは……」

「あら……それなら寮でお会いする方が確実ですわね。有益な情報ですわ、ありがとうございます、京一郎様。……その後の報告はわたしからご連絡差し上げますわ。実際にお会いして、直接お話ししない限りは彼女のことなど推論と噂話に過ぎないものでございますから」

「わかりました、知らせを待ちましょう。……どうかお気をつけて。二人きりでお会いするとなれば、しかと警戒なさってくださいませ」

「ええ、もちろんですわ。ありもしないことを事実のように吹聴されるのは迷惑ですから」



 ニコリと完璧な笑みを浮かべた櫻子に、それでも京一郎はどこか不安げな色の瞳を見せる。


 櫻子の推測の通りに進むとするならば、おそらく鈴音は櫻子と二人で会ったことに対しても櫻子に脅された、どうしたらいいか、などのように宗一郎を含む周囲の男性に助けを求めることだろう。特に宗一郎そういちろうは決して外さないであろうし、ありもしない話をでっちあげるにちがいない。


 もう一つのパターンとして考えられるのは、都合が悪くなったタイミングで悲鳴を上げて被害者ぶる可能性。こちらも充分に考慮できることだ。図書室の一件から、充分に。自らぶつかってきて転んでおきながら、「」が姿を現すまで一向に立ち上がる気配一つ見せず、わざわざ「捻挫をした」と泣き顔を見せたあの伊崎鈴音が「何もなく」櫻子と話すわけもない。


 と、櫻子は考えている。あくまでも「推測」に過ぎないことだが。

 しかし、ここで言えるのは「自体が伊崎鈴音を異常として認識させる」ということだ。本来、異常が発生することなくシナリオの通りに進んでいれば、すべては想定の範囲内で済ませられることなのだから。


 ……まあ、その場合は「」がこのような形で動くこともなかったのだが。


 櫻子は「有益な時間を過ごせましたわ」と礼を言って京一郎と別れ、早々に帰寮した。

 それから事務局の事務員に「伊崎鈴音さんが帰寮されたら、一度お話しがしたいのでどこかでお時間を頂戴したく存じます、とお伝えくださいませ」と言づけ、自室に戻る。



(あら? Glassが復帰しておりますわ。もう少し時間がかかるとおもっておりましたのに)



 櫻子は服を脱ぎながら「System, wake up」と声をかける。

 パッと現れた半透明の青いモニターには「お手伝いできることはありますか?」と表示されている。櫻子は部屋着にしているマキシ丈の黒いキャミソールワンピースに着替え、セットのアームボレロに袖を通し、デスク前に腰かける。



「対象人格:伊崎鈴音について、花菱櫻子との関連性は?」



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──閲覧権限:Harmonizer


──Log Now loading…

──Clear!


*「伊崎鈴音」はテストプレイ段階における[主人公ヒロイン]として設定されていた記録あり。

*「花菱櫻子」はアプリケーション正式リリースに際して名称が変更された[主人公ヒロイン]です。

*「伊崎鈴音」はメインストーリー[永遠の花園 第二シーズン]における[主人公ヒロイン]として改変された存在です。


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「そう……では、伊崎鈴音のデータはすでに[この世界]に存在したのね? 外的接触による人格異常についての知見は?」



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──データを照合中……

──照合完了。


*本データベース内に人格異常を発生させる存在は検知されません。

*外的接触による人格異常は[ワールド内部]で発生中です。

*外部からの接触は検知されません。


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「……やはり自然発生したのではなく、意図的な悪意が見えますわね。わたくしと伊崎鈴音が接触することによる危険性は?」



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──危険性の評価を解析中……

──解析完了。


*花菱櫻子と伊崎鈴音の接触は非常に危険度が高いです。


──対象人格:伊崎鈴音

──Harmonizerとの親和性:29%

──非常に危険です。


*接触を図る場合はSystemを起動した状態で行うことを推奨します。

*System Logより、伊崎鈴音が花菱櫻子に対して強い敵対心をいだいていることが明らかです。

*Harmonizer、彼女との接触の予定はありますか?


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「早ければ今夜にでも。まあ……事務員さんがきちんと伝言を彼女へ伝え、彼女がわたくし──いえ、と会う判断をしてくだされば、ですけれど」



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──花菱櫻子の状況を把握中……

──花菱櫻子の精神状態を解析中……

──花菱櫻子の感情解放度を調整中……


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「あら、余計なことをしないでくださる? わたくしは『感情』というものには左右される立場ではございませんし、あなたにはあくまでもサポーターとして存在していただきたいのよ」



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──情報の更新を停止。

──Harmonizerの指示に従います。


*他に閲覧したい情報はありますか?


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「伊崎鈴音は『花菱櫻子』の攻略対象をことごとく攻略しておりますが、現時点で攻略が完了している攻略対象および攻略対象外はどれほどにのぼりますの?」



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──情報を解析中……

──データベースの照合開始……

──Alll Clear!


*現時点で攻略が完了したキャラクターは七名です。内、三名が正規攻略対象です。

*攻略中であり、攻略未完了を追加すると十名です。内、正規攻略対象は二名です。

*行動の把握やSystemでの追跡が非常に困難な監視対象のため、正確ではありません。


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「そう……わかったわ。わたくしはわたくしにできることをいたしましょう。あくまでも『わたし』として……。唯一攻略中にすらならないのはおそらく……京一郎様でしょうね」



 コンコン、とノックの音が響き、櫻子はモニターを消してから「どうぞ」と応答した。

 そっと扉を開けて入ってきたのは鈴音で、伝言を受け取ってそのままこの部屋を訪れたと見える。明らかにデートをしていました、というような可愛らしい恰好かっこうで、部屋に入って扉を閉めるなりふっと表情が変わった。



「こんな時間にお呼び出しなんて非常識なんじゃないですかー? ねえ、櫻子さま」

「あら、わたしはただお話しがしたいのでお時間を取っていただきたいと伝えるように申しつけただけで、今日すぐに、とは一言も申しておりません。お忙しいところ恐縮ですが、どうぞおかけになって。そう長々とお時間は取らせませんので」



 時刻は二十時を少し過ぎたところ。門限の二十時ギリギリに帰ってきたのだろう。

 それもそれで如何いかがなものかとおもわないわけではないが、焦点はそこではないので一旦無視で問題ないだろう。

 そんなことよりも。



「わたしたちはちゃんと会話をしたことがなかったとおもって、せっかくですから一度くらいしかとお話しをしてみたかったのですわ。……わたくしがしていないことまでわたくしがした、などという噂話が宗一郎様の耳に多く入った上で婚約破棄を言い渡されたものですから、あなたに心当たりがないか確認しておきたかったのです。すでに婚約は破棄いたしましたが」

「……ふっ……あはは!」

「何がおかしいのですか?」

「だって、だってさぁ、あんまりにも面白くって! あたしもあんたもこの世界に転生した転生者同士なのに、何で気づかないかなぁ? あたしが愛されるってことは、もうこの世界はあたしのために動いてるあたしのためのシナリオなの。あんたは可愛げもない家柄だけの女。愛されるわけがないんだよ、負けヒロインさん……♪」

「……? 仰る意味が理解できません。この世界は『花菱櫻子』を[主人公ヒロイン]と定めています。それを覆すことは不可能です」

「あーあ、そういうとこ。主人公って決まってても、実際にあんたはあたしに負けた、負け犬ってワケ。あんたがどういう転生をしたのか知らないけどさ、全ルート記憶してるあたしが負けるわけないんだよね~。残りの二人もあとちょっと頑張れば最低ラインまではいけそうだし」



 櫻子は意図せず思考が一瞬停止するのを感じ、眉を顰めた。

 目の前の女は何者だ?

 すぐに思考を再開させ、彼女の言葉の意味をじっくりと咀嚼そしゃくし、嚥下えんげする。



「あなたは[この世界]に転生した[伊崎鈴音]の仮面を被った[転生者]である、と……なるほど、そういうことですか。ようやく理解できました。……しかし、あなたの言動は非常に危険です。わたしは──は、あなたを排除するために存在しています」

「は? 意味わかんない。あたしが何しようと、世界があたしを選んで転生させてくれたんだから、大好きな第一シーズンのキャラとリアルに恋して何が悪いの?」

「……大丈夫です。あなたの主張は理解しました。お引き取りください」

「もー、意味わかんないってばぁ。呼びつけたのそっちじゃん? あーあ、宗一郎さまに言いつけてやろーっと。京一郎さまはそれとなく距離を置かれちゃうし」

「どうぞお好きに。彼はすでにわたしの婚約者ではございませんので、堂々とおつきあいなさってくださいまし。それより、シナリオから外れすぎると危険ですわよ」

「……あー、婚約破棄のことマジで考えてるんだ? どうせ後悔するよー。やっぱりすがっておけばよかったーって。ま、縋ったところであたしが攻略しちゃったから意味ないけど」

「…………。ところで、なぜが[転生者]であると判断されたのですか?」

「わたしとかわたくしとかコロコロ変わってキモイよ、あんた。ま、ぶっちゃけて言うなら、本来のシナリオとちがう動きしてるから? だって、シナリオの中では『あたしよりもヒロインらしい動き』をするでしょ? 心を自分に取り戻させたり、好感度高めたり。なのに、あんたはそれをする様子が一つもなかった。だから、あんたは別の目的を持って動いてるんだとおもったのよ。あ、わかった。女の子の方が好きとか? よく気味の悪いお茶会開いてるもんね~。あたしああいうの大っ嫌い。呼ばれても全部断ってるよ。だって、テーブルマナーだって面倒なのに、暗黙の了解とか知らないしー」

「……そうですか。お話は理解できました。お暇ではないでしょうから、本日はこれでおしまいにいたしましょう。お時間をいただきありがとうございます」

「あはっ、次はないかもねー?」

「結構です。……わたくしは『警告』いたしましたので」



 パタン、と鈴音を追い出し、櫻子は冷たい青の瞳を赤く染め、「対象人格:転生者」とデータベースを更新した。



「[転生者]ということは、外的組織もしくは別次元から転生してきた可能性が高いですわね。特に彼女はこの世界が『ゲーム』だと理解していた……ということは[この世界]がゲームとして存在する世界からの転生者であると考えられましょう。[転生者]であることが発覚しただけでも充分な対話でした。どうでしたか?」



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──情報を解析中……

──解析完了。


*仰る通りです。

*該当する世界を表示することも可能ですが、いかがいたしますか?

*現時点で確認できている世界は十まで絞り込めてます。

*Harmonizerの判断に従います。


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「いまは結構よ。彼女の[中の人]についてもう少し理解を深め、情報を集め、その上で該当する世界を絞り込めるようになってから考えましょう。……相手が[転生者]であるとわかったならば、やることは一つ、簡単なことですわ。ええ、とても……



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*同意します。

*Harmonizerの権限を全開放しますか?


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「まだいらないわ。時が来たら[全開放]を[I got You]と宣言するから、その時にお願い」



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──情報を取得中……

──情報が更新されました。

──System Wordが設定されました。


*これでいつでも対処可能です。


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「ありがとう。それでは、今日はこれで終わりにしましょう。わたくし……わたしは明日の授業の予習をしてから休むわ。あなたは先に休んでいて」



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*了解。

*それではよい夜を。おやすみなさいませ。


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「ええ……おやすみなさい」



 半透明で宙に浮いていたモニターも消え、再び静かな部屋になる。

 静かで、空虚な夜だ。

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