彼女は「救えない」と。
ただ、彼女が悪かったわけじゃない。[この世界]が秘めていた潜在的な情報によって、彼女もまた誰かの手のひらで転がされている[異常]なのだ。それが[転生者]というもの。
櫻子は[転生者]ではないが、ある意味では[転生者]足り
ただ世界の秩序と均衡を保つために存在しているだけに過ぎないが、シナリオ内の「人物」とすり替わって世界の調和を行っている時点で[転生者]と呼ぶことは可能なのかもしれない。その場合には、鈴音の「あたしもあんたもこの世界に転生した転生者同士なのに、何で気づかないかなぁ?」という言葉に通ずるものも、ないわけではない。
ただ、根底がちがう。
櫻子は「
秩序を保つか、破綻を招くか。そのちがいだ。
だから櫻子は「ヒロインとしての花菱櫻子」そのものに興味はなく、完璧に演じることに集中し、世界を破綻に招く「異常」を探してきた。そして、その対処法を。
「……System, wake up. 本格的に伊崎鈴音の排除を開始いたしますわ」
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──情報を取得中……
──整合性を確認中……
──All clear!
*おはようございます。何から始めますか?
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櫻子は髪をブラシで
「まずは[中の人]の正体を見抜かなければなりませんわね。わたくしは透視ができるわけではございませんから、こればかりはシステム上でデータベース内から該当する人物を特定していただかなければなりません。今日は
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──情報を更新。
*イエス、レディ。
*しかし、先日の様子からしてお茶会のような場は好まず、欠席されるのでは?
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「そのようなことはございませんわ。二学年にもなってお茶会への参加一つもまともにできないあなたが[この世界]でいつまでも生きていけるとおもっていてはいけませんよ、と忠言したところ渋々出席のお返事をいただけましたから」
そもそもとして[この世界]で生かすつもりは
特に「伊崎鈴音」というキャラクターは世界に手を広げる伊崎コーポレーションの長子長女であり、基本的な教養と気品を持たねば「上流階級の社交界」で生き抜けるはずもない。いまは学園という狭い世界にいるから身分や言葉遣いに目を瞑っている生徒が多数派であるというだけであって、本格的に社交界デビューして、親の跡を継ぐだとか修行の意を込めた就職するだとか、そういうい話になれば「上流階級らしさ」が求められる。
よって、いまの「一般人」に過ぎない「伊崎鈴音」は、伊崎鈴音として生きている以上「最低限」のマナーを身につけておかなければならないのだ。
もちろん、そんな未来があるはずもないが、櫻子が鈴音を探るためにはその程度の建前を用意しなければ接触することも困難なのが現実である。
彼女に攻略された男性というのは非常に厄介な存在で、ことごとく櫻子による鈴音への干渉を妨害してくる。鈴音も鈴音で被害者面をして逃げてしまう。
はっきり言って、櫻子にとってこの状況は好ましくない。
なぜなら、世界を破綻に導く[異常]を排除することができないためだ。
鈴音の正体さえわかれば、あとは強制的に元の世界へ送還するだけ。だが、正体すらわからない状態ではそれも難しい。誤った世界に飛ばせば、また正しに行かねばならないとして自分の仕事は増えるわけで、それは避けたい限りなのである。
「しばらくの間Systemは起動状態で探知を続けて。わたくしはわたくしなりに彼女から情報を引き出しますわ。他人の目がある以上はどこまでできるかわかりませんけれど……」
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──Harmonizerの状況と指示を把握。
*それではこれより「伊崎鈴音」に関する全情報の探知に入ります。
*追加指示があればご提示ください。
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「現時点では以上よ。……さあ、今日も
丁寧に髪を結い上げ、パチン、とクリップで留める。
丁寧に化粧を施し、動きやすくもありながらデザイン性も悪くない「アイボリーホワイトのドレスワンピース」と「スカイブルーのボレロ」を身にまとい、足元は「アイボリーホワイトのパンプス」を選び、首元には「パールのネックレス」を、耳元には「大粒のパールのイヤリング」を。
鏡の前でニコリと
完全無欠、完璧で才色兼備、油断も隙も見えない理想的な女性。
それこそが「花菱櫻子」を「花菱櫻子」たらしめる重要なファクター。
完璧だからこそ「接する相手の態度」一つで相手がどのような人物であるか簡単に見抜ける。
完璧さを崩そうとするのか、完璧さにあこがれるのか、完璧さを羨むのか、完璧さに陶酔するのか。
……難しいことは何もない。
ただ
[この世界]はそういう『ゲーム』だから。
「ただ、
ふっと口元に笑みを浮かべ、無感情な瞳のまま立ち上がる。
「楽しみですわ。……とても」