午後の光が差し込む、六畳一間のアパート。外では子どもたちの笑い声がかすかに響いているが、室内は薄暗く、カーテンは半分だけ閉ざされている。
「今日も、面接落ちか……」
メールを確認すると、午前中に受けたコンビニの面接の不採用通知が届いていた。「また明日探せばいいや」と美佳は呟き、ため息まじりに椅子を回転させる。
スマホが震えた。
──【新着メール:アンケート協力のお願い(謝礼あり)】
差出人は聞いたことのない「LAPIS DATA」なる会社。タイトルに「謝礼あり」とあるのが目に留まり、反射的にタップする。
> 平素よりお世話になっております。
簡単なアンケートにご協力いただくだけで、謝礼として現金5,000円をお送りします。
ご興味のある方は、下記のリンクからご参加ください。
(怪しい……けど、まぁ、見るだけなら)
美佳はアンケートのURLをクリックした。開かれた画面は意外なほど洗練されていて、いかにも“それっぽい”アンケートフォームが表示される。
質問は最初こそ軽いものだった。
「あなたの性別を教えてください」
「今のご職業は?」
「普段感じるストレスの大きさはどれくらいですか?」
(ありがちな質問ばっかじゃん……)
そう思いながらも、美佳はぽちぽちと選択肢を選んでいった。進むにつれ、質問はやや深くなる。
「これまでに人を強く憎んだことはありますか?」
「あなたがいなくなれば楽になると思ったことはありますか?」
「誰かに“消えてほしい”と思ったことはありますか?」
(……ちょっと気持ち悪いな)
引き返そうかと一瞬思ったが、すでに途中まで進めてしまっている。しかも、最下部には「この設問までに進んだ方には謝礼を確約いたします」の文字。
──そうして、美佳は気づけば最後の設問まで到達していた。
> Q.25(最終質問):
「あなたがこの世から消えてほしいと本気で願う人物がいれば、その名前をフルネームでご記入ください。
※該当者がいない場合は空欄でも構いません。」
画面の下部には「※回答は匿名であり、プライバシーは完全に保護されます」と書かれていた。
美佳はしばらく無言で画面を見つめた。
記憶の底から、ある男の顔が浮かんできた。三年前、派遣先で彼女を見下し、人格を踏みにじり、理不尽な言葉で辞職へ追い込んだ男──
(……書いたって、どうせ何も起きない)
美佳は小さく笑って、名前を入力した。
田代誠
「……これが最後の質問か…。よし、送信っと……」
画面が切り替わり、確認の文章が表示された。
> ご協力ありがとうございました。
あなたの回答は正常に送信されました。
なお、送信後のキャンセルは如何なる場合でも出来ません。
謝礼は必ずお受け取りください。
美佳は首を傾げた。
「え、キャンセルできないって、そんな……。まぁ、いいか」
彼女はPCを閉じ、スマホを手にベッドに転がる。
──そのとき、彼女の手元でまた通知が震えた。
【発送完了のお知らせ:ご協力への謝礼について】
(行動早っ……)
どこか薄ら寒さを感じながらも、美佳はそのまま目を閉じた。
まだ、この一通のアンケートが、彼女の人生を狂わせる“最初の引き金”になるとは、想像もしていなかった。