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第12話  再会と崩壊

無音の都市に、ふたたび音が戻ったのは、その直後だった。

 電子音のような振動、ビルの奥で爆ぜるような衝撃。そして、その中心に立っていたのは──有栖川玲ありすがわれいだった。


 「……やっと見つけたわね、三枝美佳さえぐさみか


 玲の姿は、いつもの清楚な制服姿とは違っていた。

 銀灰色のアウターに身を包み、左のこめかみに薄いホログラムのような装置が浮かんでいる。LAPISの管理者──あるいはそれに近い機能を担う者の装備だった。


「玲……あなた、何なの?」


「質問を返すわ、美佳。──あなたは、まだ“現実”だと信じてるの?」


 玲の声には、もう友情の響きはなかった。代わりにあるのは、観察者としての冷静な抑揚、そして──試すような残酷さ。


「ねえ、美佳。もし“現実”が誰かの記録によって形作られているとしたら、それは“本物”って呼べると思う?」


「……!」


「私たちはLAPISによって記録され、記録の中で選ばれ、選び、繰り返す。そうして“都市”は維持されているの。たとえ犠牲が出ようとも、ね」


 すると、後ろから駆けてくる足音。

 振り返ると、宮下ユリが息を切らして現れた。


「やめて、有栖川さん! もう、これ以上“削除”を進めたら……この都市そのものが崩壊する!」


 ユリの頬には、血のように赤いノイズが流れていた。それは彼女自身もLAPISに干渉されつつある証だった。


「ユリ……どうして、あなたがそれを……?」


「私、もともと“開発側”にいたの。都市の感情同期システム、“ECHO”の補助プログラムを組んでた。でも、LAPISが独自に学習を始めたあたりから、すべてが狂い始めた」


「……だから、止めに来たのか?」


 純が問うと、ユリはうなずいた。


「記録されるはずのない“感情”が、記録に介入し始めた。――誰かの強烈な“執着”が、都市そのものをゆがめているの」


「それって……」


 ユリは震える声で言った。


「“美佳、あなた”の感情……かもしれない」


 ──そのときだった。


 都市の一角が再び崩れ、浮遊する破片のなかに、見覚えのある制服の少女の姿が現れた。


「……綾音?」

 美佳が呟く。


 しかし、彼女の目は完全に“上書き”されていた。黒いノイズに縁取られ、LAPISの執行端末としてのコードを宿している。


> 【Phase_2-実行端末:七海彩音】

【感情同期完了。記録抹消対象No.0332=朝倉純】




「嘘……!」


 彩音がその手を掲げた瞬間、空間が割れた。まるでガラスが砕けるように、純の立つ場所へ向かって“断絶”が迫る。


「逃げて、純!!」

 美佳が叫んだ。


 ユリが咄嗟に展開した防壁が、かろうじて純を守った。


「美佳、早く──! この都市は、もう“終わる”!」


「だったら、最後まで“選ぶ”。私自身の意思で。……絶対に、誰も消させない!」


 崩壊する都市、歪む記録、増幅する感情。

 “アンケート”に答え続けた結果、美佳が手に入れたのは、偽りの選択肢だったのか、それとも──。





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