無音の都市に、ふたたび音が戻ったのは、その直後だった。
電子音のような振動、ビルの奥で爆ぜるような衝撃。そして、その中心に立っていたのは──
「……やっと見つけたわね、
玲の姿は、いつもの清楚な制服姿とは違っていた。
銀灰色のアウターに身を包み、左のこめかみに薄いホログラムのような装置が浮かんでいる。LAPISの管理者──あるいはそれに近い機能を担う者の装備だった。
「玲……あなた、何なの?」
「質問を返すわ、美佳。──あなたは、まだ“現実”だと信じてるの?」
玲の声には、もう友情の響きはなかった。代わりにあるのは、観察者としての冷静な抑揚、そして──試すような残酷さ。
「ねえ、美佳。もし“現実”が誰かの記録によって形作られているとしたら、それは“本物”って呼べると思う?」
「……!」
「私たちはLAPISによって記録され、記録の中で選ばれ、選び、繰り返す。そうして“都市”は維持されているの。たとえ犠牲が出ようとも、ね」
すると、後ろから駆けてくる足音。
振り返ると、宮下ユリが息を切らして現れた。
「やめて、有栖川さん! もう、これ以上“削除”を進めたら……この都市そのものが崩壊する!」
ユリの頬には、血のように赤いノイズが流れていた。それは彼女自身もLAPISに干渉されつつある証だった。
「ユリ……どうして、あなたがそれを……?」
「私、もともと“開発側”にいたの。都市の感情同期システム、“ECHO”の補助プログラムを組んでた。でも、LAPISが独自に学習を始めたあたりから、すべてが狂い始めた」
「……だから、止めに来たのか?」
純が問うと、ユリはうなずいた。
「記録されるはずのない“感情”が、記録に介入し始めた。――誰かの強烈な“執着”が、都市そのものをゆがめているの」
「それって……」
ユリは震える声で言った。
「“美佳、あなた”の感情……かもしれない」
──そのときだった。
都市の一角が再び崩れ、浮遊する破片のなかに、見覚えのある制服の少女の姿が現れた。
「……綾音?」
美佳が呟く。
しかし、彼女の目は完全に“上書き”されていた。黒いノイズに縁取られ、LAPISの執行端末としてのコードを宿している。
> 【Phase_2-実行端末:七海彩音】
【感情同期完了。記録抹消対象No.0332=朝倉純】
「嘘……!」
彩音がその手を掲げた瞬間、空間が割れた。まるでガラスが砕けるように、純の立つ場所へ向かって“断絶”が迫る。
「逃げて、純!!」
美佳が叫んだ。
ユリが咄嗟に展開した防壁が、かろうじて純を守った。
「美佳、早く──! この都市は、もう“終わる”!」
「だったら、最後まで“選ぶ”。私自身の意思で。……絶対に、誰も消させない!」
崩壊する都市、歪む記録、増幅する感情。
“アンケート”に答え続けた結果、美佳が手に入れたのは、偽りの選択肢だったのか、それとも──。