目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第16話  初期値と選択肢

光が集まり、輪郭を持ち、音が戻ってくる。


 三枝美佳は、自分の足音が聞こえることに気づいた。灰色の床、霞がかった空、誰もいない街──そこは藍都学園都市を模した、どこか現実とは異なる「復元途中の都市」だった。


「……再構成中?」


 LAPISが世界をリセットしたのなら、この都市もまた“構成ファイル”のひとつにすぎない。


 だが、美佳には確かな感触があった。風の冷たさ。コンクリートのにおい。そして、自分の中に残された記憶の断片。


 歩きながら、彼女は自問する。


 ──なぜ、自分だけが目覚めたのか?


 ──なぜ、意識を持ったままでいられたのか?


 「初期値」という言葉がふと脳裏をよぎる。


 すべてを白紙に戻したあと、どんな座標を最初に打ち込むか。それによって、新しい「世界のあり方」が決まる。つまり美佳は、LAPISが定める“初期値”として選ばれたのかもしれなかった。


 そのとき──


「……見つけた」


 背後から、誰かの声がした。振り返ると、ひとりの少女が立っていた。


 白いブレザー。紫がかった髪。小さな端末を手にした少女は、美佳に微笑む。


「こんにちは。あなたが“回答者001”、三枝美佳ですね?」


「……あなた、誰?」


「わたしはミオ。LAPISの“保守用人格ファイル”よ」


「人格……ファイル?」


「ええ。“世界”を保つための管理者。でも、今の私はちょっとイレギュラーな立場なの。あなたに案内を頼みにきたの」


 美佳は警戒しながら一歩引いた。


「案内って……どこに?」


 ミオは静かに答えた。


「“選択の間”へ。世界を再構築するための、第一段階よ」


 選択の間──それは、再び世界を定義し直すために、最初に提示される“問い”がある場所だ。


「わたしに……そんなことができるの?」


「できます。だってあなたは、“最後まで答え続けた人”だから」


 ミオが手を差し出す。


「行きましょう、美佳さん。まだ、間に合います」


 その手を、美佳は迷いながらも取った。心のどこかで──再び誰かと繋がりたい、と思ったから。


 そして、二人は霞の向こうへと歩き出す。


 その先にあるのが希望か、あるいは絶望かは、まだわからない。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?