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第18話  誰かを救いたい

光の選択肢に、美佳の指が触れた瞬間――


 空間全体が波打つように揺らいだ。黒い円卓が静かに沈み、代わって現れたのは、一面に広がる水面の幻影。水鏡のように透きとおるその中に、かつての情景が映し出される。


 それは、高校時代の教室。窓辺に座っていた、あの少女の姿だった。


「……ユリ……?」


 宮下ユリ。かつての同級生で、美佳にとって、初めて「友情」と呼べる存在だった。


 画面の中のユリは、どこか影を落とした笑みを浮かべていた。

 ──LAPISが提示した「選択肢」、その中に「誰かを救いたい」があったのは偶然じゃない。


「記憶に、残っていたんだ……あのとき、私、ユリを救えなかった……」


 教室で孤立していたユリ。クラスメイトたちからの無視や悪意。

 美佳は気づいていた。でも、自分が傷つくのが怖くて、何もできなかった。


 ──その“選択”も、アンケートに答えたときのように、惰性で、責任を持たずに。


「今度こそ、助けたいと思った……そう、だから……!」


 水面が大きく波立ち、ユリの姿が現実と交錯するように浮かび上がる。


 次の瞬間、美佳の足元に亀裂が走った。

 床が割れ、彼女は光の渦に呑み込まれていく。


「美佳! 意識を保って!」


 ミオの声が遠ざかる中、聞こえてきたのは──


 ──あの日の、ユリの声だった。


「美佳……あの時、あなたが笑ってくれただけで、私は……少しだけ、救われたんだよ」


「え……?」


 空白だったはずの記憶の裏側。

 自分が何もできなかったと思っていたあの日に、

 たしかに自分の「選択」が、誰かの小さな救いになっていたのだ。


 ──あの日の、微笑み。それが、ユリの中に残っていた。


 そして美佳は、目を開けた。


 そこは、再び黒い円卓の部屋。

 ミオが傍らで、安堵の表情を浮かべている。


「選んだのね。あなたの“本当の気持ち”を」


 美佳はゆっくりと頷いた。


「うん……私は、誰かを救いたい。それが“この世界”にとって、正しいかはわからない。でも、私は……そうしたい」


「なら、LAPISは──その選択を受け入れるわ」


 ミオが端末に触れる。

 光が満ち、円卓が起動する音が響く。


 再構築のプロセスが、静かに始まった。



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