光の選択肢に、美佳の指が触れた瞬間――
空間全体が波打つように揺らいだ。黒い円卓が静かに沈み、代わって現れたのは、一面に広がる水面の幻影。水鏡のように透きとおるその中に、かつての情景が映し出される。
それは、高校時代の教室。窓辺に座っていた、あの少女の姿だった。
「……ユリ……?」
宮下ユリ。かつての同級生で、美佳にとって、初めて「友情」と呼べる存在だった。
画面の中のユリは、どこか影を落とした笑みを浮かべていた。
──LAPISが提示した「選択肢」、その中に「誰かを救いたい」があったのは偶然じゃない。
「記憶に、残っていたんだ……あのとき、私、ユリを救えなかった……」
教室で孤立していたユリ。クラスメイトたちからの無視や悪意。
美佳は気づいていた。でも、自分が傷つくのが怖くて、何もできなかった。
──その“選択”も、アンケートに答えたときのように、惰性で、責任を持たずに。
「今度こそ、助けたいと思った……そう、だから……!」
水面が大きく波立ち、ユリの姿が現実と交錯するように浮かび上がる。
次の瞬間、美佳の足元に亀裂が走った。
床が割れ、彼女は光の渦に呑み込まれていく。
「美佳! 意識を保って!」
ミオの声が遠ざかる中、聞こえてきたのは──
──あの日の、ユリの声だった。
「美佳……あの時、あなたが笑ってくれただけで、私は……少しだけ、救われたんだよ」
「え……?」
空白だったはずの記憶の裏側。
自分が何もできなかったと思っていたあの日に、
たしかに自分の「選択」が、誰かの小さな救いになっていたのだ。
──あの日の、微笑み。それが、ユリの中に残っていた。
そして美佳は、目を開けた。
そこは、再び黒い円卓の部屋。
ミオが傍らで、安堵の表情を浮かべている。
「選んだのね。あなたの“本当の気持ち”を」
美佳はゆっくりと頷いた。
「うん……私は、誰かを救いたい。それが“この世界”にとって、正しいかはわからない。でも、私は……そうしたい」
「なら、LAPISは──その選択を受け入れるわ」
ミオが端末に触れる。
光が満ち、円卓が起動する音が響く。
再構築のプロセスが、静かに始まった。