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趨れ! 音女(おとめ)の狂騒曲(カプリチオ)!
趨れ! 音女(おとめ)の狂騒曲(カプリチオ)!
ぼんげ
現実世界青春学園
2025年07月12日
公開日
8,656字
連載中
3年生たちの引退により、部員数が8名のみとなってしまった稲川女子高等学校吹奏学部。コンクール曲の合奏もままならない程の少人数+歪なパート編成ながらも、彼女達は細々と活動を続けていた。 そんなある日のこと。校歌や入退場曲の演奏要員として参加した卒業式も無事に終え、来年の新入生歓迎に向けて心機一転と思った矢先・・・・・・顧問の葛西から告げられたのは、吹奏学部の廃部だった。 先輩たちに託された部を守るため、現部長・宍戸月奈(るな)と部員一同の戦いが今始まる!

卒業式

 こんにちは。埼玉県立稲川女子高等学校吹奏楽部2年、宍戸ししど月奈るなです。


 先の夏コンクールで先輩たちが引退してからというもの、私たち吹奏楽部は2年生5人と1年生3人の計8人だけの部となってしまいました。


 楽器のパート数も足りず合奏もままならない現状ですが、文化祭でのアンサンブルやソロ演奏の披露、式典など学内イベントでの演奏などを担うなどをして、何とか活動を続けています。


 そして、今日は3月12日。3年生たちの卒業の日です。卒業式当日は基本的に下級生たちは休みなのですが、私たち吹奏楽部は入退場曲や校歌の演奏のため、式へと出席しています。


 お世話になった先輩たちの旅立ちの時。いろんな思い出の数々が、まるで昨日のことかのように思い出せます。


 式はつつがなく終わりを迎え、いよいよ先輩たちが退場していきます。既に涙で楽譜がよく見えませんが、先輩たちの晴れ舞台を台無しにするわけにはいきません。私は、既にびしょびしょに湿りきったハンカチで溢れる涙を拭い、先輩たちへ送る最後の曲を奏でるため、気合いを入れ直してクラリネットを構えました。


 すっかり卒業式の定番曲となった有名なスローバラードを繰り返し演奏し続けながら、涙で滲んでいく視界の中に一人の姿を見つけます。


 ・・・・・・赤井あかい有紀ゆうき先輩。吹奏楽部の先代部長。


 ときに優しく、ときに厳しい先輩からは、本当に沢山のことを学ばせていただきました。感謝してもしきれません。


 退場行進の最中、ふと先輩がこちらの方を向き、その目が私と合いました。


***


「ううぅ・・・・・・せんぱぁい・・・・・・」


「もう・・・・・・。そんなに泣かないの」


 卒業式も終わり、部室の音楽室に待機していた私たちの元へと、先輩たちが顔を出しに来てくれました。


 止めどなく溢れる涙を抑えることができず、ただ嗚咽のような声を漏らすことしか出せなくなってしまった私。そんな私の頭を、赤井先輩は優しく撫でながら微笑みかけてくれました。


「吹奏楽部のこと・・・・・・頼んだわよ。月奈」


「・・・・・・はい! 任せてください!」


***


 先輩たちと共に過ごすことのできる最後の時間が終わり、一気に静かになった音楽室。人目を憚らず大粒の涙を流す者、堪えて気丈に振る舞う者とみんなの様子は様々ですが、楽器を片付けるその姿からはやはり寂しさが隠しきれません。


「ううぅ・・・・・・ぜんばぁい・・・・・・」


 ・・・・・・かく言う私も、ボロ泣きしているうちの一人です。


「もう。泣きすぎだって、月奈」


 一足先にアルトサックスを片付け終えた2年生の金森かなもり夏希なつきが、そんな私の肩を叩いて声を掛けてきました。


「なづぎぃ~・・・・・・だっでぇ~・・・・・・」


「もう・・・・・・。赤井先輩から部のことを託されたばかりでしょ。部長のあなたがそんな調子でどうするのよ・・・・・・」


「・・・・・・そういう夏希だって泣いてるくせに」


「う、うるさいわね・・・・・・。仕方ないでしょ」


 気丈に振る舞ってみせる夏希の目にも、大粒の涙が浮かんでいます。私がそのことを指摘すると、夏希はそれを隠すようにそっぽを向いてしまいました。


 私と夏希がそんなやり取りをしていると、不意に音楽室の扉が開き、倉庫で打楽器の片付けを終えた2年生の上杉うえすぎ愛理あいりが戻ってきました。


「ルナちゃ~ん。咲代さくよちゃんが呼んでるよ~。『話があるから数学準備室に来い』だって~」


「え? 葛西かさい先生が・・・・・・?」


 このタイミングで・・・・・・? いったい何の話だろう?


「愛理、ありがとう。ちょっと行ってくるね」


 葛西先生の話がいったい何なのかはよく分からないけれど、いつまでも泣いてばかりじゃいられないよね! 4月には私たちだって3年生になるんだし、新入生たちも入ってくるんだもん。先輩たちから託されたこの部の将来のためにも、部長の私がしっかりしないと・・・・・・!


 私は溢れる涙をハンカチで拭い、葛西先生の待つ数学準備室へと向かうことにしました。


***


「失礼します、葛西先生。私に話って、いったい何ですか?」


「ああ、宍戸か。吹部、来年で廃部だから」


「・・・・・・へ?」


 ・・・・・・気合いを入れ直した私のことを待っていたのは、あまりにも理不尽な廃部の宣告でした。


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