「コンクール曲・・・・・・ですか?」
不思議そうに首を傾げる萌葱ちゃん。
「うん! コンクールに出られないから廃部ってことなら、コンクール曲を演奏して、私たちだってコンクールに出られるんだってことを先生たちに見せればいいのかなぁ・・・・・・って思って」
「まあ、確かに理にはかのうとるかもしれんなぁ。・・・・・・それに、なんか楽しそうやん! それ!」
「でしょ!?」
特に根拠の無い、行き当たりばったりの提案でしたが、とりあえず亜希ちゃんは乗ってくれそうで一安心。
「でも・・・・・・コンクール曲と一口に言ったって、いったい今から何の曲をやる気なの?」
「コンクールの曲なんて練習してないよ。どうせ出ないんだから」
夏希ちゃんと未央ちゃんが手痛いところを突いてきます・・・・・・。
しかし、その反応は織り込み済み! 抜かりはありません!
「先輩たちの代でやった課題曲があるでしょ? あれならみんな、たくさん練習したからいけるんじゃないかなぁ?」
「あ~。『マーチ・ワイナリー・プレヴュー』ね~」
「なるほど~」と言わんばかりに、手の平を軽くポンと叩く愛理ちゃん。
「そう!」
去年の吹奏楽コンクール課題曲1番『マーチ・ワイナリー・プレヴュー』。軽やかで快活なメロディラインと、優しく歌うような帯旋律との掛け合いが絶妙で、思わず口ずさんでしまうような明るい行進曲。先輩たちの代のコンクールで、5つある課題曲の中から選んだ曲でもあります。
「確かに、マーチなら極端なテンポ変化は無いから、指揮者が居なくて大崩れする・・・・・・なんてリスクは、他よりは低いかもしれないわね」
「問題は編成だけどね・・・・・・。ペットもボーンもチューバもいないのにどうするの?」
「・・・・・・まあ、その辺はやりながら考えてみるしかないかなぁ?」
夏希ちゃんも未央ちゃんも、とりあえずやる方向でいろいろ考えてくれているみたいで心強いです。・・・・・・とりあえず、2年生組は大丈夫そうかな?
「千聖ちゃんたちは大丈夫?」
2年生組だけで盛り上がってしまったので、ちゃんと1年生3人にも確認してみます。
「は、はい・・・・・・。ボクは大丈夫・・・・・・です」
「わたしも大丈夫だと思います・・・・・・!」
「アタシも平気っす!」
なんて頼りになる後輩たちなんでしょう・・・・・・! 立派に育ってくれて、現部長として私は誇らしいです! ・・・・・・特に何かをしてあげられた覚えは無いのですが。
そんなちょっとした感慨にふけりながら、なんとなく教室の時計に目をやってみると・・・・・・時刻はすでに18時。最終下校の時刻が迫っていました。
「って、もうこんな時間!? 早く片付けて出ないと!」
「ま、片づけ終わってないのルナっちだけなんやけどな~」
「え? あ! ホントだ!?」
亜希ちゃんに言われて周りを見てみると、まだ床に散らばっているのはわたしの私物だけでした・・・・・・。そっか。片付けてる途中で葛西先生に呼ばれちゃったから、そのまま放っぽらかして行ってしまったんだった・・・・・・。
「じゃあ、月奈。私、先に帰るね。」
「あ、ウチも」
「ルナちゃんまたね~」
慌てて片づけの続きに取りかかるわたしを待たず、未央ちゃんが一足早く教室から出てしまうと、他のみんなも後を追うように続々と出て行ってしまいました。
「ちょっと待ってよぉ~! もう終わるから、置いてかないでぇ~!」
急いで片づけを済ませたわたしは、慌ててみんなの背中を追いかけ、一人廊下を走るのでした。
***
「えっと、去年のコンクールの楽譜は・・・・・・あった!」
その日の夜。家に帰ったわたしは真っ先に、コンクールのときの楽譜を探しました。机の下の引き出しにしまってあるクリアファイルの中から、黒の画用紙に貼り付けて冊子状にした楽譜を取り出します。
「うわぁ、懐かしいなぁ……!」
中を開いてみると、カラフルな色ペンでいろんなメモが書き込まれていて、肝心な譜面が見にくいくらいでした。
「こことか先輩にめちゃくちゃ絞られたっけ……」
赤字のハリ吹き出しでデカデカと書かれた、「春のブドウ畑をイメージして」のメモ。指揮者をしていた赤井先輩に何度も何度も口を酸っぱくして注意されたけど、そもそも春のブドウ畑のイメージが湧かなくて何回やっても難しかった思い出が、まるで昨日のことのように思い出せます。
そうだ……!
わたしはスマホを取り出して楽譜の写真を撮り、吹部のグループチャットに貼り付けました。
「みてみて~! ワイヴューの楽譜! このメモまみれの感じ、懐かしくない?」
そわそわとした気分のまま、部屋を薄暗くしてベッドへと仰向けに寝転がります。程無くして、右側に置いたスマホからチャットの通知音が鳴りました。
「って、未央ちゃん返信はやっ! ・・・・・・え!? 亜希ちゃん楽譜失くしたの!? もう・・・・・・何してんの。・・・・・・ふふ」
なんかこの感じ、懐かしいなぁ・・・・・・。
3年生が引退して、個人やアンサンブルでの活動がメインになってからは、全体で練習する機会もめっきり少なくなってたし、全体グループチャットでやり取りする機会も減っていた気がする。
みんなで何か一つのことをするというこの感覚は久しぶりだ。廃部の危機っていう今の状況はとてもじゃないけど笑えないが、正直、なんだか楽しくなってきているわたしもいた。
・・・・・・この日は結局、夜遅くまでグループチャットで盛り上がったのでした。