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第2話 高校生作家とマッドサイエンティスト

 びゅうびゅうと木枯らしが吹き荒れる中庭。 

 春や秋なら心地よい日差しの当たるベンチは、十一月半ばの現在ではただの風の通り道となっていた。


 俺はそのベンチに座り、内心ホッとしていた。

 だってこの気温なら、他の生徒たちがここでたむろすることはないだろう。

 もっと暖かい場所に行くはずだ。


 そもそも四時限目をサボって中庭で早弁をする奴は、俺以外の他には見当たらない。

 右手におにぎり、左手にスマホを持つ。

 ごくんと米粒を飲み込んだところで、着信。

 俺は、なるべく声のトーンを落として、「もしもし」と電話に出る。


 いつものように軽く挨拶をかわし、一気に寒くなりましたよねと言い合ったあと、相手がこう聞いてきた。


『一ノ瀬(いちのせ)さん、この時間って学校ですよね? お昼休みにしては少し早くありませんか?』

「ぼくの高校、お昼休みが早めなんですよ」


 まあ嘘なのだが。


『へぇ。そうなんですか! それならお昼休みに打ち合わせの電話で申し訳ないですね』

「いえ、そんな。大丈夫ですよ」

『友だちに誰と電話してるんだ、なんていわれません? まあ、お昼休みに彼女と電話する奴もいましたけどね』


 そう言って相手が笑う。

 友だちと弁当。

 お昼休みに彼女から電話。

 なんだそのキラキラした青春。

 俺はそんな学校生活を想像して、思わず頭がくらくらする。

 ありえなさすぎる。


 そして、現在「ぼっち・彼女なし(=年齢)・しかも早弁」という己の現実から目をそらしたくなった。

 俺がキラキラした青春を想像して、震えていると相手はいう。


『そうそう。「黒ギャル探偵」、好評なんですよ!』

「あっ。そうなんですか、それはなによりです」


 おれは心底ホッとした。

 それから締め切りの話とまた雑談をして、電話を切った。


 ふーっと息を大きく吐いて、それからおにぎりにかぶりつく。

 するとその時。


「くぉーーら! 本野! 授業サボってなにをしてるんだあ?!」


 野太い声に、おれの心臓が飛び跳ねる。

 やべぇ、見つかった!

 しかもよりにもよって、担任であり生活指導の豪羅山(ごうりやま)に……!(ちなみにあだ名はゴリ山)


 俺は脳みそをフル回転させて、言い訳を考える。

 それから恐る恐る顔を上げた。 

 目の前にいたのは、ゴリラそっくりな生活指導ではなく……。


 ミルクティー色のサラサラのストレートヘアーに、濃いメイク、指定のブレザーではなくグレーのニットベストに、ベストから申し訳程度に覗く短いスカート、マイブームだというルーズソックス姿の女子が立っていた。

 幼なじみの松戸麗だった。

 周囲には誰もいない。

 キョロキョロとしていると、麗がいう。


「すごいでしょ。わたしの発明だよ」

「なにが?」


 俺が聞くと麗はにやっと笑って小さなマイクのようなものを口に当てる。

 何かボタンを押して、それから口を開く。


「声、変わってるでしょ?」 


 その声は鈴の転がるような麗の声ではなく、豪羅山の腹に響くような低音ボイスだった。

 声真似とかではなく、憑依しているかのようにそっくり。


「ふふん。これはわたしの発明。その名も『声変えます』くん」

「そのまんまだな」

「覚えやすくていいでしょ」

「つーか、なんにつかうんだよ、それ……」

「さっき翔(かける)がビックリしたじゃん。そういうふうにつかうんだよ」

「イタズラグッズか。そういう声変える機械ってもうあるよな?」

「あるよー。でも、これのすごいところは声を変えて喋るうちに、つかっている人間の声のほうが変わるところ」

「それは怖ぇよ。その機能いらんだろ」

「七色の声とかほしくなーい?」

「ほしくねーよ」


 俺がきっぱりというと、麗は面白くなさそうに頬をふくらませる。

 その顔を見ていて思う。

 そんなにガッツリ化粧なんかしなくたって、素顔がそもそもかわいいじゃないか。

 まあ、本人にはいわないし、言えないけど。セクハラ発言だしな。


「なーんかテションだだ下がりなんですけどー」


 麗はそういうと、不機嫌そうに俺を見る。


「俺のせいかよ」

「だって翔てっきり、『すげぇ! 麗って天才だな! もうこれから神って呼ぶ。むしろ呼ばせて呼ばせてー』っていうかと思ったのに」

「俺はそんなアホなしゃべり方しねえよ」

「わたしの中では、翔はずっとこんな感じだよ」

「お前の脳内の俺は、どんなだよ……」


 俺が呆れていうと、麗は「うーん」と少し考えてから答える。


「白のタンクトップで半ズボンで駆け回っていた翔が懐かしいよ」

「俺はそんな恰好したこともねえよ。そして懐かしんでる思い出は何時代だ」

「まー、いいや。翔とこんなバカ話してる場合じゃないんだった」

「どの口がいうか」

「わたしは、校舎に戻るから。翔も自習だからってサボってちゃダメだよ」

「サボりじゃねえ。打ち合わせだ」

「勉強はサボってんじゃん。仕事の時間じゃないよ」

「じゃあ麗はなにしてるんだ」

「わたしはいいーの。天才だから」

「はいはい」


 俺はあきれて、右手を前後に振って「勝手に戻れ」という意思表示。

 麗は、「つまんなーい」と歌うようにいいながら校舎に戻った。


「相変わらずだなあ」


 校舎に消えた幼なじみを見つめながら、俺はつぶやいた。


 ギャルでノリと勢いで生きてるくせに発明が趣味だなんて、はたから見れば意外だろうけど。

 昔から発明が趣味で、よく俺は実験台にされているので、麗の発明がガチだということは知っている。


 そんな俺もぼっちで高校生作家なんて……意外、ではないか。

 俺は、中学三年生の春に作家デビューをした。

 ペンネームは一ノ瀬伊吹(いちのせいぶき)


 さっきも出版社の担当編集と打ち合わせをしていたのだ。

『黒ギャル探偵』というシリーズの四巻について、話をしていた。

 おれのデビュー作であり、それなりに好評(らしい)なミステリ&サスペンスだ。


 ただ、これを知っているのは家族と、それから麗、担任教師ぐらいだろう。

 まあ担任教師の豪羅山は、脳筋だからすでに忘れているとは思うけど。

 クラスの奴らは知らない。

 そもそも話す相手がいない。

 ……泣いてなんかないからな。

 冗談はともかく。


 俺は作家は孤高の存在であれ、とか思っているので、ぼっちであることはかまわない。

 しかし最初は良かったのだが、小説を書く時の弊害となってしまった。


『黒ギャル探偵』は、女子高校生でガングロギャルが主人公だ。

 学園ものではないが、学校で事件が起こることもある。

 しかも四巻は、ずっと学園が舞台だ。

 これは担当編集が『現役高校生が描くリアルな高校生活は受けますよ』と言ったから。

 いや、俺が描けるのはリアルぼっち学校生活だけなんだが……。


 しかしぼっちな上にコミュ力を母親のお腹の中に置いてきたおれは、反論なんかできなかった。

 だから、リアルな学園生活を描いてみた。

 すると担当編集に、「もっと黒珠(くろたま)ちゃんのキラキラした青春を描いてくださいよ」と言われた。

 ちなみに黒珠というのは、主人公の名前だ。

 黒井田珠美。略して黒珠。

 おれも担当編集も、この黒珠をとても気に入っている。

 まあ、それはともかく……。


 キラキラした青春だぁ?

 んなもの書けたら苦労しねーよ!

 そんな反論なんか、おれみたいな小心者にはできるはずもなく。

 なんとかキラキラした青春とやらを書こうとしている。

 しかし、どうやって書けばいいんだよ……。


「誰かに聞くにしても、誰に聞けば――」


 そこで浮かんだ顔は、麗だった。

 そういや、麗はコミュ力おばけだったな。

 昼休みに聞いてみよう。

 そうと決まれば、心も軽いしお腹もまだ減っている。

 二つ目のおにぎりにかぶりついたその時。


「くぉーら! 本野!」


 ゴリ山の声が聞こえた。

 俺はおにぎりに視線を落としたままいう。


「はいはい。似てる似てる」

「なにが似てるって?」

「ゴリ山に声がそっくりだよ。もうわかったって」


 そこで俺の前にあるいやにデカいスニーカーに視線がいく。


 麗のものにしてはデカすぎるし。

 そもそも彼女はルーズソックスと合うからという理由でローファーしかはかないんだ。

 じゃあ、これは……。


 ごくりと唾を飲み込んで、すーっと視線を上にあげる。

 そこには、本物のゴリ山が立っていた。

 ゴリ山はニカッと笑っていう。


「話は職員室でゆっくり聞こうか」


 その不気味すぎる笑顔に、無意識のうちに逃げだしそうになる。

 しかし、首根っこをがしっと抑えられ、おれは親猫にくわえて運ばれる子猫のように動けなくなった。

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