「なんか今日は長くないか?」
コーヒーを飲んで、漫画を読んで、昼寝(朝だけど)して、小説を手にとったところでおれはつぶやいた。
書庫には、おれとそれから麗もいっしょ。
そろそろ洗濯が終わって、外に戻ってもいい頃だ。
この屋敷もとい空間に時計はないのだが、いつものパターンだとそろそろ外に吐き出されてもいい。
おれは洗濯機の中では、いつも行動パターンが決まっていて、いつも昼寝して起きたところで外に出ているから、今日は少し長い。
「サイズ大きくしたぶん、時間も余計にかかるんだよ」
「ああ、なるほど」
おれは納得して、本を開いた。
やべっ、やっぱ面白いな。
何度読んでも名作は名作だ。
「なかなか終わらないねー」
麗が書庫のカウチでだらしなく横になりながらいった。
おれは、本を閉じてうなずく。
「おれが文庫本を読む速度は大体一時間。つまり、もう二時間も洗濯は終わらない」
「洗濯ってゆーか、心の洗濯」
「どっちでもいい」
「それにしても長いねえ」
「さっき、デカくしたから時間もかかるって自分でいったろ」
「いったけどーこんなにー時間かかるのはー、おーかーしーいー」
そういった麗は軟体動物のように全身気が緩みまくりでそういった。
「まさか、閉じ込められたとか、そういうことじゃないよな」
「だーいじょうぶだよー。安全装置……あれ、つけたっけ?」
「おれは知らんし。こっち見んな」
「つけ忘れたかも……」
途端に麗の顔がサーッと青ざめる。
「え、じゃあ、やっぱりこれヤバい状況じゃねえか!」
おれがそういった時。
ふわふわと何かが飛んできた。
シャボン玉だ。
シャボン玉は、ふわふわと移動して、おれと麗のちょうど中間の場所でぱちんとはじけた。
その時、すっと不安が消えた。
「あれ、なんか大丈夫な気がしてきた」
「うん。おれも気持ちが落ち着いたし、なんか希望が湧いてきた」
「嘆いててもしょうがないよね。それに、時間がかかってるだけかもしれないし」
「ああ、そうだよ。麗は天才なんだから」
「えへへ。まあね」
不安はどこかへいき、おれたちは笑った。
しかし、ずっとへらへらしていられるわけではない。
時間が経てば、ふっと正気に戻る。
「さすがに長くて心配になってきた」
書庫の隅で体育座りをしながら、麗がそういった。
「そうだよな。おれはもう五冊も本を読んだ」
「じゃあ五時間くらい経ったのかな」
「そうなるな……」
「ここでの五時間は、現実だとたぶん一時間も経ってないと思うんだけど」
「それでも長いよな。前のは三分ぐらいで終わってたのに」
「うーん」
麗がそういって立ち上がる。
すると、またシャボン玉がふわふわと飛んできた。
シャボン玉はおれと麗の間でパチンとはじける。
途端に、おれの心から不安だけが取り除かれた。
麗も同じらしく、気楽な表情に変わって、「ゲームしよ」といいながら書庫を出ていく。
なんか、ちょっとおかしいぞ。
でも、おかしいけれど、どうにかなると思う。
今までだって、そうやってなんとかなってきたんだから。
「お腹減ったあ」
「おれも」
おれと麗は書庫の床に寝転んでそんなことをつぶやいていた。
あれから、どのぐらいが経過したのだろう。
小説の量からすると、もう十時間経過したことになる。
だけど、それは屋敷……いや、洗濯機の中での時間。
現実ではそこまで時間は経っていないはず。
それでも、腹は減る。
だっておれたちがここで飲み食いしているのは、妄想。
妄想で本当に腹は満たされたない。
「どうしよう。中からどうにかできないかなあ」
麗がそういって、腕を組んだ時。
シャボン玉がふわふわと飛んできた。
これだ。
このシャボン玉が飛んできた時。
いや、このシャボン玉がはじけた時に、近くにいると不安が消える。
不安は消えてくれたほうがいい。
だけど、今はちがう。
緊急を要するときに、のんきでいてはいけない。
「麗、シャボン玉からなるべく離れろ」
おれの言葉に麗はシャボン玉から離れた。
シャボン玉は、ふわふわと浮いて、だれもいない場所で止まってはじける。
しかし、今度はおれも麗も神妙な面持ちのままだ。
「やっぱり。シャボン玉がはじけた時に近くにいると、不安が消えるんだ」
おれがいうと、麗が、「そういう仕組みだったんだー」と目を輝かせる。
「いや、麗が作ったんだろ」
「えー。あんまり考えてつくってないからなあ」
てへっと笑う麗に、おれはちょっと引いた。
この人、よくわからず発明してんのかよ。
ちょっと、いや、だいぶ怖ぇよ。
おれたちは、たまにやってくるシャボン玉を避けつつ、この場所から抜け出す方法を話し合った。
しかし、おれはそもそも発明はできないし、科学の系統には明るくないので大した解決策がでるわけもなく。
おまけにここは妄想の空間。
麗が中から出られるような装置を作ることすらできないのだ。