「……このまま寝てしまいたいところだが、そういうわけにもいかないんだよな」
「ええ。早くダンジョンを進まないと、ダンジョン踏破者が出てしまいます」
俺は疲労の溜まった身体に鞭を打つと、立ち上がった。
隣でタカユキも立ち上がる。
「ダンジョンの全部のモンスターを、他の参加者が倒しておいてくれてるとラッキーなんだが」
「倒していたとしても、もう復活していますよ。ショウタ君も知っているでしょう?」
「まあな」
『シャインワールド』のダンジョンでは、モンスターを倒してから一定時間が経過すると倒したモンスターが復活する。
そうすることによって、次に来たプレイヤーがダンジョン攻略を楽しめるようにするためだろう。
そして俺たちは町まで行っていたため、一定時間はゆうに超えていることだろう。
「とりあえず進むか。レベルアップもしないとだから、モンスターがいることに関してはポジティブに考えよう」
「はい。防御力アップの装備品を購入できたので、ヒーラーである僕もそう簡単には死なないはずです」
ショップで購入した腕輪を撫でながらタカユキが言った。
本当は攻撃力と防御力の上がる腕輪を二人分、合計四本買いたかったのだが、軍資金の問題で二本しか買うことが出来なかった。
そのため俺は攻撃力アップの腕輪を、タカユキは防御力アップの腕輪を購入することにした。
「俺がモンスターと戦うから、タカユキはその間にフロア内に残されてるアイテムが無いかを確認してくれ。潜んでるモンスターがいたらそれも教えてくれ。当然、俺の回復も頼むぞ」
「……なんか僕の役割が多くないですか?」
タカユキが不満そうに口を尖らせたが、そのくらいは担当してほしい。
俺の方が圧倒的に危険なモンスター退治を行なうのだから。
ただのVRMMOとしての『シャインワールド』なら、死んだところで再びログインをすればそれで済む。
しかし今はキャラクターの一度の死が、現実の俺の死と直結している。
リスクを取ることは危険と隣り合わせなのだ。
それに俺が死んだらヒーラーであるタカユキも窮地に陥るはずだから、タカユキにとっても俺が死んで良いことなんて何も無い。
とはいえ。
「もちろん俺もモンスターを倒したら一緒にアイテムを探す。パーティーだからな」
タカユキというパーティーメンバーを失うことは、俺にとっても不利益だ。
不満を与え過ぎずに、適度な関係を保たなくては。
「そんな風に気を遣わなくても大丈夫です。僕だって『シャインワールド』のプレイヤーですから。ダンジョンの高層階まではヒーラーがあまり役に立たないことは分かっています」
「その代わり高層階ではかなり重要な役割だからな。高層階に突入した瞬間に裏切るのだけはやめてくれよ」
「ショウタ君は僕のことを何だと思っているんですか。そんなロクデナシじゃないですよ」
……と、そんなことを話しているうちに、さっそくモンスターのお出ましだ。
出現したモンスター、三つ目ウサギはかなり弱いモンスターだ。
ただし群れで襲ってくるのが厄介ではある。自分たちが弱いことを理解しているからこその習性なのだろう。
例に漏れず、俺たちの目の前に現れた三つ目ウサギも群れだ。数は十羽。
「うーん……的が小さいな」
弓を構えて一羽の三つ目ウサギに狙いを定めてみたが、小さい上に飛び跳ねるからなかなか狙いが定まらない。
「あの、ショウタ君。お伺いしますが、ショウタ君はこれまで『シャインワールド』では何の職業だったんですか?」
「セイバーだな。剣が武器だった」
「ちなみに弓を扱ったことは……?」
「無い!」
俺の言葉を聞いたタカユキは、持っていた杖を棍棒のような持ち方で構えた。
先程の作戦を無視するつもりのようだ。
……ありがたい。俺一人では倒しきれないかもしれないと思っていたところだ。
「三つ目ウサギ相手に全滅なんて一生の恥ですからね!?」
「さすがに死にはしないだろ。せいぜい弓の練習をさせてもらうさ」
「まったく。さっきの作戦は何だったんですか」
「実践は思い通りにはいかないものだってことだよ」
俺の言葉を聞いたタカユキが大きな溜息を吐いた。
その溜息を合図に、三つ目ウサギが俺たちに襲いかかってきた。
「当たった! って、うおっ!?」
やっと一羽の三つ目ウサギを射抜いたと思ったのも束の間、足元に別の三つ目ウサギが突進してきた。
突進してきた三つ目ウサギを蹴り上げる。
しかしレベル10の俺が蹴ったところで、三つ目ウサギは倒せない。
すぐに態勢を整えて、また俺目がけて走ってくる。
「このっ! レベル10のヒーラーを舐めないでくださいっ!」
少し離れたところでは、タカユキが、舐められそうなセリフを発しながら三つ目ウサギを杖で殴っていた。
ぱっと見た感じでは、俺の蹴りと同じくらいの攻撃力に見える。
「でもやっぱり一番攻撃力があるのは、俺の弓だよな」
だからどんどん三つ目ウサギを射抜きたいところなのだが、三つ目ウサギが動き回るせいで弓矢が当たらない。
しかも気を抜くと別の三つ目ウサギが突進してくるから、集中できない。
「数羽だけでも数を減らせれば、グッと楽になるんだけどな」
セイバーの頃は、向かってくるウサギをどんどん切り刻めば良かったから楽だったのだが、アーチャーとなると近距離戦では不利すぎる。
「……そうだ。近距離戦が不利なら、有利な場所まで移動をすればいいんだ!」
今さらながらそのことに気付いた俺は、走って少し離れた岩の上に登った。
俺が一人で逃げたと思ったのか、タカユキがとんでもないものを見る目で俺のことを見ている。
「そんな目で見るなって。これも作戦なんだから」
三つ目ウサギから適切な距離を作った俺は、弓で一羽の三つ目ウサギに狙いを定めた。
そして、射る。
「よし! 最初より上手くなってるぞ!」
とはいえ、一羽の三つ目ウサギを仕留めるのに、三本の弓矢を使ってしまったが。
「タカユキに突進していく三つ目ウサギを狙うのが楽だな」
突進する三つ目ウサギはまっすぐ進むから、先読みがしやすい。
ある意味でタカユキを囮にしているとも言える狙い方だが……あとでタカユキに文句を言われたら、タカユキを守るためにタカユキを攻撃しようとしている三つ目ウサギから狩った、と伝えておこう。
本当のところは、そんなつもりは毛頭無かったけど。