「やっと来たわね」
ダンジョンを進んでいると、とある階段の上で仁王立ちをしている少女がいた。
「誰だ!?」
「あたしはモモカ。突然だけどあんたたち、あたしの仲間にならない?」
モモカは断られるわけがないと思っているのか、自信満々な様子でそう言った。
「いきなり怪しいやつが現れたな」
「はい。ものすごく怪しいです」
他の参加者は信じられないという会話をした直後に、パーティー加入希望者が現れるなんて。しかもこんな変なやつ。
俺たちの率直な感想に、モモカはぷりぷりと怒り始めた。
「怪しいやつって言わないでよ。見て分かる通り、あたしは人畜無害な少女よ!?」
「人畜無害な少女は、仁王立ちでそんなことを言いませんよ」
「じゃあどんな体勢で言うのよ。女豹のポーズがお好みなわけ!?」
「ダンジョン内でそんなポーズを取ってたら、余計に怪しいだろ!?」
なんだろう。
オブラートに包まずに言うなら、こいつはバカなのだろうか。
「それなら仁王立ちで正解じゃない!」
俺の考えを補強するように、モモカは仁王立ちを続けている。
その様子に、早くもタカユキは呆れ気味だ。
「どうして仁王立ちと女豹のポーズの二択なんですか……」
「悪いが、俺たちは他の参加者と組むつもりはない」
「参加者の中に殺人者がいるから?」
バカだと侮っていたモモカの口から、俺たちと同じ考えが飛び出した。
思わずタカユキと顔を見合わせる。
「どうしてそれを」
「あたしだってバカじゃないの。転がってる死体を見れば、何が起こったのかくらい分かるわよ」
「犯人が誰だか分かるのか?」
俺の質問に、モモカは首を横に振った。
「さあね。ただ犯人を知ってたら、あたしは今ここにはいないかもしれないわ。犯人は目撃者を消すものでしょ?」
「自分が殺しているとバレたくない場合は、そうですね」
「じゃあ大っぴらに参加者同士の殺し合いが起こったわけじゃないんだな?」
「少なくともあたしの見てる前では、ね」
きっとモモカの言葉は嘘ではない。
死体はどれも一撃で仕留められていた。
彼らは殺人者と正面からぶつかったわけではなく、不意打ちで殺されたのだろう。
「だからあたしはパーティーを組みたいの。少しでも殺人者に殺されるリスクを減らしたいのよ。一人で歩いてたら、いかにも殺人者に狙われそうでしょ?」
この言葉も分かる。
殺人者が他の参加者をこっそり殺すことを狙っているなら、一人で歩いている参加者は格好の餌食だ。
しかし。
「そこまで考えられるなら、分かるだろ? お前が殺人者じゃない保証は無い。パーティーを組むことで油断した仲間を殺してる殺人者がお前かもしれないだろ。だから安易にパーティーを組むことは出来ない」
「うーん、それはそうね。でもあんたたちはこの先、二人だけでダンジョンを攻略するつもりなの? そんなの勝ち目がないわよ」
「どうしてそんなことが言えるんですか。僕たちはものすごく強いかもしれませんよ?」
タカユキの言葉に、モモカは顔の前で自身の手を振った。
「ナイナイ。参加者の中で、すでに大型パーティーが出来てるの。あんたたちがいくら強かったとしても、二人であのパーティーに勝つことなんて不可能よ」
少しだけ予想していたことではあるが、すでに大型パーティーが出来ていたのか。
しかし、それなら。
「お前もそのパーティーに入ればいいだろ。大型パーティーなら、仲間がたくさんいるから俺たちと組むより安全だろ?」
「言ったでしょ、殺人者が誰かは分からないって。殺人者かもしれない人たちとパーティーを組んで一緒にダンジョン攻略なんてごめんだわ。いつ寝首をかかれるか分からないもの」
モモカの言葉は、まるで俺たちが絶対に殺人者ではないと確信をしているように聞こえる。
「パーティーの仲間に寝首をかかれるのが怖いのに、どこの誰かも分からない俺たちと組むのはいいのか?」
「だってあんたたちは殺人者じゃないもの。死体の転がった道を、あとから来たんだから」
前言撤回。
モモカはただのバカではないようだ。
「モモカさんの言い分は分かりました。ただ、あなたにとって僕たちは安全な参加者なのかもしれませんが、僕たちにとっては違います。あなたが殺人者ではない保証はありません」
「こんなに可愛いあたしが、殺人者のわけがないでしょ!?」
「何の説得力もありませんね」
そう、キャラクターの見た目には何の説得力もない。
人は見かけによらないとかそういう話ではなく、ゲームのキャラクターは自由に創造できるからだ。
「このキャラクターはゲームマスターによってランダムに割り振られたものだ。キャラクターは女でも、お前自身はおっさんの可能性もある。キャラクターの見た目なんか信用するに値しない」
「おっさんはおっさんでも、善良なおっさんかもしれないわよ?」
「そうかもしれないが、そうじゃないかもしれない。キャラクターの見た目だけでは何も分からないと言ってるんだ」
「んもう。じゃあどうすれば仲間になってくれるわけ!?」
モモカがなかなか諦めてくれない。
正直、こんな言い合いで立ち止まっている時間が惜しいのだが。
「モモカさんは僕たちと仲間になることを諦めて、別の参加者と仲間になった方が良いと思います」
「あんたたち以外に、死体の後ろから来た参加者はいないのよ。だからあたしが信用できるのはあんたたち二人だけなの!」
どうあってもモモカに引く気はないようだ。
この様子だと、俺たちがパーティー契約を断っても、無理やり一緒についてきそうだ。
「どうします、ショウタ君?」
「パーティーの人数は多い方が良いと言うのはその通りなんだよな」
「じゃあお試しで! お試しでパーティー契約して! あとあたしはプレイヤー自身も女の子だから。おっさんじゃないから!」
「別にプレイヤーがおっさんだとしても、それは構いませんが……」
光明が見えたと判断したのか、モモカが必死でアピールをしてきた。
これ以上のタイムロスは避けたいから、こっちが折れた方が良いかもしれない。
「……言い合いをしてる時間が惜しい。パーティー契約をしよう」
「本当!? やったあ!」
「いいんですか、ショウタ君?」
俺の言葉に一番驚いていたのはタカユキだった。
殺人者がいる中で、まさかこの怪しいモモカをパーティーに加えるとは思っていなかったのだろう。
「モモカが怪しいのは確かだが、少なくとも俺とタカユキは味方なんだ。モモカが俺たちを攻撃してきたとしても二対一だからな。あいつが俺たちの寝首をかこうとしてきたら、二人で対処しよう」
「そんなことしないってば」
モモカが上機嫌で右手を伸ばしてきた。
早くパーティー契約がしたいのだろう。
俺はモモカの右手と握手をすると、彼女の望む通りの言葉を述べた。
「パーティー契約」
俺がそう唱えると、俺たちの周りに光の粒子が舞った。
パーティー契約が無事に完了した合図だ。
「これであたしたちは同じパーティーの仲間ね。これからよろしく!」
「よろしくお願いします。僕はタカユキ、こっちはショウタ君です」
「よろしくな」
モモカはまた右手を伸ばすと、今度は俺たちとあいさつの意味での握手をした。
「僕たちはヒーラーとアーチャーです。モモカさんの職業は何ですか?」
「ダンサーよ」
「雑魚かよ」
「失礼ね!? ダンサーは使い方次第では化ける職業なんだからね!?」
思わず漏れた俺の本音にモモカは憤慨したものの、モモカがパーティーを組みたかった理由はこの職業にある気がした。
ダンサーはダンスで仲間を鼓舞することで、仲間の能力を上げる職業だ。
一人では本領を発揮できない。
ということは、少しはモモカのことを信用してもいいのかもしれない。
パーティーを組みたい正当な理由があったのだから。