体力温存のためになるべくならモンスターと戦わずに進みたいものの、それではレベルが上がらず後半で詰むため、適度に戦闘をこなしながら進んだ。
なおモモカがパーティーに入ったことで囮が二人になったため、タカユキ一人が囮になっていた頃よりも戦闘が楽になったとタカユキが喜んでいた。
もちろん俺はモモカに、ロクデナシと罵倒されたが。
「やっぱりパーティーとして、もう一人か二人はアタッカーが欲しいところだな」
「ええ。だんだん囮になるのが辛いレベルのモンスターが出てくるようになりましたからね」
「っていうか、囮にされるなんて聞いてないわよ! 完全に入るパーティーを間違えたわ」
タカユキが囮作戦を嘆くモモカの肩に手を置き、静かに首を横に振った。
囮にされ続けたことで、タカユキは何らかの悟りか諦めの境地に至ったのかもしれない。
「ところで。モモカはゲームマスターが言ってたことは本当だと思うか?」
「ゲームマスターが言ってたこと?」
「ここで死んだら現実でも殺される、というあの話のことだと思います」
「えーっ、ただの脅しじゃないの?」
モモカは、あの話を話半分にしか考えていないらしい。
しかし、俺はどうにも楽観的には考えられない。
「本当にただの脅しだと思うか?」
「ええ。あれは参加者に恐怖心や緊張感を持たせることが目的で、実際にはゲームで死んでも、殺されることはないんじゃないかと思ってるわ」
「根拠は?」
「根拠なんかないけれど……でも、参加者は一人や二人じゃないわ。それをほぼ全員殺すってあり得ないでしょ。そんなの、未曽有の大量殺人じゃない!」
未曽有の大量殺人、か。
しかし大量殺人になるからあり得ない、とは言い切れない。
「主催者は本当に大量殺人犯かもしれませんよ。だって僕たちはすでに拉致されているんです。主催者は罪を犯すことを躊躇していません」
俺もそう思っていた。
俺たちと同じ通常の感覚で生きている人間なら、他人を拉致して無理やりゲームに参加させるなんてことはしない。
こんなことをする主催者の感覚は、普通の殺人犯のそれですらない。
「それは……そうだけど……」
「俺も殺されないと考えるのは楽観的だと思う。主催者というのが一人なのか、何らかの組織を指してるのかは分からないが、大量の人間を拉致するようなやつらの思考が正常とはとても思えない」
俺たちの意見を聞いたモモカも、難しい顔になっていった。
「じゃあ、これってダンジョン攻略というか……デスゲームってことになるの?」
「だろうな」
「ちょっと待ってよ! デスゲームなら絶対に殺されるじゃない! 参加者が殺されることがデスゲームの醍醐味だもの!」
「俺はそう思ってる」
俺とタカユキが頷くと、モモカの顔がこの世の終わりのようなものへと変わっていった。
「ヤバイじゃない! それなら絶対、最初にダンジョンを踏破しないといけない……のに、ダンサーとヒーラーとアーチャーのパーティーが勝てるとは思えないわ。もうおしまいよ!!」
「運が悪すぎますよね、特にモモカさん」
「そうよね。あたしが一番……って、ダンサーはパーティーを組めば化けるのよ!? でも運は無いかも……」
「今それを言っても仕方がない。嫌だと言っても運営は俺たちの職業を変えてくれはしないだろうからな」
変えてくれるのなら、俺だって使い慣れているセイバーの職業になりたい。
アタッカーでありダンサーやヒーラーの二人と比べるとまだ恵まれている俺がこんなことを言うと、二人に怒られそうだが。
「そりゃあ運営が参加者の希望の職業に変えてくれるわけがないわよ。だって理不尽なところもデスゲームの見どころだもの。運要素だってデスゲームには必要だし」
「どうしてデスゲームに詳しいんですか、モモカさん」
「アニメや漫画としてなら楽しいもの、デスゲームって。自分が参加するなんて、ぜーったいに嫌だけれど!」
確かにフィクションの世界でなら楽しめる設定ではある。
俺もデスゲームを題材にした映画を何本か見たことがあるが、スリル満点で面白かった。
しかしそのスリルを自分が味わいたいとは一度も思ったことはない。
「なあ、さっきの話に戻ってもいいか? 出来ることならパーティーにもう一人か二人はアタッカーが欲しいところなんだが、モモカはパーティーに所属してくれそうな参加者に心当たりはないか?」
「あんたはなんでデスゲームを平然と受け入れてんのよ!? というか、さっきの話に戻ってもいいかって、デスゲームもあんたが始めた話でしょ!?」
そういえば、そうだった。
モモカが囮になる件で憤慨していたから、話題を変えようとして始めたのがデスゲームの話だった。
「話を散らかして悪かった。パーティーの話に戻ろう」
「こんな状態で戻れるわけがないでしょ! デスゲームなのよ、デスゲーム! あんたももっと動揺しなさいよ!?」
「動揺しろと言われましてもね」
「ああ。俺たちはずっとこれがデスゲームだと思ってたからな。今さら動揺しろと言われてもな」
「もう動揺するターンは終わった感じですよね」
タカユキが冷静な顔でそう言った。
「というわけで絶対に死ねないので、仲間に引き入れる相手は慎重に選ばないといけません。出来ることなら信頼できる相手がいいんですけど……どうですか、モモカさん?」
「信頼できる相手なんかいないわよ。全員が初対面なんだもの」
「やっぱりそうですよね」
「……ねえ。これがデスゲームなら、あたしたちは主催者に恨まれてるってことよね?」
モモカはどうしてもデスゲームの件が気になるらしく、また話をデスゲームへと戻した。
「無作為に選んだ人間を戦わせて喜ぶ変態が主催者の可能性もあるけどな」
「はい。どっちの可能性もありますね」
変態が無作為に参加者を選んだのだとしたら、俺たちにはどうしようもない。
参加者全員の繋がりを探って、真犯人を特定することなど出来るわけがないのだ。
……参加者全員の繋がりを探る?
「主催者が恨みから俺たちにデスゲームをさせてるなら、俺たちには何らかの繋がりがあるかもしれないってことか」
「そういうこと。キャラクターの見た目が違うから、本来のあんたたちがどんな姿なのかは分からないけれど」
「……試しに、本名をフルネームで伝え合ってみます?」
「フルネームねえ。どうしようかしら」
ある程度ネットリテラシーのある人なら、普通はゲーム内でフルネームを知らせることなどしない。
しかし今は普通ではない状況なのだ。
通常の基準で物事を考えていてはいけないのかもしれない。
「俺は別にいいぞ。ゲームの突破口になるかもしれないことは、何でもやってみるべきだ」
「僕もそう思います」
「……それもそうね。じゃあ一斉に自分の本名を名乗りましょうか」
「分かりました。では、行きますよ」
俺たちは三人で息を吸い込み、一斉に自分の本名を告げた。
「明石翔太」
「サイトウタカユキ」
「ミヤザキモモカ」
「…………」
「…………」
「…………」
無言のままお互いに顔を見合わせ、三人一緒に息を吐いた。
「知らない名前ね」
「僕も、二人とも知りません」
「俺も初めて聞く名前だな」
高速で頭の中の卒業アルバムをめくってみたが、サイトウタカユキもミヤザキモモカも、同じ学年にいた記憶はない。
それに二人も俺のことを知らないと言っているから、俺が忘れてしまった知り合いというわけでもないだろう。
「じゃああたしたちは無作為に選ばれた人間なのかしら。運が無さすぎるわ」
「まだ分かりませんよ。名前は知らないものの、同じ事件に居合わせたことのある三人かもしれません」
その可能性はある。
「過去にホテル火災が起こったときに同じホテルに宿泊していた客」を集めてデスゲームを行なったという設定の映画があった気がする。
「過去バスジャックが起こったときに同じバスに乗り合わせていた乗客」を集めた設定もあったっけ。
俺にはホテル火災の経験も、バスジャックの経験も無いが、俺たちがそういう「たった一回の出来事に居合わせていた三人」である可能性は否定できない。
しかし。
「みんなの本当の顔が分からないから、答え合わせをするのが難しいな」
「それにあたしは記憶に残るような事件には居合わせたことがないわよ」
「それなら、これ以上ここで話し合っても答えは出ないでしょうね」
俺たちは全員の共通点を探ることを諦め、またダンジョン内を進み始めた。