「ここは……?」
ダンジョンを進んでいくと、行き止まりに出くわした。
行き止まりではあるものの、壁には三つの穴があり、三つすべてが岩でふさがれている。
「このダンジョンにこんな階層あったかな?」
「っていうか、どうやって岩を退かすの? こんな重そうな岩、三人がかりでも動かせないわよ」
「岩を砕くにしても、ダンサーとヒーラーとアーチャーでは手も足も出ませんね」
俺たちが困っていると、突如として大きな声が聞こえてきた。
その声は、最初にゲームの説明をしていたものと同じ声質だった。
『おっとお~、やっと最後の参加者が来ましたねえ~。この、のんびり屋さんたち☆』
「アナウンス!? ゲームマスターか!」
『ゲームマスターですかあ~。いい響きですねえ~。よ~し、決めました。これからワタシは、ゲームマスターで~す!』
俺の言葉に返事をする形で、ゲームマスターのおちゃらけた声が響いてくる。
もしかするとこのゲームマスターの声はあらかじめ録音したものを流しているだけなのではないかと思っていたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。
まあ録音だったからと言って何がどうなるわけでもないのだが。
「おい、お前は誰なんだ!? どうして俺たちをゲームに参加させたんだ!?」
「あんたはあたしたちの知り合いなの!? それとも無作為の変態なの!?」
『無作為の変態い~? なんですか、それはあ~。新しい変態の種類ですかあ~?』
混乱をしている様子のモモカを、ゲームマスターが煽ってくる。
モモカが反論をしようとしたが、肩を叩いてそれをやめさせる。
ゲームマスターの空気に乗せられることは避けたい。
『それにしても、君たちは本当にのんびり屋さんですねえ~。ワタシとお喋りをしてる暇は無いと思いますけどお~? だって君たちが一番遅れてるんですからあ~』
「それなら話しかけないでくださいよ。ますます遅れちゃうじゃないですか」
『そういうわけにもいかないんですよお~。だって、ここではクイズを出す決まりなんですからあ~』
ゲームマスターが、ケラケラと笑いながらそう言った。
「クイズ?」
『そう、クイズで~す。だって、参加者がただダンジョンを攻略するだけだと、見ててつまんないんですも~ん。こっちからイベントを仕掛けて、盛り上げてあげないといけないと思いましてえ~』
「余計なお世話をありがとうございます」
『どういたしましてえ~』
ゲームマスターはタカユキの皮肉をさらりと流すと、クイズとやらを出題し始めた。
『ではさっそくクイズを出しま~す。答えによって、進めるルートが異なりますので、頑張って解答してくださいねえ~?』
なるほど。
きっと俺たちの答えによって、岩でふさがれた三つの入り口のうち、一つの入り口の岩が退かされるということだろう。
正解だと簡単なルート、不正解だと難関ルート、どちらとも言えない解答の場合はその中間のルートを進むことになるのだろう。
『あるところに、スペードくん、ハートちゃん、クラブくんがいました。彼ら三人は友人でしたが、スペードくんとハートちゃんは、騙されやすいクラブくんのことが心配でした。そこでスペードくんとハートちゃんは、クラブくんが悪いやつに騙されないように、避難訓練ならぬ、詐欺訓練をすることにしました』
ゲームマスターが流暢な日本語で問題文を読み上げていく。
「ゲームマスターのやつ、普通に喋れるんだな」
「僕も思いました」
『ちょっとちょっと~! 今大事なのは、そこじゃないゾ☆ 続きもちゃんと聞いてくださいねえ~』
「そうよ。急がないと誰かがダンジョンをクリアしちゃうかもしれないでしょ。茶化してる場合じゃないわ」
それもそうだ。
どんなに攻略が早くてもまだダンジョンの最上階に到達するような時間ではないが、それでも全員が俺たちの先を行っている。
俺たちに足踏みをしている余裕などないのだ。
『スペードくんとハートちゃんが用意をしたのは、ダイヤちゃん。ダイヤちゃんはクラブくんのことを言葉巧みに騙し、クラブくんはダイヤちゃんにまんまと騙されてしまいました。いやあ~、騙されやすいクラブくんは、期待を裏切りませんねえ~』
俺たちに指摘をされたためか、ゲームマスターがいつもの口調を挟んできた。
鬱陶しいから指摘なんてしなければよかった。
『しかしダイヤちゃんは本物の詐欺師ではなく、スペードくんとハートちゃんが用意した人物だったため、クラブくんに種明かしをすることで、この詐欺訓練は終わりました。騙されてしまったクラブくんですが、相手が本物の詐欺師じゃなくて良かったですね☆』
何だこの話は。
これのどこがクイズなのだろう。
俺がそう思っていると、ゲームマスターが問題文を口にした。
『さて、今の話で一番悪いのは誰でしょ~か?』
この問題文に驚いたのは俺だけではなかった。
タカユキもモモカも、まさかの問題に目を丸くしている。
「誰が悪いって、今の話はハッピーエンドじゃない!?」
「はい。本当の詐欺被害に遭う前に友人たちが練習をさせてくれた、という話ですよね」
「良い友人関係だと思うがな」
そこまで言ったところで、俺はあることに気付いた。
「この問題、スペードとハートに差が無くないか? 二人はずっと同じ行動をしてるんだから。問題が破綻してるだろ」
「いえ、『スペードとハート』という一まとめで解答をすればいいんじゃないでしょうか」
「そっか。別に四択とは言われてないものね。『誰と誰』という答えもアリね」
「なるほど。それがアリなら、『全員』とか『誰もいない』って解答もあるかもな」
「それなら答えは『誰もいない』なんじゃないですか?」
俺の言葉を聞いたタカユキが、あごに手を当てながら自身の考えを述べた。
これにモモカが頷く。
「あたしもそう思うわ」
意見が割れなくてよかった。
俺もそう思っていたところだ。
「満場一致で『誰もいない』か」
すると俺たちの意見がまとまっていることを知ったゲームマスターが、おやおやおやあ~、とわざとらしい驚き方をした。
『君たちも期待を裏切らないですねえ~。でも、本当にその答えでいいんですかあ~?』
「えっ、違うんですか!?」
「ただの揺さぶりよ。ああいうことを言って不正解を選ばせようとするのは、クイズのお約束でしょ?」
モモカの言う通りだ。
簡単に正解されては困るから、司会者がそうやって心理的に揺さぶりをかけてくるクイズ番組はよくある。
「俺は『誰もいない』で確定させていいと思う」
タカユキに向かってそう言うと、タカユキは顎に手を当てながら唸った。
「……うーん、そうですね。他に有力な答えも見つかりませんから、僕もそれでいいと思います」
もう一度意見がまとまりかけたところで、モモカがパンと手を叩いた。
「ねえ! もしかして『答えは沈黙』っていうのもアリなんじゃない!?」
それはどうだろう。
「答えは沈黙」が正答となるクイズは限られる気がする。
「そういう答えの場合は、制限時間が設けられてるはずだ。そうじゃないと永遠にクイズが終わらないからな」
「あ、そっか。じゃあ今ここで沈黙しても、ただ時間が過ぎるだけね」
俺たちは頷き合うと、三人で同じ一つの答えを口にした。
「答えは『誰もいない』です」
「答えは『誰もいない』よ」
「答えは『誰もいない』だ」