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第9話 テコ入れ


「ムカつく! 運よく良い職業がもらえただけで、あんなに偉ぶるなんて!」


 大型パーティーがいなくなったフロアで、モモカが叫んだ。

 叫びたくなる気持ちは分かる。

 俺だって悔しい。


「仕方ありませんよ。戦闘になったら困るのは僕たちの方ですから。職業もですが、三人対大型パーティーでは絶対に負けていました。命拾いをしたと思うしかありません」


 タカユキの言う通りだ。

 悔しい気持ちはあるものの、あの場で俺たちのことを殺そうとしなかった彼らには、ある程度の感謝をしなくてはならない。

 余計な戦闘で時間を無駄にしたくないという、彼らには彼らなりの理由があったが、彼らの判断のおかげで俺たちは助かったのだから。


 そして俺たちも時間を無駄にするわけにはいかない。

 指定された待機時間の三十分間は、愚痴大会ではなく、話し合いなどで有効に使うべきだ。


「さっきのやつらの中に知り合いはいたか?」


 俺が尋ねると、タカユキとモモカは二人同時に首を横に振った。


「分かりませんよ。彼らも僕たちと同様、主催者によって適当に割り振られたキャラクターの見た目なんですから」


「あたしも二人と出会う前に、大型パーティーの中の何人かの名前を聞いたけれど、さっぱりよ。フルネームを教えてくれる参加者なんていなかったしね」


 俺が考え込んでいると、タカユキが遠慮がちに質問をしてきた。


「実際のところ、どうしてショウタ君はあのパーティーと組もうとしなかったんですか? あのパーティーの中に殺人者がいる可能性を差し引いても、大型パーティーからの誘いは魅力的だと思いますけど……あっ、別にショウタ君の意見を否定したいわけではないですからね?」


 これに俺は即答をする。


「食糧問題だ」


「……ああ、そうでしたね」


 俺の答えを聞いたタカユキは、納得したように抱えていたリュックサックを撫でた。

 俺たちのリュックサックの中には、町で購入した食糧が詰まっている。

 しかし俺たちが町へ行って食糧を購入していたことを知らないモモカは首を傾げた。


「どういうこと? ダンジョン内での食糧問題は、どこのパーティーも抱えてる問題でしょ?」


「どこのパーティーも食糧が必要だが、大型パーティーともなると、その分大量の食糧が必要になる。だが、パーティーに所属したばかりの末端の参加者が、きちんと食糧を分けてもらえるか不安だったんだ」


「それは……そうね。新人で、しかもあまりパーティーに貢献できないだろうあたしたちが、リーダー格の参加者たちと同じだけの食糧をもらえるとは思えないわね」


 モモカが自身のお腹を押さえた。

 どんな職業に就いていようと、等しく空腹度が減る。

 それが『シャインワールド』の設定だ。


「食糧を分けてもらえないどころか、俺たちは食糧を持ってるからな。パーティーのみんなのためだと言って、奪われる危険すらあった。俺はそれを避けたかったんだ」


 タカユキがリュックサックを抱きしめた。

 ダンジョン内での食糧問題は、ゲームオーバーに直結する。

 甘く見ることは出来ない。


「食糧の話をしていたらお腹が空いてきましたね。この時間を使って食事を摂っちゃいましょうか」


 タカユキの提案に、モモカがゆっくりと手を上げた。


「あのー。あたし、食糧を持ってないんだけれど……」


「俺たちの食糧をモモカにも分けるに決まってるだろ。同じパーティーなんだから」


 俺が自身のリュックサックを漁りながらそう言うと、モモカの表情がぱあっと明るくなった。


「本当!? あんたたちとパーティーを組んで良かった!」


「食糧を恵む分、しっかり働いてくれよ」


「うん! 頑張る!」


 モモカは俺から栄養ブロックを受け取ると、目をキラキラとさせながらそれを頬張った。

 そんなモモカを眺めながら、タカユキが淡々と告げた。


「では次からは、モモカさん一人が囮となるフォーメーションで行きましょうか。モンスターも強くなってきたことですし、僕は離れたところからモモカさんを回復する役に回ります」


「そうだな。ヒーラーのタカユキは回復に専念した方が良いだろうな」


「…………えっ」


 モモカが半分かじった栄養ブロックと俺たちを交互に見て、絶望の表情になっていった。



   *   *   *



 三十分――時計が無いので大体の感覚でだが――が過ぎたため、俺たちはダンジョン攻略を始めた。

 すると数フロア進んだところで、またさっきの大型パーティーと合流してしまった。


「どうやら大型パーティーは、モンスター討伐に苦戦しているようですね」


「大型パーティーなのに? あたしたちに雑魚とか大口を叩いたくせに、自分たちも雑魚なんじゃない」


「……いや、そういうわけじゃないみたいだ」


 大型パーティーの戦っている相手は、明らかにフロアの難易度に相応しくないモンスターだった。

 大型の竜の姿をしたそのモンスターは、ダンジョンによっては最上階のボスとして君臨しているモンスターだ。


「あんなモンスターがこの階層にいるわけがありません!」


『いるわけがないって、いるんですよねえ~。現実をちゃんと見てくださいねえ~?』


 タカユキの言葉に答えたのは、ゲームマスターのアナウンスだった。


『君たちがあまりにもつまらないダンジョン攻略を見せるものだから、主催者さんが退屈しちゃったんですよお~。反省してくださいねえ~?』


「別に俺たちは主催者を楽しませるためにダンジョン攻略をしてるわけじゃないからな」


『それだとこっちは困るんですよねえ~。ということで、テコ入れをすることにしましたあ~! 通常この階層では出てこないだろうモンスターを投入しちゃいましたよお~!』


「ギャアアァァーーース!」


 ゲームマスターの言葉に答えるかのように、竜が雄叫びを上げた。


「はあ!? テコ入れ!? そんなこと、運営でもなければ出来ないだろ!?」


『さ~て、どうしてこんなことが出来ちゃうんでしょうねえ~? と言いますかあ~、クイズのときにもフロアを改造してたのに、今さらそれを言うんですかあ~?』


「そうだ、クイズ! この道は他の道と比べて、有利なのか不利なのか、どっちなんだ!?」


『ええ~、聞きたいんですかあ~? どうしてもって言うならあ~、教えてあげないこともないですけどお~?』


「どうしても聞きたいです。教えてください!」


 タカユキが俺たちの会話に割り込むと、天を見ながら頼み込んだ。


『どうしてもと言われたからには、教えてあげないとですよねえ~。この道は、残り二つの道と比べて、長く設定されてるんですよお~。残り二つの道は、数十階層分のモンスター討伐をショートカット出来るようになってるんですう~』


「じゃああの答えは不正解……いや、主催者の好みに合わなかったということか」


『そういうことですう~。ちなみに一番短い道は、階段を上るだけで最上階にたどり着けるようになってたんですよお~。しかもボスモンスター免除のオマケ付きい~。つまり階段を上りきるだけでクリア出来ちゃったわけですう~。残念ながら、そっちの道を進んだパーティーはいませんでしたけどお~』


 ゲームマスターの言い方から考えるに、最短ルートを進んだパーティーはいないが、もう一方の道を進んだパーティーはいる可能性がある。

 そのパーティーがダンジョンをどのくらいショートカットしたのかは分からないが、悠長にしている時間は無さそうだ。


『そんなことより、早く戦ったらどうですかあ~? ワタシと話してる間にも、時間はどんどん過ぎてるんですよお~?』


「確かにそのとおりね」


 別の道を進んだパーティーがいることを考慮すると、大型パーティーには協力したくないなどと言っている場合ではなさそうだ。

 大型パーティーをどうするかは、最上階へ到達するまでに考えるとして、とりあえず今はこのモンスターを倒すべきだろう。


『さて、ワタシは戦闘の実況でもしてみましょうかねえ~。おおっと、モンスターが暴れてま~す! パンチ、キック、参加者も暴れてま~す! 炎、槍、剣、炎、魔法、炎、魔法、炎、パンチ、キック。両者、大暴れえ~!』


 ゲームマスターが、まるで小学生かのような実況を始めた。


「……さてはあいつ、実況やったことないな?」


「今回が彼のゲームマスターデビューということですかね。どうでもいいですけど」


「そう。ゲームマスターのことなんて、今はどうでもいいわ。それよりあのモンスターをどうにかしないと!」


 そのとき竜のモンスターが、大型パーティーの面々に向かって、ひときわ激しい炎を吐いた。




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